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人はなぜレイプするのか

1 レイプについて、進化生物学から答えている。

 挑発的なタイトルや表紙とは裏腹に、まじめに、科学的に解き明かす。そして、オブラートにも修辞学的にも包んでいない、ある種の人びとの逆鱗を掻きむしるような結論に達する。さらに、こんな本を出せば大騒ぎになることを織り込んで、ある種の人たちの「主張」のいちいちに反証をあげている。

 まず結論から。なぜ男はレイプし、女は苦痛を感じるのか?その理由は、養育の投資量に男女差があるからだという。

 つまりこうだ。女は妊娠、出産、授乳に多大な時間とエネルギーを費やさなければならない。だから男選びも慎重になる。レイプは父親を選べず、子育てを困難にするため、女に大きな苦痛をあたえることになる。いっぽう男は養育投資が少ないことから、繁殖のため、多数の相手に関心を向けることになる。そんな男のセクシュアリティの進化が、レイプの究極要因だという。要するに男は色を好み、女は選り好みするんだね。

 ただし、レイプそのものが適応なのかどうかについては、判断を保留している。レイプとは、男の性淘汰の中における、偶然の副産物だという考えと、ずばりレイプは適応であるという仮説の両論を併記している。性淘汰における繁殖に有利な形質として、レイプが選び取られていたなんて、考えるだにゾッとするのだが、それが生き物としての雄の姿なのだろうか。

 その一方で、社会科学+フェミニストのアプローチ「学習理論」も紹介する。レイプの動機は「男は支配的であれ」という教育によっており、家父長的な文化が「女をレイプしろ」と教えるのだという。男がレイプを"学習"しない限り、レイプは起こらないというのだ。すなわち、レイプとは"自然な"ものではなく、男性本位の歪んだ文化によってもたらされたというのだ。

 本書を手にするまで、わたしは後者の考えに立っていたことに気づく。性交は"できる"ことだが、レイプは(その存在を)"知る"ところから始まっていると考えていた。力・欲望・女というストーリーの中で育つことによって、「暴力で女を支配する」ことが可能だということを"知る"のだ。もちろん、そんなことは"してはいけない"。自分の中に抑止力が働くのを感じるとともに、そういう選択肢が確かに存在することを学ぶのだと思っていた。

 ところが本書は、そんなわたしの考えを粉砕する。遺伝とは、遺伝子が表面上に現れたものだと理解していたのだが、著者に言わせるともっと広く、わたしたちが文化と呼んでいるものも含まれている。遺伝とは、遺伝子上の要因と環境要因がともに働くことで表面に現れたものだという。わたしの勉強不足かもしれないが、本当なのだろうか。文化的な行動の遺伝メカニズムと、生理学上や形態学上の遺伝メカニズムの間に「違いはない」と断定されると、かなり戸惑う。著者の言うとおり、「文化⊂遺伝」であるのなら、「レイプは遺伝である」という極論(?)が成り立つのだから。

 たたみかけるように著者は続ける。レイプは人に限ったことではないという。人間以外の種におけるレイプについての研究は、あまりに数が増え、無視できないそうな。昆虫、鳥類、魚類、爬虫類や両生類、海生哺乳類、人間以外の霊長類についての研究論文を引き、レイプが文化ではなく、遺伝であることを説明する。

 そして、進化生物学的な見地からレイプを根絶するための方法を提案している。最も効果的な懲罰は、レイプ犯の繁殖成功度を著しく損なうようなことだという。例えば、繁殖競争に参加できなくするような「監禁隔離」あるいは、「化学的去勢」になる。後者は耳慣れない言葉だが、男性ホルモンであるアンドロゲンを抑制する薬品を投与することだそうな。

 世界がどうあるべきかということよりも、現実がどうあるのかを理解するべきだ、という姿勢は共感できる。その反面、かなり言葉を選ばない直截な書きくちにタジタジとなる。科学的に、知的に真摯であろうという態度が伝わる分だけ、自らの感情的な反応がよく見えてくる。進化生物学からの提案はとてもロジカルなのだが、受け入れる感情は複雑。

 賛否が割れる一冊。読んだら、ただじゃすまなくなる。

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この記事の反応へのフィードバックと、議論の展開→「レイプは適応か」

