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がんを考える、自分事として、「カシオペアの丘で」

 人間の死亡率は100パーセント。そして、その可能性が最も高いのは、がんになる。

 わたしががんになったら、何が起こるのか。具体的な症状や療法よりもむしろ、わたし自身がどう受けとめ、家族にどんな影響を与えるのか。この小説を読みながら、嫌が応でも主人公とわたしを重ね合わせる。

カシオペアの丘で(上)カシオペアの丘で(下)

 重松清は初めてなのだが、上手いな、この人と思わせるのは、単純な闘病記や家族ドラマに留めなかったところ。読者へのサービス精神なのか、フィクションのチカラを利用して、殺人事件やミステリ要素を盛り込んでおり、ページを繰る手を休ませない。要所要所でグッとくる仕掛けもよくできており、伏線回収の情景もドラマチックだ。「きこえ」は悪いがエンタメ的なり。

 しかし、主旋律はしっかりとしている。40歳、仕事もあれば、家庭もある男。まんま、わたしにあてはまる。レントゲン検診で「要再調査」となり、精密検査でかなり進行していることを告知される。否定や怒りを経て、受容までの各段階や、家族の反応、封印された「思い出」への再訪、そして自分自身をゆるすこと―――人生の残された時間をいかに過ごすか。早すぎるがんの進行にあわせた展開のテンポが絶妙で、こころにくいほど。

 彼の反応は、わたしのものだ。うっかり同化して、思わず涙ぐむ。めちゃくちゃぐちゃぐちゃにされるのは、わが子へどう伝えるか。主人公は、小学四年生の一人息子がいる。「死」はもうわかる年頃だ。パパの楽しい思い出を残すだけで、ホントのことを言わずに死んでいくか、それとも、ありのままを伝え、きちんと「別れ」を告げるか、彼の煩悶はそのまま、わたしを身悶えさせる。タイトルでもある「カシオペアの丘で」、彼が、息子に、伝えた言葉のひとつひとつが、わたしの胸を撃つ。わたしの胸に刻み込まれるような読書になる。

 わたしなら、どうする?

 自分がもうすぐ死んでしまうことよりも、自分が愛する人に悲しくて悔しい思いをさせてしまうことが、悲しくて悔しい―――彼の嗚咽はわたしのものだ。本のドラマが終わったあと、わたしができることは、この思いを予約しておくこと。死は避けられないし、がんになるかも分からない。であれば、そうなってあらためてイチから考えはじめるのではなく、いま、ここで、この感情をリザーブしておくこと。その思いを抱えながら、きょうを生きること。子どもには、死の教育を施しておくこと。

  子どもに死を教える3冊
  子どもに死を教える4冊目
  がんを覚悟する生き方

 痛勤電車が読書タイムであるわたしには、かなり辛い読書になった。周りの人はさぞかし気味悪かっただろう。平日朝から嗚咽こらえるオッサンはどう見ても変態だ。なので、これから読む人は、必ず独りで読むように。

 それから、わたし自身への気づきを得るため、「生活目線でがんを語る会」に参画する。7/23 六本木で行われる会合で、身近な病としてのがんについて体験者のお話を聞く。募集は既に締め切っているが、U-Streamで視聴可能だ(19:30~)。

  「生活目線でがんを語る会」 U-Stream
  「生活目線でがんを語る会」 Twitter (ハッシュタグは #ganlife )

 他人事ではなく、自分事として、がんを考える。

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コメント

むむむ。
重松清さん、すごい深みのある本を書かれますよね。
ベタですが、『疾走』では、アタマをガツンとやらてしまいました。

この本は、僕も読みたくかったのですけれど、積ン読山に刺さったままで今に至ります。

なるほど。
こういう話だったのですね。

むむむ。
この本が、いまだに人気があるのも頷ける。
Dainさんによって、示されたこのきっかけを生かし、さっそく読み始めますっ。

投稿: しいのき | 2010.07.23 04:53

こんにちは。
レビューを拝見していて、通勤電車で「その日の前に」を読み、数年前にがんで亡くなった祖母を思い出して涙があふれそうになったことを思い出しました。私の前でつり革にぶらさがっていたお兄さんは、さぞぎょっとしたことでしょう・・・。
誰かを失うと言うことは、当たり前のようにそこにあったその人がいる風景を、二度と見られなくなることだと思います。いくら思い出の中にと言っても、現実にそこには、もういない。
ただ、私が感じたのは残されたモノの悲しさで、Dainさんのように去らねばならなかった者の悔しさ、悲しさではありませんでした。あの本をもう一度、今度はその視点から読み返してみようと思います。

