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究極の、"ものがたり"「オデュッセイア」

オデュッセイアI 究極の物語り、「オデュッセイア」を読む。

 「オデュッセイア」とは、英雄オデュッセウスの冒険譚で、ご存知の方も多いかと。一つ目の巨人キュクロプス(サイクロプス)や、妖しい声で惑わすセイレーンといえば、ピンとくるだろう。トロイア戦争に出征し、活躍をしたのはいいのだが、帰還途中に部下を失い、船を失い、ただ一人で地中海世界を放浪し、十年かけて帰ってくるんだ。

 このオデュッセウス、勇猛果敢なばかりか、知恵と弁舌がはたらく策士でもある。あわやというところで、(運もあるが)機転を利かせてくぐりぬける様は痛快だ。一つ目のキュクロプスの目を潰すとき、自分の名前を「ウーティス(誰でもない)」だと騙す話なんて、様々な物語に翻案されている。魔法で豚の姿に変えられたり、冥界に降りて予言を聞いたり、前半の奇譚集はどこかで聞いた覚えのあるネタの宝庫だろう。

 そして後半は、求婚者の誅殺がメイン。オデュッセウスの不在を良いことに、妻ペネロペイア(美人)を陥落せしめんとする求婚者どもが入り浸る。主がいない邸を我がもの顔で徘徊し、宴会し、財産に手をかけている。彼ら40人を相手に、策略と豪腕が炸裂する場面は、スペクタクルそのもの。D.マレル「一人だけの軍隊」や、S.ハンター「極大射程」のラストの大殺戮、やりたい放題し放題のカタルシスを味わえるぞ。

オデュッセイアII そして今回、と変わった「読み」を試してみた。これがなかなかなので、紹介しておく。

 オデュッセウスは、とにかく弁が立つ。物語るのが上手いんだ。相手の力量や真意をはかるため、自分の身分を騙るのが得意ときたもんだ。翻訳者の注釈のおかげで、読み手はそれが「嘘」だと分かるが、あまりの立て板に水っぷりに、地の文まで疑いたくなる。

 つまり、十年におよぶ冒険話も、ぜんぶホラ話なのではないかと。トロイア戦争に出たのはホントだけど、土地の女といい仲になり、帰るに帰れなくなってしまったのではないかと。海の女神カリュプソーが彼を気に入って、帰そうとしなかったとあるが、オデュッセウスの口からでまかせだとしたら?

 そうすると、俄然おもしろくなる。巨人退治や大渦潮の化け物の話は、旅先の土地にまつわる伝説をネタにでっちあげ、お土産の金銀財宝は海賊行為で集めたとしたら?十年も家をほったらかしていた理由を、この壮大な物語で言いわけしようとしたら?と仮定すると、「智謀に富むオデュッセウス」が「ずるく悪賢いオデュッセウス」に見えてくる。

 その一方で、後半の復讐シーンが生きてくる。怪物相手だと、さらりと言い流しているにもかかわらず、相手が人間になると、準備・実行・後始末が念入りに語られる。結局、一番恐ろしく、厄介なのは、人間なのだ。「芸術とは、真実を気づかせてくれる嘘である」と喝破したのはピカソだが、この場合にも当てはまる。

 もちろん、ゼウスやアテネをはじめとした神々の視線にさらされており、吟遊詩人の叙事詩という形式なので、上で述べたのは妄想にすぎない。でも、物語の名人、オデュッセウスがホラ話を紛れ込ませていても、ホントかウソか区別がつかなのも事実。なぜなら、語るとは、騙ることなのだから。

 だからこれは、究極の物騙りなのかもしれない。

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コメント

>十年も家をほったらかしていた理由を、この壮大な物語で言いわけしようとしたら?

塩野女史のご主人が同じことを言っていた。
ホメーロスこそ光文社古典新訳文庫が待たれる。

投稿: nobody | 2009.08.03 21:59

>>nobodyさん

  >塩野女史のご主人が同じことを言っていた

おお、ぜひその出典を知りたいですね。わたしも自分で調べてみよう。
そして、光文社古典新訳でこれが出たら涙モノでしょう。「イリアス」とともに、こういう本こそ新訳で読みたいもの。

投稿: Dain | 2009.08.06 14:55

横から失礼します。
もう既にお調べになっているかもしれませんが、
塩野七生『イタリア遺聞』の第7話「オデュッセイア異聞」に載っています。

投稿: もも | 2009.08.11 21:21

>>ももさん

教えていただき、ありがとうございます。早速チェックしてみますね。

投稿: Dain | 2009.08.12 14:57

>>ももさん

本屋で立ち読みしつつ探していましたが、
結局見つけられなかったのでありがとうございました。
このブログの読者にはすごい方がいらっしゃいますね。

投稿: nobody | 2009.08.12 22:15

前の記事にコメントしてすみません。この本がスゴイ2009から辿りつきました。

究極の物騙り、に関してですが、同じく古代ギリシャの作品を読むと、とても納得してしまうのです。たとえば悲劇の「ピロクテテス」では、主人公の弓をめぐって知略を巡らすオデュッセウスは徹底的に悪役。彼と共に腐敗したギリシャの政治体や、それでも友を捨てずに結束する人々を見せつけられると、私は作品「オデュッセウス」自体も更に楽しめました。多角的に幾つもの物語を共有してきたギリシャ以来の西洋の伝統の深さには驚くばかりですが、管理人さんの読みに深く共感いたしました。

アダルトな作品の紹介含め、今後も楽しませてもらいますね。

投稿: パンダ36 | 2009.12.14 14:07

>>パンダ36さん

「ピロクテテス」は未読ですが、オデュッセウスが悪役なんですか…それは興味深いですね。「オデュッセイア」でのオデュッセウスは、策謀に長けて悪知恵といえるほどの人なので、どんな風に描かれているか気になります。「イーリアス」を片付けたら手を出してみますね。

そして、アダルトな作品も含め、スゴいのがあったら教えてください。

投稿: Dain | 2009.12.15 00:13

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オデュッセウスがトロイアへ出征した時、ペネロペイアは若々しい新妻であり、その胸には生まれたばかりの男児(テレマコス)が抱かれていた。その時から10年間も戦争が続き、やっと終わったので夫の帰還を期待していたのだが、いつまでも夫の消息は不明であった。そしてトロイア陥落から数えてももう10年目になっていた。世間の人たちはもうオデュッセウスの帰還の可能性はないものと考え始めていた。それで数年前からイタケ島および近隣の島々の豪族の息子たちが、多数この王妃のところへ求婚してきていた。その求婚の仕方はまったく異常... [続きを読む]

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