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コメント

「レイプ=遺伝」について。
蜘蛛の巣や、蟻や蜂の巣、そのコロニーが遺伝子に支配されて形作られているとすると、
その発展系である人間社会や都市なども同様ではないか、と思わざる得ません。

「個体が造り上げたものもまた、その個体と同様に遺伝子の表現型だ」と、
押井守のアニメ映画「イノセント」でも言っていますが、
人間社会が遺伝子に支配されて造り上げられていると考えるのは、やはり受け入れがたい。
だからと言って、フェミニストのような考え方もできませんが…

投稿: Dazz@net_walker | 2009.06.16 01:08

遺伝学はあまり詳しくないし、個人的に個体形質の発現部分のみを「遺伝子」と信じている自分ですが、仮に個体を「遺伝子」とした場合に、それが形成する社会は「遺伝によるもの」というのは、広義の意味で使えるのではと考えます。
もっとも単純な話、人間単体での戦闘能力と社会形成の関係です。人間は近しい類人猿に比べても単純なパワーで劣っていますし、ネコ科やイヌ科など肉食で狩りを生業とした生物に比べ、ウェイトで優位に立ってすら戦闘能力では圧倒的に劣勢です。そういう人間が自身を守るため集団を組み、集団を維持するため社会性やより巨大な成果を求めるようになったわけですが、そもそも個で充分な戦闘能力と生存力を発現する「遺伝子」持っていればその必要は無いわけです。そういう意味で、社会もまた「遺伝」により形成されると言えるでしょう。

投稿: Mt.reliance | 2009.06.16 10:04

物質的実体としてのDNAがあり、その配列で示される情報を遺伝子と呼び、その働きによって生命体としての形質が次世代へと引き継がれる事を遺伝と呼ぶのであって、それ以上でもそれ以下でも無いはずです。

>(筆者曰く)遺伝とは、遺伝子上の要因と環境要因がともに働くことで表面に現れたものだという。

遺伝子が形質として発現するまでに環境要因の影響を受けるのは事実ですが、それはあくまでも遺伝した形質の発現に関する話であって、環境要因を遺伝に含めて捉えるのは間違いです。

この筆者は遺伝と言う単語をオレサマ定義で乱用してるだけじゃないでしょうか。

投稿: hahi | 2009.06.16 13:16

オスは生まれてくる子の質よりもより多くの子を残すことを優先し(しかも、できるだけ養育の負担を負わない形で)、メスは出産・養育できる子の数に限界があるが故に質に拘る、ということではないでしょうか。

仮説として、人間から倫理観や罪悪感、罰則とのトレードオフ感覚などを削ぎ落としていけば、男によるレイプは――増える方向にいくと思います。

つまり、社会性の獲得こそが適応であり、レイプは社会適応力のない男が起こしていると考えます。

また、一部の哺乳類を除いた生き物は、メスが受け入れない限り交尾が成立しない種が多く、そこにはレイプという概念も存在しないのではないかと。
一部の昆虫のなかには、メスは多くのオスと交尾を重ね、その間精子をオスごとに体内で保存し、最終的にいちばんだったオスの精子を使って受精するという種もいるそうです。

投稿: 鷹司堂後 | 2009.06.16 15:09

フロリダ州マイアミの刑務所に取材に行った時に所長さんにインタビューした。

「受刑者の男性と女性では、その犯した犯罪の種類に違いとかありますか?」と質問した。

所長さんの答えは「同じだよ。男性と女性に違いはない。殺人犯もいるしレイプ犯も服役している」。そう言った。

ストーンオーシャンの巻頭から

数は知らないけど女性もレイプするようです。前提が壊れませんか?

