「日本沈没」再読
いまも怖いし、不安だ。そんなわたしが、たとえ一時でも自分を騙すために、再び手にした。
「ネタバレ:日本は復興する」 tumblr や twitter でこんなメッセージを目にする。これは、リアルでも小説でも同じ。被災者・被災地ではなく、復興者・復興地だ。本書は(物理的に)日本が沈む話であるにもかかわらず、「日本は復興する」確かなメッセージを端々に見て取ることができる。
最初は小学生、「復活の日」の次にデザスタものとして読んだ。オトナになってからは、映画の予習として再読(ただし映画は未見)。そして今回、この時期に、こんなの読んでてよいのかしらと幾分後ろめたい気分で進めながら、ここン十年ぜんぜん変わっていなかったことを思い知る。小松左京の炯眼恐るべし。初版は1974年だが、「大災害に対する日本人の反応」的な部分は、まるで今を見ているようだ。原発事故による放射能もれやSNSによる議論・風説の共有は無い。だが、日本人というものが、災厄に対して、いかに粘り強く立ち向かっていくかが、綿密に書かれている。
台風国であり、地震国であり、大雨も降れば大雪も降るという、この小さな、ごたごたした国は、自然災害との闘いは、伝統的に政治の重要な部分に組み込まれていた。だから多少不運な天災が重なっても、復旧はきわめてすみやかで活発におこなわれ、国民の中に、災害のたびにこれをのり越えて進む、異国人から見れば異様にさえ見えるオプティミズムが歴史的に培われており、日本はある意味では、震災や戦災やとにかく大災厄のたびに面目一新し、大きく前進してきたのだった。しかし、あたりまえだが、現実のほうがはるかに深刻で悲惨だ。小説のなかで、どんな阿鼻叫喚が展開されていたとしても、それは物語としての惨事。3.11 からの出来事を写した、どの一枚にもかなわない。フィクションとしての薄っぺらさをあげつらうことは可能だが、そこに「逃げる」ことができる。テレビを消して、ネットから離れ、「物語」の殻に心を放つ。不安に浮つくわたしのこころを、いっとき「物語」に向けるのだ。いま揺れている足元はどうしようもないが、自分のこころは飼いならすことができる。たとえ、わずかな一時でも。
現実はあまりにも苦く・恐ろしい。だが、そんな現実をデフォルメし、因果の流れに組み込んで、「飲める」ように仕立てたのが物語。耐え難い不安や不満に苛まれるとき、その現実に似た「物語」を摂取する。薄めた"リアル"で抗体をつくり、心を慣らすのだ。「おおつなみ」というコトバは、未来少年コナンのインダストリアで耳にした(最近ならポニョか)。児戯かもしれない、「逃げ」かもしれない。でも、フィクションのおかげで現実に引っ掛かることができる。ともすると流されそうになる心をつなぎとめておくために、物語はありがたい。
日本沈没―――最初に結論を述べると、日本を沈めるのはとてつもなく難しい。これは著者自身が告白しているとおりで、日本が沈むまでに実にさまざまなことが起こる。起こりすぎるくらいで、とても潜水艦乗りや地震学者といったキャラクターに還元できない。物理的な日本の蠕動・鳴動・業火・咆哮そして沈下というベースに、日本人どう対応するか、隠蔽・逃避・救助・足掻そして脱出のストーリーラインが乗っかる。
予兆や予感レベルでは個人の耳目を駆使し、すわ有事になると、ぐっと鳥瞰したカメラの視線、さらには海底1000メートルまで潜った場所から地中・土中に衛星視点まで、自由自在だ。海溝を走る泥流の描写、大地震+大津波により首都が破壊される様子、人びとの混乱と喪失、表向きは同情、本音は冷ややかな海外の反応、政治的駆引、世界経済への波及と、脳髄を振り絞ってシミュレーションに苦心惨憺した跡がしのばれる。軍事バランスや地政学的な平衡関係が崩れることまで考え抜いてある。
また、細かいとこなら、いざというときの「市民の義務」が欠如している「通勤流入民」→「帰宅難民」と読み替えたり、海洋を信仰対象とする新興宗教「世界海洋教団」を「シーシェパード」になぞらたりできる。某国だと暴動になる危機において、日本人は「柔順と諦念」的な行動様式をとる理由は、「最後は何とかしてくれる」という国に対する「甘え」の感覚がそうさせているのだという。どこまで「いま」を再現しているか、胸に手を当てながら、読む。
さすがに「これはヒガみすぎだろう」と思ったのは、海外勢の視線。「日本を救え!」キャンペーンの裏側の心理。国際機関や各国政府、さまざまな団体が募金活動にいそしむのだが……地震・津波・原発、現在進行形が「そのまま」テレビでダダ漏れしているのも、世界初なんだろうね。
大部分の人々の心は、はるかな極東の一角に起こりつつある悲劇的なスペクタクルに対する第三者的な好奇心にみたされていた。心の奥底では、それが「自分たちの土地」で起こったことでなくてよかったという安堵と、異常な「繁栄」をしていた国の滅亡に対する、若干の小気味よさと、特異で理解しにくい、活動的な国民を、自分たちの国に大量に受け入れなければならない不安、わずらわしさに対する予感などが、複雑にからみあっていた。「いま」への警告じみたものも読み取れる。マグニチュード8.7が、東京を直撃する場面がある。首都がどのように壊滅するかは読んでいただくとして、問題はその後。廃都をパトロールする警官たちの会話だ。デマや流言飛語が飛び交うのは常道として、こういう大きな災害が起きた後は、社会が『硬化』するという。具体的には、取り締まりが強化され、自由な発言を許さない空気が醸成され、大きな声・くり返される声が求心力を持ちはじめる。今なら「自粛」というピッタしの言い回しがあるし、これからは「TNP」が流行るかもしれない。「TNP=低燃費」ではない、「楽しい仲間がポポポ~ン」だね。
