Amazon化する図書館の挑戦「貸出履歴を利用した新しい利用者支援」
いきなり小ネタだが、公共図書館のカウンターは要チェックや。
というのも、そこには「誰かが予約して、これから貸出される本」や「たったいま返却された本」が並んでいるから。つまり本屋やAmazonの瞬間最大風速のオリコンチャートではない、ナマの「求められている本」があるのだから。
しかも、同じ人が予約した/返却したカタマリで並んでいるから、好みの本を見つけたら、その隣の本をチェックせよ。いわゆるAmazonの「この本を買った人は~」を、図書館で実現するわけ。人はカタマリで本を借りる。特に育児書やビジネス本はこの傾向が強い。でも、こんなことせずとも、貸出履歴をもとに、図書館がオススメしてくれたら――
というわけで、11/11、図書館総合展のフォーラムに行ってきた。「図書館総合展2009」は、図書館に関わる企業や団体を集め、最新情報の提供と情報交換を目的としたイベント。完全に内輪向けのものだが、いちユーザー(部外者ともいう)として参加。なにやらブースが乱立していたが、全スルーして、お目当てのフォーラムへ。正式名称は、「貸出履歴を利用した新しい利用者支援の展開」。
いわゆるAmazonのリコメンドサービスを、図書館の貸出履歴を用いて実現するよ、というフォーラムで、わたし自身の企みと完全に一致している。議論がどこまで進んでいる/停滞しているかを知りたくて、いそいそと会場に潜り込む。プログラムはこんな感じ…
1. 趣旨説明 (逸村裕/筑波大学)
2. 貸出履歴を巡る失われた歳月を超えて (岡本真/ARG編集長[URL])
3. 図書館のレコメンド機能「おすすめリスト」 (米田渉/成田市立図書館)
4. Web読書履歴サービスから見るProjectShizuku (小野永貴/筑波大学[URL])
5. 貸出履歴をもとにした図書の推薦実験 (原田隆史/慶応義塾大学[URL])
まず会場を圧倒したのは、2. 岡本氏のファイティング・トーク。主張は明快かつ同意しまくりなんだが、なぜケンカ腰なのかが理解しかねる。数年前に否定派からボロクソに貶されたことが動機となっているようだ。なんでも「図書館の自由」を持ち出せば、全てやらないですむ免罪符となる、と信じているライブラリアンがいるそうな。議論のための議論をふっかけたり、思考停止している連中は放置プレイで良いのでは。これはやったモン勝ち、実績をアピールしたモン勝ちだろうに。
次に具体例でもって示してくれたのが、3. 米田氏。成田市立図書館では、実際に図書館のレコメンド機能がサービスされている。目的は、「図書館職員のナレッジを、利用者と共有する」ことで、レファレンスをシステム化している。資料の検索のタイミングで、以下のレコメンドを行う。
a. 件名や中分類からも検索
b. (その利用者にとって)貸出回数の多い本を「強い本」と重み付け
c. 図書館独自での重み付け
-著者・件名・分類・抽出キーワードの出現回数をor検索
-貸出・予約件数
-職員評価
-利用者評価
そして、「重い」順にレコメンドを行う。まだスタートしたばかり(2009.9.15開始)で、利用者も限定されている(452名)が、図書館でレコメンドがサービスしているという実績のほうを評価したい。
問題点はチューニング。たとえば絵本を一つ予約しただけで、おすすめリストが絵本だらけになる(絵本は貸出回数が多いから)といった重み付けの調整が難しいという。また、「その本には興味がない」ことをリストにフィードバックさせる仕組みがないため、不満要因となる可能性があること。どちらも初期のAmazonにあった課題だ。
わたしがぶつけたいネタは、他人の貸出記録のデータを利用すること。人物が特定できなくてもよくって、「この本を借りた人はこんな本も借りています」というリストがあれば、新しい本の出会いがグッと広がるぞ。