投稿: jojo | 2009.06.16 16:00

なぜレイプするかって言えば、
そういう本能だからとしか言いようがないだろ

レイプが悪だとするのは人間社会の善悪の概念の中だけの話で
生物学的にはレイプだろうがなんだろうが、遺伝子残したものの勝ちなんだから

投稿: ton | 2009.06.16 17:19

利己的な遺伝子って本にもっとそれ関連の詳しい話載ってるよ。名書だから読んでみるといいよ。たぶん表題の本もこれ読んで書かれたんだろうし。

雄は孕まして逃げた方が(逃げれた場合は)包括的適応度が上がる。雌はそれだと不利になるから誠実な雄としか性交しない。
この問題はその生物を取り巻く環境によって様々に変化する。

レイプして捕まらないような環境なら男はレイプします。
まともな先進国ではどう考えても不利なはずなんだがな…

進化は個体群間で働くけど、その元となる自然選択は個体単位で働く。だから群れ全体が不利益でもその個体が有利になるんだったらその形質が遺伝されて進化するんだよね。

投稿: | 2009.06.16 18:49

みなさんアツイですな~。アタシはね、ランディ・ソーンヒルさんとクレイグ・パーマーさんのお二人は、レイプしたことあるんかなぁ?という俗っぽい想像をしてしまう…そこ興味ありますな、アハハハ。

投稿: | 2009.06.16 23:49

>>Dazz@net_walkerさん

婚姻、家庭、組織など、ヒトの文化的活動を、ヒト以外にメタファーとして当てはめるのは、危険なことだと思います。著者もその危うさを承知した上で、最初の二章を使って、適応の機能について解説しています。客観性を保証するため、反証される可能のある論拠について、すべて出典を示しています。科学的に真摯であろうとする態度は、感情的に脊髄反射する人と好対照を成しています。

しかし、それでいて、提示される主張は、受け入れることは難しいです。それは、自分の中に目を逸らしたいものがいて、そいつをあからさまに突きつけてくるからかもしれません。「トンデモ・似非」で思考停止できてしまえば、どんなに楽でしょうか。

「遺伝」「遺伝子」についての違いは、後のMt.relianceさんのコメントが著者の考えに近いです。

>>Mt.relianceさん

著者とほぼ同じ考えでいますね。著者に言わせると、わたしたちが言語をあやつるのも、古からの伝統を支持しているのも「遺伝」に入ってくるようです。一方、後ろでコメントいただいたhahiさんはもっと厳密に定義できる範囲で「遺伝」という言葉を使っています。

>>hahiさん

「筆者=わたし(Dain)」のつもりで指摘しているなら、

   p.62
   遺伝とは、遺伝子上の要因と環境要因がともに働くことで表現型に
   あらわれる現象だということが正しく理解されれば、文化的な行動が
   どのように遺伝するかは、おのずと明らかだろう(注)。

「筆者=著者」のつもりで指摘しているなら、

   注 : Flinn and Alexander 1982; Daly 1982; Flinn 1997

「遺伝」に対するわたしの理解は、hahi さんと似たり寄ったりでしたが、本書では、もっと拡張しているように見えます。wikipedia ではもっと慎重に、「生命現象としての遺伝」と言葉を選んでいますね。

  Wikipedia : 遺伝
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%BA%E4%BC%9D


>>鷹司堂後さん

著者の主張を理解されています。ただ、「レイプは社会適応力のない男が起こしている」ことについては別の立場をとっており、反証も挙げています。また、人間の行動である「レイプ」を人間以外の種に使うのは抵抗がありますが、著者はためらっていないようです(p.267 他種との比較による証拠)。


>>jojoさん

刑務所の所長さんの発言は、問われているのか指摘されているのか分からないので、コメントは控えます。それから、女性のレイプがあることは知っていますが、比較にならないほどの数なので、前提は壊れないと思います。なお本書で厳密に表現しているところでは、「一般に」男性がするものだと書いています。


>>tonさん

ミもフタもない言い方ですが、本書の極論を言い当てています。だからといって、受け入れられるかというと難しいです。


>>名無し@2009.06.16 18:49さん

オススメありがとうございます、「利己的な遺伝子」は積読本として長いこと放置していましたが、読んでみようかと。「レイプが遺伝する」についての理解は、著者と主張と一致しているように見えます。

投稿: Dain | 2009.06.17 01:09

ひとつ質問が。
欧米では少なくないであろう男-男間のレイプについては
著者はどのような分析・意見なのでしょうか。
そもそも対象に含めていないのでしょうか。

投稿: 腹ペコ虫 | 2009.06.23 09:51

>>腹ペコ虫さん

ハイ、著者は、必ずしも「男→女」ではないことを承知しています。そのうえで、一般的な「男→女」について焦点をあてているのが本書なのです。

投稿: Dain | 2009.06.25 22:48

この本こそ、セイゴウ「目次読み」が有効かと思いました。で読み進めた順番が、「はじめに」→「解説」→「ⅩⅡまとめ」→「Ⅰの(進化論)と(至近要因と究極要因)」のみ読んで、残りは開き直ってとばすぞと決意し、あとは順に読み進めました。ふ~。

