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ゆるふわ読書でも人生に根を張るモンテーニュ「エセー」

 「死ぬまでに読みたい」シリーズ。

エセー 今回はモンテーニュ爺の「エセー」。ボリュームある岩波6巻や白水3巻に挑戦する前に、みすずの抄訳で試す。「後悔について」「われわれはなにも純粋には味わわない」など、長短織り交ぜた11章が抜き出された一巻本で、爺さんのゆっくりした思考をたどり、自分もゆるゆる考えるのに、この短さはちょうどいい。長いと、つい、ざくざく読みたくなるからね。

 モン爺さんの考えは、流行りのJ-POPに似ている。「ありのままのアナタでいい」とか、「変わらぬ毎日を大切に」といった風味で、権力志向や夢をかなえる努力とかは、人生の添え物にすぎないらしい。そして「エセー」において、自分を肯定し、普遍的な存在としての自己を描くことで、人生を耕していく姿を見せ付けてくれる。松岡正剛氏は方丈記ならぬ"長丈記"と評したが、もっと「己」が出ているので、むしろ"徒然草"的に見える。故事逸話から古典のコメンテーター役をやったり、「壮年の主張」「老年の主張」みたいな日常ダダ漏れの体裁をとったりする様子は、"徒然草"よりも blog かも。

 モン爺に言わせると、日々を生きること、これこそが最も大切だという。人生で最も大切なものは、日常生活だとまで言い切る。栄達でも財産でもない、健康ですら二の次にして、いかに毎日を満ち足りたものにするかに心を配れと説く。巨大な事業であれ、健康的な肉体であれ、日常を充実させるという意義において意味があるという。つまり、いくら立派な仕事をしても、どんなに健康だったとしても、その人の毎日が悲惨だったり、基本的な欲求を犠牲にしているのであれば、まったくもって無意味なんだと。

 この言には、かなり勇気づけられる。「わたしは人生を無為に過ごした」とか、「今日はなにもしなかった」などと悩む人は愚か者らしい。それよりも、まず今まで生きてきたことに目を向けさせる。カエサルを手本にするのではなく、自分を見ろというのだ。

 ああ、確かにそうだ。わたしの悩みの多くは、誰かと比べることによって生じる。じゃなくって、「わたし」と比べればいいのだ。悩みの「元」を吐き出して、それが自分に属するか否かを考えると、ほとんどの場合、他人か他人との関連において生まれている。そして、自分ではないもの(=悩み)を我がもののように抱え込んでいることに気づいて、『離す』。悩みを断ち切るのではなく、解決するのでもなく、ただ、手放す。本書に即効性はないが、じっくりつきあううちに自分の「なか」に答えが準備されていることに気づかされる。時を経た本の良さはここにある。書そのものが普遍性を帯びているのだ。

 では、お上品な古典かというと、そうではない。便器や女房にまたがるところを想像してみろとか、尿道結石を「ちんぽこに突き刺すような」といった強烈な(下品な)言い方で表す。若者がセックスをやりすぎると虚脱感におそわれるから、中庸をわきまえろと忠告する一方で、古稀をすぎたソクラテスが耄碌する前にカッコイイ死に方を選んだんじゃないのと述べる。快楽であれ、老いであれ、人間は全身で進んでいくものだから。卑俗と叡智が、いつのまにか渾然一体をなすというのも、本書の魅力のひとつだろう。

 モン爺さんの話は、けっこう深いところまで届く。ゆるふわ読むうち、考えの基準が重石のように降りてくる。まるで人生のアンカーのような判断の"もと"が下ろされるのだ。だから、何かに困ったとき、迷ったとき、「ああ、モン爺さんのあれは、(今のわたしの目の前の)このことだったのか!」と突然気づくにちがいない。そして、既読の本書を引っ張り出して、もういちどそのありかを辿ろうとするだろう。

 ゆるゆる読んでいくうちに、ふわふわ自分でも考え出し、気づく。そのとき気づかなくても、後になって思い出す。そんな遅効性の読書。「すぐに役立つ」ことを求める人には向かない。拙速は巧遅に勝るといったのは孫子だが、人生は長期戦、すぐに効くものは、すぐに効かなくなるからね。速読も無意味。「速習」「簡単」を謳っている入門書ばかり読んでも上達しない。ずっと初心者のままだということを知っている――そうした人こそ、読むべき本やね。

 そして、生涯レベルで寄り添っていきたい一冊(今度は白水3巻本で読もう)。

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コメント

気が付いたら、「エセー」ばかりが山のように?

投稿: そふ | 2010.03.16 09:34

>>そふさん

ありえます、ありえます

投稿: Dain | 2010.03.17 06:53

m(_ _)mお初にコメントします。みかん2号です。
以前からこのHPを拝見してて、ひっそり電撃SSガールを買わせてもらったりしました。
それで、こちらのHPに比べるとドえらしょぼいんですが今回自分も本紹介のブログを初めまして、次は白水エセーの記事を書こうと思ってます。そこで、この記事をトラックバックしてよいものかどうか知りたいのでよければ返信お願いします。

投稿: みかん二号 | 2010.03.17 10:02

>>みかん二号さん

リンクはご自由に、トラックバックはお気軽にどうぞ。
すばらい本ばかり紹介していますね、RSS登録させていただきました。白水エセーでは、みかん二号さんの「読み」を参考にしますね。モン爺さんの言は、それを受け止める人によって変わるので。

投稿: Dain | 2010.03.18 06:44

ありがとうございます!過剰な期待にご注意を^^

投稿: みかん2号 | 2010.03.18 17:50

>>みかん2号さん

了解です、ゆるゆる待ってます

投稿: Dain | 2010.03.18 22:09

すいません・・・
トラックバック初で
間違えて複数回送ってしまったかもしれないので、
きたら削除お願いします。(*_ _)人

投稿: みかん2号 | 2010.03.25 18:09

>>みかん2号さん

了解しました!

投稿: Dain | 2010.03.26 00:58

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