岡本氏によると、取次を通した書籍の流通冊数は7億、いっぽう全国の図書館の貸出点数も7億になる。しかも、Amazonの「今売れてる新刊」といった瞬間的なやつではなく、ずっと昔の本も扱っている。つまり、図書館のデータを使うことで、大規模・長期のリコメンドができるというのだ。激しく同意、自分の興味の殻に閉じこもったヒキコモリ読書している輩には、良い刺激になるだろうね。
さらに、4. 小野氏のプレゼンで、重大なことを知った。「次世代図書館情報システム」である Project Shizuku の行く末は気にしていたのだが、そこに秘密が隠されていようとは!このプロジェクトは利用者の利用状況を基にしたシステムの開発だ。「本の貸出カードを共有する」ようなシステムを目指している。だが、なぜ「プロジェクト・シズク」なのか?その由来は、ジブリ映画「耳をすませば」のヒロイン月島雫(つきしましずく)なのだという。図書館の貸出カードが縁で(略)プロポーズされる物語なのだが、納得なっとく。
ただ、残念なことにサービスの斬新さは薄れてしまっているように見えた。たしかに、「仮想貸出カード」や「仮想本棚」は期待できる。しかし、図書館という"しがらみ"の外側では、既に実現できているものばかり。図書館が自ら蓄積した情報を使いこなせていない状況が浮き彫りにされている。
最後は 5. 原田氏の実験発表。貸出履歴をもとにした図書のレコメンド実験なんだが、あまりのライトニングトークで、正直何を言っているのか分からんかった。極端に押していて、ほとんど持ち時間がなかったのが原因。いちばん面白そうなネタなのに、残念だ。
かろうじて聞き取れ/読み取れたものは、リコメンドに対する新たなアイディア「人の好みは変わっていく」こと。つまり、一人の好みをトータルで見るのではなく、時期で区切るのだ。具体的には、一人の利用者の貸出履歴を日付順にソートして好みの傾向を探る――のではなく、その一人を、「1年生」「2年生」「3年生」「4年生」と分けて、あたかも4人の利用者がそれぞれの傾向を持つ、というロジックで重み付けをするのだ。パンキョー(一般教養)とゼミで使う本は、似て非なるものだからね。
たしかに、「時期的な傾向」はあるかも。それも二種類。「毎年この時期になると読みたくなる/必要となる本」と、「この年にはこんな傾向の本を探した」というやつ。前者は確定申告関連の本(年明け)だったりミステリ(年末年始)だったり。後者なら子育て本(年齢に応じて)だったり資格試験の参考書だったり。
おお!なるほど。そうすると、個人情報をもとに興味を割り出し→おすすめ本を抽出できるかもね。「ワンピース」の8巻まで借りているなら、次のおすすめは9巻になるだろうし、「赤ちゃんの名づけ本」を沢山借りた人は、1年後は離乳食、3年後は園、5年後は小学校…とおすすめすればいいね。これを不気味と見るか便利とするかは分からないが、まさに図書館のAmazon化やね。
最後に。密度とカロリーの高いフォーラムだったが、いかんせん全体が短くて消化不足。これだけ盛りだくさんの内容を、たったの90分で平らげようとするなんて…質疑応答、まとめも含めたら半日モノだろうに。いずれにせよ、収穫・アイディア盛りだくさんの場でしたな。プレゼンター、開催関係者の方々に、感謝、感謝。

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コメント
すごく興味深い内容で、速攻で読ませていただきした。オススメを教えてもらえるとうれしいですし、利用者も増えそうですね。図書館総合展、見に行きたかったです。
投稿: イッパイアッテナ | 2009.11.18 14:05
>>イッパイアッテナさん
都合上、このフォーラムが精一杯でした。きちんと時間を割いて、丸々吸収したかったです。「図書館のamazon化」を阻むナイーブな問題があるみたいですが、いちユーザとしては「そんなの関係ねぇ」と走ってくれたら、と思います。
投稿: Dain | 2009.11.18 21:32
レポありがとうございます!
