「ちょっとピンぼけ」はスゴ本
戦争ルポルタージュの傑作といえば、開高健の「ベトナム戦記」だッ(断言)。だが、本書はこれに匹敵する。作家のマナコと写真家のファインダーには、それぞれ違う戦争が映ったが、砲声と血潮と吐瀉物は一緒。胃の腑に石を詰める読書になる。
War Photographer すなわち戦争写真家の地位を確立した、ロバート・キャパの、あまりにも有名な波乱万丈のレポート。第二次大戦のアフリカ、イタリア、ノルマンディー、パリ、ドイツの激戦区を、キャパとともに疾走する。
キャパは報道写真について、ドキュメンタリズムについて、強いメッセージを送っている。被弾して車輪が下りず、胴体着陸した爆撃機に駆け寄ってカメラを構えたキャパに、「写真屋!どんな気で写真がとれるんだ!」と罵声が飛ぶ。あるいは、「登ってゆくほど、死体と死体の間隔はせまくなっていく」文字どおり死体の山を踏み分けてゆく。そんなとき、キャパはこう考えている。
怪我したり、殺されたりしている場面ぬきで、ただのんびりと飛行場のまわりに坐っているだけの写真では、ひとびとに、真実とへだった印象を与えるだろう。死んだり、傷ついたりした場面こそ、戦争の真実を人々に訴えるものである。戦場は異常で、写真はニュースになるのだ。その一方でキャパは、解放された捕虜収容所の人々の写真を【撮らない】。他の写真家が群がって、残虐さを際立たせるように撮っているにもかかわらず、キャパはカメラを向けない。なぜなら、こうした気の毒な人たちの将来のことなんて、誰も目を向けなくなることを「知って」いたから。戦争の現場を撮るのが自分の仕事なんだという自負が見える。戦争を憎むことと、戦争の写真を撮り続けることは、矛盾しないのだ。
見返しにあるポートレイトからすると、コクがある人懐っこい顔立ちで、「おちゃめ」みたいだ。どんなにピンチのときでも、ユーモアを忘れない。そう、キジ撃ち(分かるね?)の最中に、そこが地雷原であることに気づいたときの話なんざ、ハラ抱えて笑わせてもらった。もちろん彼は飛び上がらなかったし、身動きもしなかった。いや、できなかったんだ、ズボンがずり下がっているからね。彼がどうやって助けられたかは、読んでのお楽しみ。
ただし、読者を楽しませようとする、キャパ一流の大風呂敷もある。ぬかるみがあまりに深いので、「一歩進むたびに、二歩も後ろにすべった」と大真面目に吹いたり、戦場でトルストイの「戦争と平和」を発見し、五日五晩、懐中電灯の明かりで読みふけったなんてくだりは、ホントかなァと首をかしげたくなる。
じっさい、書かれた全てが本当に起こったことではないそうだ。中村良則によると、キャパは面白くするために、もろもろの話をつくったり、あるいはふくらませたりしたらしい(p.100 Foresight Nov 2009)。原著のカバーの断り書きには、こうあったという。
真実をそのまま書くことはあまりにも厄介なので、私は真実を伝えるため、ときにはあえて真実をちょっぴり逸脱することも大目に見たたとえば、1943年7月、米軍空挺部隊とともにシチリア島に落下傘で飛び降り、木に引っかかって一晩ぶらさがっていた、というシーンがある。これは作り話なんだそうな。実は補給船に乗って上陸していると聞いて、びっくりするやらほっとするやら。訓練なしで飛び降りる、出たとこ勝負なキャラクターが、実は慎重だったと聞いて、さもありなんと思ったり。でなければ、あれだけの死線をくぐり抜けることはなかったから。
そんなキャパも、1957年のベトナムで地雷の爆発に巻き込まれて亡くなっている。その際も、カメラを離さなかったという。「ベトナム戦記」とともに、ルポルタージュの傑作を知るに値する一冊。
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コメント
はじめまして!
「週刊アスキー」の記事から、このブログを見つけて、読ませていただきました~!
いや~、スゴいですね、圧倒されました!
ノンフィクションから「とらドラ!」まで……!
ところで、最近私が読んでみてのオススメは……
アン=ライス
「呪われし者の女王」、
機本伸司
「神様のパズル」
滝本竜彦
「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」
の三作品です。
読まれてますでしょうか?
一応、私のブログ、
「筋肉少女帯の奇跡」
(http://ameblo.jp/amethysta2020)
は音楽の話題中心のブログですが……
時々、書評みたいなのも書いてますので、良かったらのぞいてみて下さい。
(http://web2.nazca.co.jp/amethystamethyst/matome2009.htm
に、今年前半に書いた記事のまとめリストがあります。)
ではでは、「書評文化」を盛り上げて行きましょう!(笑)
失礼しました~。
投稿: 黒水川ゆない | 2009.11.09 16:30
「地雷を踏んだらサヨウナラ」一ノ瀬 泰造
「泥まみれの死―沢田教一ベトナム写真集」沢田 サタ
なんかにも、同じテイストを感じますね。
戦争カメラマンてのは、冷静でお茶目で無鉄砲で
妙に軽やかで、かっこいい。
投稿: 完全防水 | 2009.11.10 00:26
>>黒水川ゆないさん
オススメありがとうございます。3つの中では「神様のパズル」のみ既読です。アン・ライスなら「夜明けのヴァンパイア」から読まないとなー、と思っています。
宇宙は作れるか?「神様のパズル」
https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2007/07/post_2f73.html
>>完全防水さん
> 冷静でお茶目で無鉄砲で妙に軽やかで、かっこいい
ああ、確かにそんな面もあります>キャパ
「地雷を踏んだら」は以前から気になっていたので、これを機に手を出してみようかと。
投稿: Dain | 2009.11.10 01:33
dainさん、コメント返しありがとうございます!
ちなみに、アン=ライスの「ヴァンパイア・クロニクルズ」シリーズは
第二作目の
「ヴァンパイア・レスタト」
から読むのがオススメです。
「夜明けのヴァンパイア(インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア)」
は実はあんまり面白くない……
(^-^;)
記事に全く関係ないコメントでごめんなさい。
では。
投稿: 黒水川ゆない | 2009.11.10 18:15
>>黒水川ゆないさん
ほほー、「夜明けの」はそんなに面白くないのですか…教えていただき、ありがとうございます。アン・ライス作品に手を出すときに、思い出しますね。それから、スパムでない限り、どんなコメントも歓迎しますよ。
投稿: Dain | 2009.11.11 00:53