特にⅠの「淘汰と適応」等に関する記述は「あ~でもない~こ~でもない、いや、あ~であるから、こ~なのだ」という理論の応酬が、読み始めの最初は中々慣れずしんどかったです(泣)

Ⅱ「人間における性淘汰」で、仮に女性が赤ん坊を抱き、赤ちゃんが母の乳を吸うという行動パターンがなければ、女性の胸はけっして進化しなかっただろう」を読んでいたら、月亭可朝の「嘆きのボイン」が突然フェイドインしてきた(笑)

「ボインは~赤ちゃんが吸う為にあるんやで~お父ちゃんのもんとちがうんやで~」、ん~納得。ボインにおける至近要因と究極要因を、俗っぽいこの歌は見事に表現しています??ダーウィンもびっくりや(笑)。まさにスゴ本、レイプ以外でも、「動物の進化や淘汰」についての知識も随所に納得できる所が多いです。

投稿: シュークリーム | 2009.07.28 00:45

>>シュークリームさん

ああ、確かにその通りですね。セイゴウ「目次読み」は、本書に使えます。I章が甲論乙駁しているのは、いわゆるフェミ系社会学者の主張を「先回り」しているためです。理解の不備による不毛な議論を避けるため、まわりくどく説明しています(なので、心得のある方はスルーOKだと思います)。

しかし、主張の基となっている進化論への理解が薄いままII章以降に突入すると、著者が危惧したとおり、「イデオロギーの応酬」と化します。こじつけや強弁が、仮説検証のプロセスをめちゃめちゃにする様は、ネットのあちこちで見えます。わたし自身、著者の主張に全面賛成していませんが、レイプを撲滅するためのアプローチの一つとして重要だと考えます。

で、基本的に章末で「まとめ」をしているので、そこを拾っていくだけで、本書の概要をつかめます(さらに"ざっくり"でいいなら、いきなりあとがきをどうぞ)。

投稿: Dain | 2009.07.29 00:18

長谷川眞理子さんの「あとがき(解説)」から読むべきでした、トホホ。。

本書の「核」となっている「進化と適応の概念」を理解することなしに、あとの章を読み進めることも出来なくもないですが…「Ⅰ」を熟読します。

この本を読みながら、ふと思ったのが「人はなぜ人を殺してはいけないのか、ヒトはなぜヒトを食べてはいけないのか)」ということでした。レイプ以上の究極のお題は、この二つかも。アドバイス、サンクスです。

投稿: シュークリーム | 2009.07.30 08:08

>>シュークリームさん

これは松岡正剛や山形浩生から学んだ「読み方」なのですが、

   いきなり「あとがき」から読む

があります。この本で何が言いたかったのか(言い足りなかったのか)がズバリ書いてある場合が多いです。もちろん小説には不向きですが、いわゆる啓蒙書には、「まえがき」「あとがき」「目次」で全体像をつかめますぞ。そして経験則ですが、この方法で把握できないような本は、レベルが高すぎるか、ショボすぎるかのいずれかです。

投稿: Dain | 2009.08.01 09:18

「レイプは社会適応力のない男が起こしている」!?
話が逆だ。
社会適応力のない男が起こした力尽くでの性交をレイプと呼ぶのだ。
社会的適応力のある男、例えば奴隷制社会における奴隷主が奴隷女をいくら力尽くで性的に蹂躙しようとも、それはレイプとは言われん。
逆に奴隷男が奴隷主の奥様や娘さんを「好きです!」と押し倒したら、やられた方も満更でもない関係だったとしても、レイプだ。
レイプ犯を「監禁隔離」や「化学的去勢」したところで、レイプ遺伝子が劇的に減るわけじゃない。
被害者の方が警察に被害届けを出すのも躊躇われるような地位や権力の持ち主は、相変わらず女を犯し続けるだろう。

投稿: 「レイプは社会適応力のない男が起こしている」 | 2010.10.31 10:01

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