プロジェクト・アンチ・パターンの集大成「アドレナリンジャンキー」
一兵卒は必携、プロジェクトの腐臭を嗅ぎとれるようになる一冊。むしろ、「アドレナリンジャンキー」だったわたしに読ませたい
「アドレナリン・ジャンキー」とは、モーレツ社員(死語)、もしくはモーレツ社員で構成された組織のこと。すべての仕事は最優先で、全ての送信メールは、【!緊急!】で始まる。作業の順番は重要性ではなく、切迫度によって決められる。したがって、長期的な見通しは存在せず、全ての仕事は、ある日突然、「緊急」になるまで放置される。
こういう人や組織があることを知っておくと、「そこに染まりやすい」危険性も予測できる。だから、回避も可能だ。そもそも知らなければ、回避する/しないの判断をすることなく、あなたもアドレナリン・ジャンキーの仲間入りとなるだろう。
あるいは、「死んだ魚プロジェクト」。人は結構いるのに、妙に静かなオフィス。入ったばかりのあなたに対し、チームメンバーは気の毒そうな顔で応ずるか、目をあわせようとしない。あなたは程なくして気づく。関係者は誰もプロジェクトの成功を信じておらず、納期・コスト・品質・仕様のいずれかか、全部を犠牲にしないと、どうにもならない。
プロジェクトは既に死んでいるのに、社内を漂う腐臭に気づかない(気づこうとしない)上司。「できません」と言おうものなら、「証明してみろ。できない理由を説明してみろ」と問い詰められる。期日やスコープ(のデタラメ具合)を話そうものなら、泣き言だとか人のせいにするとか罵られる(でなければ、「善処する」という言葉で放置される)。
本書は、こうしたプロジェクトのパターン/アンチパターンを集大成したもの。類書に「オブジェクト指向開発の落とし穴」や、「プロジェクト・アンチパターン」があるが、これはソフトウェア開発プロジェクトにひそむ罠を解説したもので、いわば「べからず集」というべき。
いっぽう「アドレナリンジャンキー」は、そうした罠にハマったプロジェクトがどのような振る舞いをし、どんな傾向が見られるかをパターン化している。「このプロジェクトは最悪の事態に向かっている気がする」という直感から、「気がする」を取り除くことができる。だからといって事態は好転しないが、すくなくとも現状を正しく把握することはできるはずだ。
さらに、救えるパターンであれば、その施策を処方してくれる。ポイントは、「救えるパターンであれば」というところ。いわゆる「詰んだ」パターンであれば、やれることは「みんな逃げて!」でしかない。さもなくば、そもそもそんな臭いのするトコには近づかない。そのための予防手段としても使える。
たとえば、「悪いニュースが伝わらない」理由と対処が挙げられている。悪いニュースを告げる人に、「原因は?」「対処法は?」とやみくもに問い詰める上司がいることが元凶だ。あたかも、「改善策がないならば、悪いニュースはもってくるな!」と言わんばかりの態度を取り続けていると、メンバーは「真実をゆっくり告げる」ようになるか、または「スケジュール・チキン」的な行動をとりだす。「スケジュール・チキン」とは、自分の問題を、他人の問題の影に隠すことだって。
どうすれば良いか?元凶を正すしかない。「伝える人を恨むべからず」という呪文を実践するしかない。マネージャーは悪いニュースをすぐに知りたいと「宣言」するだけでは不十分で、そのように「行動」せよという。
そのためには、悪いニュースへの対処を二つに分けねばならない。(1) どう対処するかを決定し、それとは別に、(2) 何が原因かを考えるべきだという。そして、チームが回復プランを思いつき、適用することに集中しなければならない。建設的な是正措置に重点を置けば、批判や懲罰とは受け取られにくいため、将来、悪いニュースが隠されたりゆがめられたりする可能性は低くなるというのだ。「原因を徹底追及しないと、対処が分からない」と魔女狩りに勤しむ上司の下では、ニュースは改良されつづける。あるいは、伝達者は人身御供として扱われる。
もう一つオマケ。株式会社「はてな」のユニークな経営形態に一石を投じるパターンがあったので紹介する。p.120 から始まるパターン40「裸の組織」だ。「はてな」の組織運営は、フラットで透明だと聞いたことがあるが、完全オープンの方針は、しだいに進歩を止めることになるという。
つまり、メンバーは情報不安に陥り、多すぎる情報を抱え込んでしまうそうな。「情報不安」とは、他のメンバーが知っているのに、自分だけ知らないことへの恐怖だ。どの情報にもアクセスできるため、それを「見ている」と見なされてしまうのだ。「見ている」にもかかわらず、反論なり応答がなければ、「沈黙=同意」が成立してしまうという。「ファウスト的条件」といった小洒落たネーミングがついているが、要するに「なんでそのとき言わなかったの?」というカウンターへの不安感がついてまわるのだ。
組織においてソフトウェア開発に携わってきた人なら、「あるあるwww」ばかりだろう。または、これからそうしたメンバーになるというなら、予防のため、ぜひ眼を通しておきたい。
本書を一番オススメしたいのは、十年前のわたし。わたし自身「アドレナリンジャンキー」だったし、「死んだ魚」も「伝達者は人身御供」もみんな思いあたる。「逃げろ!」と警告するのではなく、本書を渡して、「いつ撤退するか、自分で決めろ」と伝えたい。
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