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スポ魂ミステリ「サクリファイス」

 ロードレースが舞台のミステリ、駆け抜けるようにイッキ読み。

サクリファイス スゴ本オフ@ミステリでオススメされたもの。カネヅカさん曰く「泣けるスポ魂です!」に納得。恋愛あり惨劇あり、盛りだくさんの内容なのに、ムダが一切ない。伏線もアイテムもトラップも、きちんと計算して引かれ措かれ配置されており、まるでレーサーの筋肉のように引き締まっている。レースの駆け引きと、悲劇の謎解きは、どちらも心理戦。見事にオーバーラップしており、構成も見事。

 そして、タイトルの「サクリファイス(犠牲)」、読み終わったら、もう一度、表紙を眺めたくなる。そして、「サクリファイス」に込められた二重三重の意味を再確認して、思わず胸が熱くなる、肌が粟だつ。

 気に入らないのは語り手。一人称形式の唯一の「主人公」なのに、どこか他人事、脇役のような口調に違和感を抱く。チームの皆と当たり障りなく泳ぎ、真顔で「お世辞」を言い切れる。彼女を失ってもヘラヘラ笑っていられるさまは、心底アタマにくる。だいたい、プロの世界なのに、勝負に執着がない。自己を差し出そうとする様は、タイトルの「サクリファイス」そのまんま。このセリフに、「ぼく」の存在価値が込められているといっていい。

   どんなスポーツでも、勝たなきゃプロとしてやっていけない。
   だけど、自転車は違う。自分が勝たなくても、走ることができる。

 つまり、チームのアシスト役として、ただひたすらがむしゃらに走りたいのだと。ゴールにたどりつけなくてもいいとまでいう。そもそも、「ゴールにいちばんに飛び込む意味が分からない」のだと。顔が見えない語り手。考えも感情も、過去さえも全てさらけだしているのに、行動だけ得体が知れぬ。

 惨劇が起きることは冒頭で明かされているからネタバレにはならないだろう。そして、回想から始まり一人称で語っている「その瞬間」に追いつくまで主人公は、まさに「この物語を語っている時間」に生きている。「ぼく」がガツンとなることが起きているのに、「語っていた時間の"ぼく"」と「いま語っている"ぼく"」に変わりがないように見える。その「変化のなさ」が逆に怖い(ここは深読み過ぎたかもしれぬ)。

 風が吹き抜けるように読み終える。でもそこに残るのは、爽快感よりも、苦みと痛み。以下余談。

 余談1「暗峠」でトレーニングする場面があるが、「嘘だっっっ!」と声に出した。なぜなら、わたしも上ったことがあるから(自転車で)。暗峠は壁だ。喩えないなら、階段の勾配だ。もちろん乗って上れるはずもなく、押していったよ。潜在的マゾヒストなのだと思う、チャリダーは。

 余談2 全てが明かされた読後感は、ある小説のラストと似ているなーと思った。ネタバレになるからマウス反転にするが、「塩狩峠」(三浦綾子、新潮社)なり。これも、「サクリファイス」。

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コメント

自転車ロードレース観戦しはじめた頃にこの本を読んで、なるほど、そういうことだったのかと得心しました。あくまでもチームスポーツなんですよね。だから、自分がトップでゴールすることに執着はなくても、チームの勝利には執着していると思います。その意味では、球技(個人ではなくチームの)に近いのかもしれません。ラグビーで、プロップが自分で得点することは別に願わないように(これまたマイナースポーツか)。

投稿: さわさき | 2011.01.21 13:53

>>さわさきさん

いうなれば、「ボールを使わない団体球技」ですね。チームの勝利のための踏み台としての、「サクリファイス」と読めば筋は通ります。が、「ぼく」は(声に出さないにせよ)わが身を差し出すことそのものに力点を置いているような気がします。もちろん皆にはチームの勝利のためにと述べていますが…

投稿: Dain | 2011.01.21 21:10

ミステリ構成としてはよくできた小説なんですけど、ご指摘されてるような主人公の熱血さが足りないのと同様に
自転車競技の醍醐味としてのヒリつくような勝負の場面がほとんど描かれないのも残念な作品です

メジャーな球技等にくらべるとゲーム的なかけひきの要素が少ないし、技術的な発見による急成長とか才能の突然の開花といった美味しいシチュエーションを
説得力をともなって書くのが難しい競技ですが
そのぶん、自分と自分の身体(これには機能体としての脳も含む)との対話の重要性が大きいのもポイントで
そこにはいろんなテーマと絡められるものがたくさん隠れていると思います

むしろ「突然の成長」は本作品では最大のアンチテーゼの象徴にもなるアレを使って描くことで
自転車競技のありかたや競技者の熱意や失意といった心情を浮かび上がらせたりもできるわけで
そうした要素がいまいち足りず(ミステリの偽装のためとはいえ、それを過去話にしてしまうのはスポ魂的にもったいない)
結果本編ではこれを担当しているキャラクターの存在感が薄すぎて、情熱が過ちを呼ぶというせっかっくの二重感情を起こせる所に何の気持ちも入らない

こうした不満から来る私の邪推にすぎませんが、やはり作者の自転車競技に対する理解と愛情が不足していると感じます
主人公が冷めてるのもそれが原因ではないかなと

投稿: | 2011.02.09 16:59

>>名無しさん@2011.02.09 16:59

おお、すごい分析です。そんなに深く考えていませんでしたが、言われてみると同感です。ただ、ああいう主人公は、村上某の読みすぎなのではないかとも思っています。

投稿: Dain | 2011.02.09 22:49

主人公の冷めている感じは、自分としてはある程度共感して読めました。現代の若者がこんな感じなのかもしれませんね。「やれやれ」とは、また違った感じでしょうか(笑)

暗峠、ちょっと興味あったので、Youtubeで検索すると車載カメラに丁寧なコメントのついた動画がありました。http://www.youtube.com/watch?v=zSbUjKB2Q-E
ときどき横切る建物と道路の角度から急勾配は窺い知れますが、国道?なんですか?
自転車でも車でも徒歩でも行きたくないです・・・。

投稿: | 2011.02.20 07:00

>>名無しさん@2011.02.20 07:00

こんな動画があったのですね、ありがとうございます、思わず見入ってしまいました。でこぼこ舗装、コンクリに丸印、石畳と、道路の表情が懐かしかったです。というのも、自転車で行ったときは、ずっと下しか見ていなかったのでw(そしてほぼ全部押してましたwww)
ハイキングのつもりで歩きで行きたいですね。

投稿: Dain | 2011.02.20 07:24

すみません!
名無しで登録してしまいました!
自転車で、本当に行ったんですね。何か出来もしないことを大見得切ったときの罰ゲームでしょうか?

投稿: rararapocari | 2011.02.20 15:00

>>rararapocariさん

いいえ、罰ゲームではありません。
当時は自転車乗りだったので、チャレンジしたかったのです(チャリ屋にとって暗峠は有名なのですよ)。いまどきの人は「激坂」と呼んでいるらしいですねw

激坂(wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BF%80%E5%9D%82

投稿: Dain | 2011.02.20 17:11

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