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業のおぞましさ、ひたむきさ「赤目四十八瀧心中未遂」

赤目四十八瀧心中未遂 松岡正剛氏じきじきにオススメいただいた劇薬小説。業のおそろしさを強調されていたが、わたしはむしろ、業のおぞましさ・ひたむきさに呑まれた。

 一度に読んだ、そして激しい、ほとんど飢えたような欲望が一度にわたしを襲った。自分自身を突き落とすような「私」には、どうしても慣れ得ない。職も住もうっちゃって、転々と堕ちてゆく主人公は、納得ずく&身を任せで浮遊する。考えた上でやってることは、わかる。なぜなら、一度はわたしも考えたから。わたしに限らず、この主人公「私」が垂れ流す自壊思考は、誰しも「思った」ことはあるだろう。

その日その日、尻の穴から油が流れていた。私が私であることが不快であった。私を私たらしめているものへの憎悪、これはまるで他人との確執に似ていた
 ただ、本気で実行することはないはずである奈落への跳落を果たしてしまう。今風なら大二病だ。勤め人になってから自分探しすると大ヤケドする例ともいえる。「私とは何か」、それは他者との関係性の中ででっちあげられたものだと分かっていても、その中でしか生きてゆくことしかできない。人を絶ち、表情を消し、そのまま朽ち果てようとしても、感情の底が叩かれたとき、やっぱり「あッ、あッ」と声が漏れてしまう。ことばが生まれるところに感情が潜む。どんなにぎりぎり・ドロドロのところにも、我が潜んでいる。その臓物のような「我」が「私」の内省を借りてつきつけられると、つきあうこちとら辟易すらぁ。

 だから早々に主人公によりそうことはやめて、ヒロインに注目する。タイトルに「心中」とあるから、相方が要る。アヤちゃんといい、第一印象は「見るのが怖いような美人である。目がきらきらと輝き、光が猛禽のようである」。以降、主人公の目を通したアヤちゃんの描写が憎い。先に述べたとおり世捨てを騙っているくらいだから、まともに人を見ない/見れない。対峙しているときは目の端で盗むように、後ろからつけるときは舐めるように、視るのだ。そして、見えない部分を補い匂いを音を貪る。

 なんのことはない、捨てたはずの世にある女に、「我」が囚われているのだ。「私」の後ろから見ているわたしにとって、「見ている」ことを隠そうともしない「私」の矛盾がよく見える。見た瞬間、穢れ、萎れ、垢にまみれる。分かっていながら見てしまう。そして、見た瞬間、関わってしまうのに。ここに葛藤を抱かないインテリを謳う「私」は、ちゃんちゃらおかしいぞ。それとも、読み手にこの矛盾を気づかせるための演出なのか?だとしたら超絶に上手いぞ。

 ストーリー運びの絶妙さも随所に練りこまれている。この小説は、死と血とセックスに満ちている。「私」は臓物を解体し、串刺しにすることを生業とし、腐臭漂う一室で、汗だくになっている。死と血のメタファーだ。そして、その酷い臭いは、ラストの瀧めぐりの爽快な風に吹き飛ばされる対比になる。女からもらったサクランボを「ぜんぶ食べてしまう」のは、その女を喰らう前フリだろうし、過去が人の姿をとって追いかけてくるところは物語が転調するポイント。技巧が見えないくらい溶け込んでいるので、目を凝らさないと気づかないくらい(←これも心憎い。でもそんなの気にせず夢中に読む)。

 同調できない「私」とともに墜ち、這い回る。読み終わったとき、悪夢から覚めたよう。強い性欲は強い渇きに似ている。わたしのまぐわいも、激しかった。「私」とアヤちゃんのような、互いにしがみつくようなセックスだった。夜の底にいると、自分を見失うときがある(あった)。モノに拘泥したり、コトに熱中するフリをすればやりすごせる。でも、そういうごまかしができないとき、わが身が後ろから噛まれるように辛い。そんな夜は、ヒトにしがみつくのがいちばんだな。行為の後の眠りは、小さな死そのもの。完璧の眠り。

 そんな夜をもたらす一冊。

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コメント

初めて書き込みさせて頂きます。
有賀ゆうのキミにもできるスーパーエリートの受験術の紹介文がとても参考になりました。ありがとうございます。読んでみたかったのですが、高価でとても買えないので。国会図書館で複写してもらいます。
半分のみということですが、残り半分はどうしたら複写してもらえるのでしょうか?教えて頂けませんでしょうか、お願いします。

投稿: 吉田 | 2010.11.11 02:35

>>吉田さん

コメントありがとうございます。
ヒントだけで勘弁してください→「半分」はアカウント単位の制限です。ということは……

投稿: Dain | 2010.11.11 08:31

わかりました!そういうことですか!!ありがとうございますo(_ _)oペコッ

投稿: 吉田 | 2010.11.11 22:36

>>吉田さん

どういたしまして!効率的に勉強して合格してください。

投稿: Dain | 2010.11.14 00:47

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