大きな現実の前では、文学はつくづく無力だな。
そも文学は人と人との間学(あいだがく)なのだから、人を超える圧倒的な事物には、術がない。しかし、言葉が人に対して影響をもつものなら、それがいかに微かであろうとも、その力を信じる。わたしは、物語の力を、信じる。
このエントリでは、時を忘れる夢中小説、徹夜小説を選んでみた。計画停電でテレビや電車が動かないとき、開いてみるといいかも。amazonからは書影のみお借りして、リンクはしていない。自分の書棚か、営業してる本屋を巡ろう。文庫で、手に入り安そうなもので、かつ面白さ鉄板モノばかり選んだ。いま手に入りにくいのであれば、手に取れるようになったときの「おたのしみリスト」として期待してくださいませ。
■大聖堂(ケン・フォレット、ソフトバンククリエイティブ)
十二世紀のイングランドを舞台に、幾多の人々の波瀾万丈の物語……とamazon評でまとめきれないぐらいのスゴ本+夢中小説。NHK衛星ハイビジョンで放送しており、再ベストセラー化しそうな勢いだ。残念ながらわたしは見逃してしまっているが、このドラマで小説版を手にした方も多いだろう。
これがスゴい理由は、あらゆる人間の欲望が描かれているから。権力欲、支配欲、愛欲、性欲、意欲、我欲、禁欲、強欲、財欲、色欲、食欲、邪欲、情欲、大欲、知識欲、貪欲、肉欲…ありとあらゆる「欲望」を具現化したものが大聖堂だ。神の場と「欲望」… 一見矛盾した取り合わせだが、読めば納得する。究極の大聖堂を描く、しかも「大聖堂をなぜ建てるのか?」という疑問に応える形で書こうとすると、とてつもない人間劇場になる。だから、これはすごい。
■ガダラの豚(中島らも、集英社文庫)


「寝食忘れて読みふけれ。まちがいなく面白いから」2ちゃんねら大絶賛の徹夜小説。半信半疑で読みはじめ、とまらなくなる。テーマは超常現象と家族愛。これをアフリカ呪術とマジックと超能力で味付けして、新興宗教の洗脳術、テレビ教の信者、ガチバトルやスプラッタ、エロシーンも盛り込んで、極上のエンターテイメントに仕上げている。中島らも十八番のアル中・ヤク中の「闇」も感覚レベルで垣間見せてくれる。
エンタメの心地よさといえば、「セカイをつくって、ブッ壊す」カタストロフにある。緻密に積まれた日常が非日常に転換するスピードが速いほど、両者のギャップがあるほど、破壊度が満点なほど、驚き笑って涙する、ビックリ・ドッキリ・スッキリする。この後どうなるんだーと吠えながら頁をめくったり、ガクブルしながら怖くてめくれなくなったり。
■アラビアの夜の種族(古川日出男、角川文庫)
おもしろい物語を読みたいか? ならこれを読め!【完徹保障】だッ!
と、自信をもって断言できる身も心もトリコになる極上ミステリ。物語好きであればあるほど、本好きであればあるほど、ハマれる。抜群の構成力、絶妙な語り口、そして二重底、三重底の物語…このトシになって小説で徹夜するなんて、実に久しぶりだ。
これは、陰謀と冒険と魔術と戦争と恋と情交と迷宮と血潮と邪教と食通と書痴と閉鎖空間とスタンド使いの話で、千夜一夜とハムナプトラとウィザードリィとネバーエンティングストーリーを足して2乗したぐらいの面白さ。そして、最後の、ホントに最後のページを読み終わって――――――驚け!
それまで、検索厳禁な(amazonレビューも見てはいけない)。それから、明日の予定がない夜に読むべし、でないと目ぇ真っ赤にして、その予定をキャンセルすることになるから、もちろん続きを読むために、ね。
■極大射程(スティーヴン・ハンター、新潮文庫)
徹夜小説+アクションとミステリと冒険と法廷のいいとこどり。
ここまで手広いと大味になったり拡散しちゃいそうだけれど、すばらしく上手くまとめあげている。良い意味での「ハリウッド映画のような小説」。ヴェトナム戦争の名スナイパーが主人公なのだが、戦争モノではない。大自然の中に"引きこもり生活"を送っている主人公・ボブに、ある依頼が舞い込んでくる。
精密加工を施した新開発の308口径弾を試射してもらいたいというのだ。弾薬への興味からボブはそれを引受け、1400ヤードという長距離狙撃を成功させた。だが、すべては謎の組織が周到に企て、ボブにある汚名を着せるための陰謀だった…
後半のご都合主義的な展開に云々するよりも、エンターテイメントとして超一級なので、寝るのを忘れて読める読める読める。主人公 vs 特殊部隊100人の銃撃戦が鳥肌たった。ページの間から硝煙の匂いと兆弾の残響がただよう、オトコくさーい小説。
■ローマ人の物語──ハンニバル戦記(塩野七生、新潮文庫)


「ローマ人の物語」は非常に長い「物語」だが、めちゃくちゃに面白い巻と、本当に同一人物が書いたのだろうかと疑いたくなるような巻が入り混じっている。無理して全読するよりは、美味しいところだけをつまみ食いするのをオススメする。
シリーズ中で最も面白いのは、「ハンニバル戦記」の3巻(文庫3、4、5巻)なので、まずここから召し上がれ。本書は「ローマvsカルタゴ」という国家対国家の話よりもむしろ、ローマ相手に10年間暴れまわったハンニバルの物語というべきだろう。地形・気候・民族を考慮するだけでなく、地政学を知悉した戦争処理や、ローマの防衛システムそのものを切り崩していくやり方に唸るべし。この名将が考える奇想天外(だが後知恵では合理的)な打ち手は、読んでいるこっちが応援したくなる。
特筆すべきは戦場の描写、見てきたように書いている。両陣がどのように激突→混戦→決戦してきたのか、将は何を見、どう判断したのか(←そして、その判断の根拠はどんなフレームワークに則っている/逸脱しているのか)が、これでもかこれでもかというぐらいある。カンネーの戦いのくだりで、あまりのスゴさにトリハダ全開になるぞ。
■モンテ・クリスト伯(アレクサンドル・デュマ、岩波文庫)


この世で、もっとも面白い小説。
筒井康隆が「ひとつだけ選ぶならコレ」とベタ誉めしてたが、本当だ。ストーリーを一言であらわすなら、究極のメロドラマ。展開のうねりがスゴい、物語の解像度がスゴい、古典はまわりくどいという方はいらっしゃるかもしれないが、伏線の張りがスゴい。てかどれもこれも強烈な前フリだ。伏線の濃淡で物語の転び方がミエミエになるかもしれないが、凡百のミステリを蹴散らすぐらいの効きに唸れ。読み手のハートはがっちりつかまれて振り回されることを請合う。
みなさん、スジはご存知だろうから省く。が、痛快な展開に喝采を送っているうちに、復讐の絶頂をまたぎ越えてしまったことに気づく。その向こう側に横たわる絶望の深淵を、主人公、モンテ・クリスト伯と一緒になって覗き込むの。そして、「生きるほうが辛い」というのは、どういう感情なのかを思い知る。
予定されたり見送られたり、二転三転しているが、そろそろ計画停電の時間だ。光さえあれば物語に入れるのだから、紙の本はありがたい。
もっと!という方には、以下のリンクをどうぞ。
「本が好き!」の読書会「徹夜小説ありますか?」
「はてな」の人力検索「徹夜するほど面白かった小説を教えてください」
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