僕も行きたかったのですが、仕事で無理でした(泣)
非常に興味深い洞察と分かりやすいレポで行った気になりました(笑)
僕の事業もそうですが、やはりWebで簡単にできていることをリアルの世界でも便利に、落とし込むことが今後のキーポイントな気がします。
投稿: はせ | 2009.11.19 04:41
>>はせさん
いえいえどういたしまして。これはオレオレ視点ですが、もっと客観的・詳細なレポートは、以下をどうぞ。
http://d.hatena.ne.jp/min2-fly/20091113/1258145169
投稿: Dain | 2009.11.19 07:13
本質のことではありませんが…。
ARGの編集長は「岡本」さんですね。
個人的には、図書館の自由を標榜する人たちに、上から目線で語ることで敵を作るのではなく、何故そのことが公共図書館に重要なことであり、自らに課した桎梏であるのかを、きちんと素人にも分かる言葉で語るべきだと思うのですが…。
『図書館戦争』シリーズにいちゃもんをつけて悦に入っている間は無理かも知れませんね。
投稿: power_of_math | 2009.11.19 19:58
>>power_of_mathさん
>ARGの編集長は「岡本」さんですね
うああ、その通りです!ご指摘いただき、ありがとうございます。
で、「きちんと素人にも分かる言葉で語るべき」なのは誰なのか省かれており、一般論なのか「岡本」さんなのか、はたまたこの記事を書いた「わたし」なのか、よく分からないため、なんとも言えません。
岡本さんのお話は、図書館「界」にすればシロウトのわたしにとって、とても分かりやすかったです。さらに、情報技術の用語を使わないよう気を配ったプレゼンだったので、コンピュータについて詳しくない人も入りやすかったはず…
今は「ねばならぬ」論を掛け合う段階ではなく、できるトコからサービスしているから良いね、と思っています――システム屋の端くれとして、このプロジェクトを手がけたいなぁ、ビジネスチャンスだなぁ、と指をくわえながら。
投稿: Dain | 2009.11.20 00:19
申し訳ありません。
「図書館の自由を標榜する人たち」に続くのは、『に』ではなく『が』でした。改めて書き直させていただきます。
「図書館の自由」が何故公共図書館に重要なことであるのかの説明責任は、「図書館の自由」を標榜する人たちの側にあると思います。言い換えるなら、図書館人がなぜ、「図書館の自由」を自らに課した桎梏として選んだのかを説明する責任は、「図書館の自由」を標榜する人たちの側にあると思います。
付け加えると、図書館学を学ぶときの導入講義で教え込まれることであり、自分たちの間では当然のことであっても、図書館学を学んだことのない人々には浸透していない概念であることを直視することも「図書館の自由」を標榜する人たちに求められることだと思います。
更に付言すると、自分が知っていて相手が知らないことを、上から目線で語ることで理解してもらおうと言う態度が傲慢ととられる危険性も「図書館の自由」を標榜する人たちは理解すべきだと考えています。
私自身の専門でもなくまた短い字数で説明できるほどの文才もありませんので詳細は控えますが、「図書館の自由」は重要なものだと考えています。そして、岡本氏も、きちんと説明を受ければ、貸し出し履歴を簡単に整理集計できる形で保存することの危険性が理解できない人ではないと思うのです。その意味で、岡本氏をボロクソに貶しめた傲慢なライブラリアンは馬鹿なことをしでかしてくれたのだと考えています。―誰かは知りませんし、知りたくもありませんが―
投稿: power_of_math | 2009.11.20 22:43
>>power_of_mathさん
「図書館の自由を標榜する人たち【が】」 にすることで、スッキリしました。
すごく分かりやすいです、ありがとうございます。説明責任の件も含め、激しく同意です――が、正直、「図書館の自由を標榜する人たち」はどうでもいいと思っています。「標榜する人たち」の合意も、説得も無用。お好きに語っていただく傍らで、できる図書館はどんどん実現していけばいいかと思います。
投稿: Dain | 2009.11.21 20:45