年長の警官が、関東大震災がファッショ化、さらに治安維持法へ結びついた歴史ふりかえる。「震災→治安維持法→戦争」の図式は、 3.11以前はデキすぎた後付け談義と見た。が、これが「今」現実感を持つようになったら……わたしはまず、わたしの感覚を疑うに違いない。与党が求心力を希うことで、どさくさにまぎれてカリスマ党首にすげ替えたり同調したりし出したら、別の意味でアラートをあげるつもりだ。
くり返す。わたしは、こわい。「地震・カミナリ・火事・オヤジ」だった時代から、わたし自身がオヤジ世代になった今、「地震・原発・デマ・津波」だという。確かに、どれも「こわい」。NHKでも見てまぁ落ち着けという人がいる(嫁さんだ)。「オオカミが来るぞー」と騒ぐ週刊誌がいる。「ネェどんな気持ち? いまどんな気持ち? 」とマイクを突きつける人がいる。ネットにつなぐと、ワケ知り顔の自称専門家がいる。ソースが海外だと死体がいっぱいだ。検索する検索する検索する。情報に疲弊して、物語に逃げ込む。
現実が現実味を急速に失いつつあるいま、物語がリアルを保てるのか? どだい、最初から無理な話なのかもしれぬ。それでもすがるように読む。正気を保つために、狂気に逃げ込む。嘘から(嘘でも!)メッセージを受け取る。地震・津波・台風、日本人は昔から、自然災害を生き延びてきた。だから、今回も必ず、ふたたび興る、と。
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コメント
こんにちは。
こんなときにこんなこと書いていいのかな~と思いつつ。
映画公開当時(旧作)あたりのインタビューだと思いましたが、小松左京氏は、本当は、日本が沈没したその後を描きたかったけど、日本を沈没させるのに大変だった。星新一や筒井康隆だったら、「日本が沈没した。その後。。。」と一行ですまして小説を書けるけど、自分はできなかったというようなことをいってました。
私は、長編小説が読めなくて、もっぱら、星新一氏の小説ばかり読んでいたから、えらく納得しました。
でも、ある意味、小松氏の生真面目さが傑作を生み出したから、凄いですよね。
(という自分、まだ、「日本沈没」を読んでおりません。(すみません。)
投稿: ざわ | 2011.03.30 17:49
>>ざわさん
そして第二部の構想を練っていましたが、脱稿までは至りませんでした。後に別の方が第二部を書き上げたようですね。
「こんなときに」は、確かにその通りです。amazonリンク先も品切れですが、近所の図書館も軒並み貸出中となっていました。わたしが本書を再読しようとしたのは、大地震の直後、富士山がアップを始めたニュースを耳にしたからです。不安なことを投影した、おおきなフィクションに寄りかかりたくなったのです。
考えることは、皆いっしょなのでしょうか……
投稿: Dain | 2011.03.30 21:40
興味深く、そしてうなづきながら記事拝見しました。
小松左京氏はまだご存命で、阪神大震災の時には実際に被災、そのときの経過を文章にもしておられますが、今回のこの経過、どんな気持ちで見ておられるのでしょうか。
それこそ、いま日本が沈みつつある、その現実と自分の書いたフィクションとの間で、どのような想いを抱いておられるのか。
もし、可能であるのなら、氏からのメッセージが欲しいと切に願うものです。
投稿: ぐすたふ | 2011.04.04 20:37
>>ぐすたふさん
わたしは逆で、今はヘタに何か言わないほうがよいのでは……と思います。かつて創造した(想像した?)未来と「今」とが、気味悪いほど似通っているので、影響を与えないためにも、スルーするのが大人の対応だと思います。
(ちなみに、日本沈没といい、風が吹くときといい、amazon絶賛品切れ中&わたしの近所の図書館全館、貸出中なのです。皆さん、考える事は一緒なのです)
投稿: Dain | 2011.04.04 23:59
いつも興味深く拝読しております。
『日本沈没』も優れた作品ですが、今だったら、大災厄後のサバイバルと復興を描いたニーヴン&パーネル『悪魔のハンマー』がおすすめです。
森卓先生の先日の記事を思い起こさせる演説があったりして、ニヤニヤ笑いもできますよ。
投稿: SFファン | 2011.04.06 14:58
>>SFファンさん
「悪魔のハンマー」ですか!
彗星と地球の印象的な表紙は、とても懐かしいです(とはいっても未読ですが)。この際、手にとって見てみますね、オススメありがとうございます。
投稿: Dain | 2011.04.06 23:10