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「千の顔をもつ英雄」はスゴ本

 昔むかし、あるところに若い脚本家がおりました。野心家の彼は、誰もが夢中になる映画をつくろうと思い立ちました。そして彼は、古今東西の神話や伝説から物語の共通性を抽出した「千の顔をもつ英雄」を元に、ひとつの映画をつくりました。

 その映画の名は、「スター・ウォーズ」。

 おびただしい事例を枚挙し、かつて持っていた初源の意味がおのずから明らかになるように、原型神話そのものに語らせるのが、本書の試みだ。それによって、宗教と神話の仮面を被って偽装されてきた人類の世界観を詳らかにする。さらに、伝説の人物の生涯、自然の神々の力、死者たちの霊、部族のトーテム祖先たちの形姿を借りて描かれる"英雄"たちの行動を積分することで、いわゆる「英雄の条件」を深堀りする。

 だから、具体的なエピソードの英雄成分の抽出において、オビ=ワンやルーク、ヨーダやベイダー卿といったキャラクターを微分することも可能。だが、それはものすごくゼータクな読書になるはず。読み進むにつれて、スター・ウォーズに限らず、記憶しているあらゆるヒーロー・ヒロインたちのエピソードの噴出に取り囲まれて身動きが取れなくなるからね。

 また反対に、今のウツワに注ぎなおすことによって、本書を新しい酒として発酵させることも可能だから面白れぇ。要するに、このフレームから別の物語を紡ぎなおすのだ。どんなストーリーフレームが「面白い」ものとして人類の深層レベルで記憶されているのかが列挙されているから、あとは「いま・ここ」の演出方法に沿って飾りなおすだけというお手軽さ。ストーリーテラーとして生計を樹てる人なら、必ずおさえている(もしくはパクっている)一冊やね。それくらい普遍性と恒常性を持っている。

 著者キャンベル曰く、そこには人間行動の意識化されたパターン下にある無意識的な欲望、恐れ、緊張に付与されている象徴を汲み取ることができる。換言すると、神話の恒常的なパターンを分析さえすれば、(時代・地域を超えた)人間性の最深層に秘められた記録を抽出できるというのだ。

 その神話の骨格を図示したもの。

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 本書のメインストリームもこの円環構造に沿っている。それぞれの時代・地域での日常生活の営みのなか、冒険へ召喚される。桎梏からの脱出、境界を超越し力の源泉へ潜入し、賜物を携えてこの世に還ってくる。そこには神話が語られる時代・地域特有の試練が待ち構えており、賜物を手にした後は(お約束のように)ガーディアンとのチェイスがある(いわば、胎内めぐりやね)。メドゥーサの首級を持って逃げるペルセウスや、妻で妹をたずねるため冥界に降りるイザナギ、太陽神の館をもとめて旅立つナヴァホ族の双生児、黄金の羊毛を手に入れるべくシュンプレガデスの二枚岩をかいくぐって大海に出るイアソン、ブッダと菩薩の永遠と時間の同一性……それぞれの伝承で示される英雄像は、差異性よりアナロジーに焦点が合わさっている分、驚くほど似通っている。

 たとえば、英雄の呪的逃走で、何かを残すことで逃走者の身代わりとする逸話で「三枚のお札」に酷似したニュージーランドの民話を聞かされると、どちらかがどちらかに伝播したというよりも、むしろ「英雄の逃走」としてヒトの思考(嗜好?)に刷り込まれていると考えたほうが、より合理的な気がしてくる。キャンベルの言うように、わたしたちは解剖学的に均質なのと同様に、(科学や文明や文化にかかわらず)世界を把握する本質として同等な存在なのかもしれない。

 本書のレジュメは下巻の解説から、もっとお手軽なら松岡正剛氏の「千夜千冊」から辿れる(特に後者はgoogleでいける)。だが本書は、読んでく自分のココロに浮かんだ"記憶"にモノを言わせる読書にしたほうが、激しく頷ける。その意味で、あらゆる徹夜小説・夢中本の集大成であり、原質物である読書になる。読み手がストーリーテラーならバイブルそれ自体になるし、消費者なら「ネタ本」そのものやね。

 「あなたもジョージ・ルーカスになれる!」というキャッチーをつけるなら、まず本書。ただ、自分にとっての「普遍性」を注ぎ込む必要はあるが。

 

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コメント

こんにちは。
「千の顔をもつ英雄」なつかしいです。大学時代に読みました。
当時、北欧神話に興味を持っていたのですが、研究室においてある「おとぎ話と悪」や「おとぎ話と影」を読んで、すっかりユング心理学にはまってしまいました。神話やおとぎ話とユング心理学という観点から、本を探していき、その中の一冊がこの本でした。
正直、この本の内容は、既に記憶のかなたですが、根底は、ユング心理学の分析と似たようなところがあったような気がします。

はなしがかわりますが、ユング心理学はやばい学問です。「永遠の少年」ということで、「星の王子様」を分析した本を読みましたが、以来、「星の王子様」が世間で思われているような感動的な話とは読み取れなくなってしまいました。これはある意味不幸かな(^_^)

投稿: ざわ | 2011.05.09 18:48

>>ざわさん

コメントありがとうございます、たしかにユング色に染まっています。特に上巻は、深層心理というハンマーを手にした著者にとって、全ての神話が釘に見える状態でした。神話も一つの「文学」ですから、受け手の位置によって解釈が異なる可能性はあります。そこに頓着せず、無邪気に踏み込んでいく著者の取り憑かれ具合は、ちょっと怖いくらい。

ユング心理学は門外漢ですが、「星の王子さま」のヤヴァい読み方として、「少年であり続けるために、自身を毒牙にさしだした」といった解釈を目にしたことがあります(もちろんヘビはファルス)。冒頭で著者が断っている通り、これは、大人のための物語でしょう。

投稿: Dain | 2011.05.09 23:52

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