この著者の作品は「つきつけられる死」という別離を扱っていることが多いように感じますね。

投稿: zemukuripu | 2010.07.23 15:03

読むのが遅くて小説はなかなか色んなものが読めないのが残念なのですが、漫画はよく読みます。
漫画ばっかりです。

癌の話で思い出すのはちょっと前なら

ブラックジャックによろしく

ですが、オイラ的にはこれよりも

土田世紀さんの
雲出づるところ

が、良かったです。
良かったという表現が良いのかは分かりませんが…。
やっぱり、歳が行ってくる今まで気にしていなかった
事に身につまされて涙脆くなってきますね。
雲出づるところは作者から察していただける通り熱くて
濃い内容です。
機会があればどうぞ。

投稿: 浮雲屋 | 2010.07.23 15:35

>>しいのきさん

おおー、「疾走」は良さげな噂を聞きます。今生きている日本作家のはあまり手を出していないので、折を見て読みます。
小説技法の上手さも光ってました。このエントリでは言及しませんでしたが、人称の変化とがんの進行を重ねたり、作中作として「リア王」「ライ麦畑でつかまえて」「サイダーハウス・ルール」「アルジャーノンに花束を」を混ぜているのが心憎いです。

>>zemukuripuさん

電車でグッときちゃうと、周囲をギョッとさせてしまうので注意が必要ですね……とはいうものの、感情はコントロールできるものではないし。
「その日の前に」はタイトルだけでグッときます。大丈夫なときを見計らって、読んでみます。

>>浮雲屋さん

オススメありがとうございます、「ブラックジャックによろしく」「雲出づるところ」は既読です。両方に共通しているシーンで「がんになってごめんなさい」と子どもやパートナーに謝るところが印象的です。自分はどうしようもないけれど、自分の病気のせいで、自分を愛する人を悲しませることが、悲しい……
「雲出づる」は、号泣漫画という称号にふさわしい作品ですね。モーニング連載中に電車の中で読んでいましたが、うっかり泣いてしまうことも多々ありました。

投稿: Dain | 2010.07.25 08:36

最近の、死(生)を見つめるエントリの数々は、とても刺激になります。最近、上野顕太郎『さよならもいわずに』を本屋で見つけて即購入したのも、その影響があったと思います。『カシオペアの丘で』も、この流れで読んでみたいです。読んで考えてみたいです。
重松清は、善人顔に騙されないぞ!と思いながら数冊読みましたが、いずれも、小説の巧さに敗北しました。数冊のうちの一冊は、やはり『疾走』で、主人公が二人称(おまえ)というトリッキーなところもありながら、「なぜ生きるのか」という根本的な部分を改めて読者に問いかけてみた小説だと思います。是非、dainさんの感想もお聞きしたいです。

投稿: pocari | 2010.07.26 23:04

>>pocariさん

了解です!「疾走」がイチオシなのですね(こういうオススメは嬉しいです)。「なぜ生きるのか」について、わたしなりの答えは既に出ているのですが、答え合わせのつもりで読んでみます。次の重松作品は「疾走」で行きます。

投稿: Dain | 2010.07.27 00:10

重松清は図書室にあった「ナイフ」で凄くいや~な思いをしたので読むの避けてたんですよね・・・。
学生なもんですから自分がいじめられてるみたいに思っちゃって、特に女の子とワニが出てくる話とか女子特有のネチネチしたいじめがリアルで。

そして「疾走」がオススメなんですね!
図書館の人に薦められたんですがちょっと表紙が怖くて遠慮していたんですがこれを機に呼んでみようかな?

投稿: sis | 2010.07.28 08:55

>>sis さん

うーむ、「女の子」と「ワニ」と「いじめ」の話なら、岡崎京子の「pink」を思い出します。きっとゼンゼン違う話だろうけれど、重松清がどう演出するか気になります。「疾走」が良さ下なら、次に手にしますねー

投稿: Dain | 2010.07.28 22:57

『カシオペアの丘で』読みました。(トラックバックを2回お送りしてしまいました。すみません)
自分は朝の通勤時間に、シュンの誕生祝いのシーンに当たってしまいました!初めは花粉症によって目が真っ赤になった会社員を装っていたのですが、途中から、完全に危ない人になっていたと思われます。
いろいろ考えさせられました。

投稿: ぽかり | 2011.03.09 21:47

>>ぽかりさん

(ノ∀`)アチャー
それはどストライクでしたね…わたしの読書タイムは痛勤電車なので、顔の内側でずっと泣いていました。で、死んではいけない!いや親が先に死ぬのは当たり前か…いや、ちょっとでも長生きしたい!と、「人のために生きる」ことをぐるぐる考えていました。

投稿: Dain | 2011.03.09 22:55

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