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まだ科学で解けない13の謎

まだ科学で解けない13の謎 科学の大発見をしたときの最初の言葉は、「わかった(エウレカ!)」ではない。「こりゃおかしい」だ。

 このアシモフの名言は、まんま本書に当てはまる。歴史をひも解くまでもなく、パラダイムシフトになる大発見は、「あたりまえ」「常識」とされている中の、説明がつかない場所に潜んでいる。そうした、変則事項(アノマリー/anomaly)の最もホットなやつを十三編の物語にして紹介している。膾炙した知見に反証実験や、現時点では説明できない(でも厳然たる)事象をジャーナリスティックに描く。

  1. 暗黒物質・暗黒エネルギー : 存在しない宇宙の大問題?
  2. パイオニア変則事象 : 物理法則に背くパイオニア号
  3. 物理定数の不定 : 微細構造定数の値は百億年で変わった?
  4. 常温核融合 : あの騒ぎは魔女狩りだった?
  5. 生命とは何か? : 合成生物は生物の定義となるか
  6. 火星の生命探査実験 : 火星の生命反応が否定された理由
  7. "ワオ!"信号 : E.T.からのメッセージとしか思えない信号
  8. 巨大ウイルス : ウイルスは真核生物の老化解明の鍵?
  9. : 死ななければならない理由が科学で説明できない
  10. セックス : わざわざセックスする理由が科学で分からない
  11. 自由意志 : 存在しない証拠が山ほど、信じる・感じるもの?
  12. プラシーボ効果 : 偽薬で効く証拠、効かない証拠
  13. ホメオパシー : 不合理なのに世界中で普及している理由
 楽しいのはこの著者、体当たりなところ。ネットと論文とインタビューでお終いではないのだ。「自由意志」を否定する実験では、脳への刺激で体を操る実験の被験者となってピノキオの気分を伝えたり、プラシーボ効果を試すための電気ショック実験を受けたり、だんだん気の毒に見えてくる。インタビュー先で「やってみます?」なんて、いたずらっぽい笑みを受けたんだろうなぁ、何度も。想像して微笑む。

 驚くような「疑問」も提示される。あたりまえすぎて、問うこと自体を忘れてしまったもの。「常識」への挑戦に、こっちまで発奮させられる一方で、反証を受け入れようとしないオーソリティの頑迷さにさもありなんと頷いたり。そうだよね、新常識が通用するためには、けっこう長い時間がかかるし、その「新常識」がさらに覆ったりするから。

 たとえば、3章「そもそも『定数』って、誰が決めたの?」という問いかけに驚いた。物理定数や物理法則って、本当に一定不変のものなの?物理の教科書に真っ向からケンカ売るようなジョン・ウェブの研究結果が紹介されている。それによると、微細構造定数α(アルファ)の値が変化しているらしい。つまり、120億年前は今より小さく、20億年前は今より大きいそうな。

 ……ということは、定数が時間・空間の両方によって変動しうることを意味している!? とジタバタしたくなる。残念ながら彼の研究は袋叩きにあい、無能のレッテルを貼られるか、完全に無視されているという。トンデモ扱いなのかなぁ……ジョン・バロウ「宇宙の定数」という本がよさげなので、ちょっと図書館行ってくる。

 あるいは、10章の「なんでセックスするの?」という疑問には、体ごとのけぞった。理論的に見ると、セックスつまり有性生殖は、欠陥だらけの生殖法なんだって。有性生殖では、相手が必要だし、自分の遺伝子を半分しか伝えられない。おまけに(無性生殖と比較すると)子孫の数は半分になる。

 つまり、セックスとは、「二倍のコスト」が伴い、繁殖速度も半分で、なおかつ遺伝学的に半分しか伝えられられない非合理的な行為になる。こんな非効率な生殖法が、なぜ淘汰されずに今も残っているのか?この疑問に科学はうまく答えられない。もちろん、様々な主張や理論や実証実験が挙げられているが、あちらが立てばこちらが立たず状態になっている。「きもちーから」というのは後付けになるだろうね、「なんでセックスをきもちーくしたの?」という別の疑問が被さってくるし。

