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ジョージ・R・R・マーティンすげえ「洋梨形の男」

 巻措くあたわず夢中に読める、これは面白いぞ!

 嫁さんの最近のオススメは、「氷と炎の歌」シリーズ。辛口の嫁さんが「文句なしの大傑作」とベタ誉めする一方、完結してないことが難だという。新刊が出た瞬間に読了するというジャンキーぶりで、翻訳にガマンできず、とうとう原書にまで手を出している。未読のわたしには、「完結してから着手せよ」と厳命する。

 なので、同じ著者であるジョージ・R・R・マーティンの「洋梨形の男」に手を出して驚く、ページ・ターナーだよこれは。つかみ、プロット、アイディア、"意外な"展開とオチ、ページをめくらせる手をとめることができない。人間のおぞましさとグロテスク臭が染み出しており、扶桑社ミステリーのスティーヴン・キングのような、読み手を落ち着かない気分にさせてくる。

 6作品の中・短編集で、ジャンルはホラー?ファンタジー?SF?うまく付けられない。そんなジャンル分けを無意味にするほどの絶妙さでブレンドされている。まさに、奇想コレクションのタイトルどおり。さらに、ホラー風味でさしだされた作品が、食べてみたら自分自身の「不安感」を言い当てていたり、science fantasy 的展開にワクワクしてたら脱皮して「愛」や「信頼」がモチーフになったり、一味も二味も変わってくる。

 際立っているのはタイトルでもある「洋梨形の男」――要するにデ○体型の男に付きまとわれる恐怖を描いたものだが、どんな結末よりもおぞましいラストを約束しよう。わたしは乞食読者なので、どんな展開・オチになるかを予想しながら読んでしまう癖がある。で、今回はそいつを上回るイヤ話になって、満足しつつも吐き気がした。表紙のオレンジは「チーズ・ドゥードル」というスナック菓子で、明治の「カール」(チーズ味)を用意して読むと効果倍増。

 白眉は、「成立しないヴァリエーション」。学生時代のチェス同好会の仲間の別荘に招待された夫婦の話。チェスと復讐と○○というテーマが上手く綾なしており、単に技巧だけで読ませるレベルを超えている。本作に限らず、何の話かが見えないところからはじまって、ネタの本質が見えてくるところと物語のクライマックスが重なるのが面白い。なので、ネタバレ気味のAmazon紹介文は見ないことをオススメしておく。

 で、ネタバレ感想は反転表示――無粋きわまりないが、パラドックスを見つけた。時間旅行モノにはかならずついてまわる話だ。意識を飛ばす先の時間軸は、選べないのだろうか?もし選べるとするならば、復讐心とその方法を暴露した時間軸へ"もっとさきまわりして"そうさせないように手を打つことも可能になる。しかし物語がそうなっていない以上、選べないと考えるべきか?

そして、選べないとするならば、さらに二つの可能性が出てくる。この物語とは別の時間軸に沿った世界があるか、あるいは、全て(タイムトラベルも復讐の失敗も含めて)運命は決定づけられているかの二つだ。復讐者の理論が、同一の時間軸に乗っていることが前提なので、最初の可能性は否定される。そして、全てが運命づけられているのであれば、復讐者はこの物語の中に戻ってこれないことになる。なんという皮肉!この話を成立させるためには、彼は最初から死ぬ運命でいなければならないなんて…

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コメント

>>名無しさん@2009.11.21 13:41

ちからいっぱい中身に触れるので、コメントを消しました、ごめんなさい。で、中身に触れない程度でリプライするなら、「その小説を読んでいる」という、も一つメタな視点を入れると、面白いかもしれません。

投稿: Dain | 2009.11.21 20:53

またまた、拙劣コメントさせていただきます。
J・R・R・マーティンは、「氷と炎の歌」シリーズが、面白そうですね。
Dainさんの書評を読んで、「洋梨形の男」も、読んでみたくなりました。
それにしても、何で海外SFの新刊って、こんなに高いんでしょうね。
ずっと前に、「サンドキングス」を読みました。
本当にずいぶん前ですが、表題作の「サンドキングス」と「<蛆の館>にて」だけは、強烈な印象を残してくれたんで、今でも題名は覚えていました。
もともとヒロイック・ファンタジィとか、怪獣ものが好きなんで、若い頃は夢中になって、コナンやクトゥルー神話モノを読んでいましたが、そんなのを選んで読んでたのは、非日常的な異世界感への憧憬からだったと思います。
特に「蛆の館」は、登場キャラの設定から、背景の異世界感まで、読んでいてすごい力で引き込まれてしまいました。
中でも、主人公が住む洞窟や遍歴する場所の質感が、すごく想像力をかき立てて、読み終わるのが惜しくなるほどでした。
もっと訳されて良い作家ですよね。

投稿: oyajidon | 2009.12.06 02:35

>>oyajidonさん

いえいえ、コメントはありがたいです。しかも、よさそうな作品まで教えていただき、感謝しております。「サンドキングス」は未読です、むず痒い気分にさせるような話みたいですね。ぜひ手にとって見てみます。

投稿: Dain | 2009.12.06 22:01

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