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セカイ系の近未来SF「虐殺器官」

虐殺器官  スゴ本オフ@ミステリで惹かれて手にしてイッキ読み(カネヅカさんありがとうございます)。ガジェットとウィット満載で大いに楽む一方、マイノリティ・リポートとメタルギア・ソリッド(MGS)を足して割ったようなセカイにくたびれる。

 延々続く「僕の語り」が特徴的で、過去と悪夢と現在を説明なしに並べてみせる。同じ脳内だから分け隔てしないよ、という手法は好きなんだが、骨子はかなり単純だ。個人認証による厳格な管理社会を突き進む「先進国」と、搾取と内戦と環境破壊が凄まじい「後進国」、キレイに分れた近未来。大量虐殺を引き起こす「虐殺の器官」を追う米軍特殊部隊のエリートが主人公で、徹頭徹尾、彼のモノローグに付き合わされる。

 この「語り」が面白い。自分(の感情)をつき放して論理を積み上げる冷静さと、母の半生をうじうじ思い悩むマザコン根性が代わりばんこに浮かんできて妙にリアルだ。冷たいユーモアも笑える。屠殺した鯨やイルカの筋肉組織を利用して飛行機の翼をつくるといった、某保護団体が知ったら卒倒しかねないドス黒ネタを淡々と説明する。そんなに未来の話じゃないから、「僕」は某団体の経緯を知ってるはず。にもかかわらず、皮肉味を一切交えずに言い切るのは、いったい誰に対してだからだろう?と苦笑する。

 随所に埋め込むネタ・パロディも面白い。機関銃をすえられ、軍事車両として再利用される日本車は、頭文字D「藤原とうふ店」だろうし、六次の隔たり(ケビン・ベーコン数)から「初体験リッジモント・ハイ」を思い出す主人公に思わず握手したくなる。あまつさえ、敵役がおもむろに「好きとか嫌いとか最初に言い出したのは~」と話し出したので感涙にまみれる。「やたら有能な官僚組織が出てくる軍事小説、あるだろ。俺はああいうの、片っ端から発禁処分にすべきだと思うんだ」は、どうみてもトム・クランシーですありがとうございます。

操作される脳 もっとも、主人公の「冷静さ」は、純粋戦闘員となるためのケミカル・トリートメントに因るものだから笑えない。戦闘の障害となる痛覚や良心そのものをマスキングして、「痛み」を知覚しても「感じる」ことを抑えるといった脳医学的処置は、グロテスクだが実際に行われている。死なない兵士はムリとしても、死ににくい兵士はできる。恐怖や痛みを感じずに突撃し、見聞きしたすべての情報を丸ごと記憶している。傷を受ければ即座に自己治癒し、睡眠や食べ物なしでも活動可能な兵士をつくりあげる。「操作される脳」(レビュー)では、こうしたDARPA(米国防総省国防高等研究計画局)の研究を紹介している。MGSまんまやね。

子ども兵の戦争 よく勉強しているなぁ、と関心したところも。現実の出来上がっていない子供たちを誘拐して、兵士に仕立て上げるサマや、「国家のイメージはPR会社によって大きく左右される」と言わしめるところなんて、「子ども兵の戦争」(レビュー)や「戦争広告代理店」(レビュー)だね。物資の運搬や食事の作業のみならず、実際の戦闘、かく乱、スパイ活動、さらには自爆テロの弾頭として「消費」される子ども兵や、(大人の)兵士に「妻」として与えられる少女の兵のエピソードは、まさに「見えない兵士たち」まんまやね。映画なら「フルメタル・ジャケット」に出てくる髪をふりみだしたスナイパー少女を思い出す。

 ただ、一人称である以上、どうしても地の文を「僕」が解説する形になる。実弾飛び交う戦闘中にしみじみ昔をふりかえる様子は異様だし、はみだした腸とか穿たれた後頭部のディテールは詳しいくせに、生きて話している相手の背格好や顔つきには興味がないようだ(そしてまさしくそこが、主人公のキャラクターでもある)。主人公はカフカを持ち出して語りたがるが、むしろカミュ的なマザコンだろう。ほら、ラストに彼が取った行動は、ムルソーの「太陽のせい」というセリフがピッタリ。

 ミステリ要素は、タイトルの「虐殺の器官」の謎に迫るところになるが、ううむ、(ネタバレ反転)リング・らせん・ループの悪い冗談にしか見えない、いわゆる言霊ってやつ。説得力も同様やね。いい意味でも悪い意味でも、エンタメ足算の足跡だらけなのでご注意を。

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コメント

あまり面白くなかったという感想で良いんですよね?もし虐殺器官が面白かったなら、ハーモニーの方が面白と思いますよ。

投稿: hep | 2011.01.08 00:47

>>hepさん

奥歯にモノはさまったような物言いでごめんなさい。美味しくいただいたのですが、食材もレシピも丸わかりでしたというのが本音です。

投稿: Dain | 2011.01.08 08:44

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