 読んでいくうち、つくづく、研究とは「問い」に尽きると思えてくる。バカバカしい、と一笑に付すのは簡単だ。しかし、あたりまえすぎて意識すらしていなかった事実の「なぜ」を探っていくことで、大変革が起きている。わたしが子どものころ、思いついただけで考えることを放棄していた「問い」は、ちゃんと今でも生きている。たとえば、「アンドロメダ星雲は、自分の遠心力でバラバラにならないのはなぜ?」とか、「科学法則は、本当に宇宙のどこでも通用するのか?」とか。前者はダークマター(1章)、後者は人間原理(3章)で解説されている。

 本書のなかでも、ちゃんと研究するべきなのは、「プラシーボ」と「ホメオパシー」だろう。どちらも明らかに不合理なのに、「なぜ信じられているか?」「なぜ普及しているか?」は、トドメ刺すうえでも合理的に説明できるようになるべき(分子や化合物のふるまいの話ではなく、マインドコントロールの成果が出そうだが……)。

 経験や常識や権威を、あらためて疑ってみる。これがセンス・オブ・ワンダーなんだな。そういうことに気づかされる一冊。

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コメント

ご無沙汰してます。ホメオパシーに関しては、未出だと思いますが、お薦めはサイモンシンの「代替医療のトリック」ですね。でも、何故流行るのかの(決定的な)分析はありませんでしたが。

投稿: 金さん | 2010.06.04 11:15

>>金さんさん

お久しぶりです、「代替医療のトリック」は面白そうですね。ただ、あちこちのレビューを眺めているうち、読む前からオチが分かってしまい残念。代替医療の科学的否定よりも、「なぜ流行るのか」の方に興味があります。それも金さんさんのおかげで知ることができました。ありがとうございます。
さらに踏み込んで、「科学的とされている医療」の科学的否定があったら……というのは無いものねだりですね。

投稿: Dain | 2010.06.04 13:06

この本は、EBM(実証主義というか)の本と言うべきでしょうね。「効けば理屈は問わない」と言う方針で、代替医療の教授が共著者ですので、これこそ科学的態度(自分の業績を否定する訳ですから)です。
とは言え、何故流行るのか、何故心の隙に付け入ってしまうのか、これは分析されている訳ではありません。ただ、代替医療の創始者が大方、真剣に信じている(いた)のは証拠があるようです。自分としては、カリスマ性のある創始者が、真剣に信じて始めた、この辺かなと思いますが。
ちなみに、アマゾンのコメントも(個人的には)面白いです。

投稿: 金さん | 2010.06.08 13:22

>>金さんさん

amazonのコメントのほうが面白いですwww教えていただき、ありがとうございます。あいかわらず未読ですが、「効く」の定義とか「症状の改善と治癒の区別」あたりが、議論の分かれ目になっているのかな?と思います。本よりも、それをめぐる議論の方が面白いなんて、「読んでいない本について堂々と語る法」そのもので(メタ)面白いです。

投稿: Dain | 2010.06.08 23:33

定数についてはアシモフの科学エッセイシリーズのどこかで
定数が変わった場合どうなるか概算出しながら思考実験をやってましたね
あのシリーズはある意味、SFの種の部分を説明してくれるからおもしろいです

投稿: | 2010.06.15 02:39

>>名無しさん@2010.06.15 02:39

アシモフの科学エッセイシリーズですね、了解です。教えていただきありがとうございます。早速チェックしてみますねー

投稿: Dain | 2010.06.16 00:00

9番、10番は、「多様性」(単純に、単一の遺伝子が増えると絶滅する確率が高くなる)を理由としているとわたしは理解していたのですが、それは「解明されている」とは言わないのかなぁ。

投稿: やまざき | 2010.06.18 13:45

>>やまざきさん

はい、わたしもそう理解してましたが、「そうでない」つまり反証が出てくるのです。次に手にしたときは、「多様性」の面からどこまで解明されているかを見てみたいです。

投稿: Dain | 2010.06.19 09:56

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