セックスと噂とメルセデス・ベンツ「クーデタ」
池澤夏樹はたくさんのいい小説を書いているが、なかでも「マシアス・ギリの失脚」が傑作。太平洋に架空の島と共和国をしつらえて、日本と深いつながりをもつ主人公を中心に、亡霊と巫女と霊力を紡ぎだす。面白いのが、架空の南国の島のお話なのに、そこに日本の姿が影絵のように浮かんでいること。主人公は日本に留学し、日本と貿易し、のしあがった結果、大統領にまで出世するのだ。
ところで、アップダイクのこの「クーデタ」も、いい小説だ。アフリカに架空の共和国をしつらえて、アメリカと深いつながりをもつ主人公を中心に、噂と幻影と信仰を紡ぎだす。面白いのが、架空のアフリカのお話なのに、そこにアメリカの姿が影絵のように浮かんでいること。主人公はアメリカに留学し、帰国後クーデタを起こし、大統領にまでのしあがる。翻訳は、池澤夏樹。
開始数ページでこの事実に気づき、ニヤニヤしながらの読書となった。もちろん池澤は「クーデタ」から想を得たはずだが、「マシアス」のほうがずっと豊穣な物語に仕上がっている(しかもラストは鮮烈!)。フレームが共通しているだけで、中身は別物。ちがう食材を同じレシピでいただく感覚なのだ。では、本歌「クーデタ」は貧相かというと、そうでもない。作者が描きたかった「アメリカ臭」が鼻についただけ。
著者アップダイクは、アメリカを「外から」見ようとしたのだろう。まずアフリカに架空の国を用意し、地勢や歴史、経済状況、風俗や国民性を捏造する。そして、そこへ援助の右手と搾取の左手をひっさげて、アメリカを登場させる。ただ、そうすると単純な対立項なので、わざわざ主人公をアメリカ育ちにして、いまではアメリカを憎む(同属嫌悪?)キャラに創りあげる。経済的に豊かだけれど精神的に貧しい留学時代の思い出と、その逆の現在を対照化させる手法が上手い。
援助物資の山でプレゼンするアメリカ人外交官を、物資もろとも焼き殺したり、国王を斧で首チョンパしたり、グロテスクな見所がいくつかあるが、基本的にこの主人公、何がしたいのか分からない。まるで自分で自分を騙しているかのごとく行動しており、読み手は彼の運命に同情も同調もできない。まるで、アメリカという幻影から逃れるために、ムリヤリ自分で夢を見ているかのよう。
「豊かな」アメリカを外から見るための装置――30年前は有効だったが、いまでは幻影は晴れ、生々しい痛々しいアメリカが現実だ。「ウサギ」シリーズは未読だが、「セックスとアメリカと信仰」のテーマの延長だとするならば読まなくてもいいのかな?
「失脚」の主人公マシアス・ギリも、「クーデタ」のエレルーも、頂点までのぼりつめ、真っ逆さまに失速する。高みを目指せば目指すほど、落下エネルギーもすさまじい。その登りっぷりと堕ちっぷりは、あわせて読むと面白いかも。
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コメント
「マシアス・ギリ」ですか。
懐かしいなあ。
南の島の大統領。巫女。そして、カップヌードル。
こんな、三題話みたいなのが、ラストは思い出せないのに、強烈に頭に焼き付いています。
楽しい読書体験だったのを覚えています。
「クーデタ」にも興味が湧いていますが、
「マシアス」の時のような楽しい読書だといいと思います。
投稿: よしぼう | 2009.09.21 22:05
>>よしぼうさん
ラストは「クーデタ」の一節を、ほうふつとさせます。「高みに上るのは、より勢いよく墜落するため」───そんな趣旨の台詞がでてきますが、まさにそのまんま。読んだ時期にもよりますが、わたし的には「マシアス」が楽しい読書でした。
投稿: Dain | 2009.09.22 01:44
いつも本を選ぶ参考にさせていただいています。
ところで、NHK教育の「知る楽」ってご存知ですか?たまにへ~っていうテーマが放送されてたりするんですが、10月11月の毎週月曜は池澤夏樹さんが「世界文学全集」についてお話しされるようです。「クーデタ」もラインナップに入っているようです。どんな話をされるのでしょう。ちょっと楽しみです。
http://www.nhk.or.jp/shiruraku/mon/index.html
投稿: はうるるる | 2009.10.04 23:02
>>はうるるるさん
おおっ!
忘れていました、教えていただき、ありがとうございます(ジャストタイミングの情報です)。録画予約しておきました。池澤氏の解説のノリから想像するに、「マイトレイ」と「フライデー」の回のノリが期待できそうです。
投稿: Dain | 2009.10.04 23:22