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このロビンソンが面白い「フライデーあるいは太平洋の冥界」

フライデーあるいは太平洋の冥界 デフォー「ロビンソン・クルーソー」をご存知だろうか。遭難した主人公が、南海の孤島で自然を開拓し、従僕フライデーとともに文明生活を築く話だ。

 では、ヴェルヌ「二年間の休暇」はどうだろう?無人島に漂着した少年たちが、力を合わせて生きていく物語だ。「十五少年漂流記」の方が膾炙しているのかもしれない。あるいは、家族版ロビンソンともいえる、「ふしぎな島のフローネ」はご存知だろうか?どれも、ロビンソン漂流記をアレンジしている。

 どの話も共通点がある。大自然に投げ出され、それなりに苦労もするが、文明人らしい生活を作り上げていく。自然の驚異や野生との共存といったテーマが描かれ、野性(採集・狩猟)から、文明(開墾・収穫)への歩みがストーリーのベースラインとなる。もちろん、狂気ルートへ逸脱する「蝿の王」や、テクノロジーの暴走が科学文明を築いてしまう「ふしぎの海のナディア(島編)」が成り立つのは、こうしたベースラインのおかげともいえる。

 だから、「ロビンソン・クルーソー」を下地にした本作は、似たような共通点を持っており、読み手はそいつを追いかけていくものだと信じてた――が、ぜんぜん違ってた。もちろんベースは「ロビンソン」だし、遭難してから島を開拓するところまで同じような展開になる。

 ところが、フライデーが登場してから話がおかしくなってくる。この若者、ロビンソンの言うことをぜんぜん聞かないのだ。勤勉さや文明、労働の価値といったものをまるで受け付けない。どころか、そういった権威を笑いのめし、茶化そうとする。開墾地や貯蓄物を台無しにする一方で、超人的な力を発揮して野生動物を仕留めたり、ロビンソンには考えもつかないような"遊び"を実現する。

 さらに、これまでの擬似ロビンソンで注意深く避けられていたテーマ、セックスや狂気が強調されており、とても興味深い。自然に還るのだから野性化してもよさそうなのに、(デフォーの)ロビンソンも、フローネも、ブリアンも、まるで"観客"がいるかのようにふるまう。けれども「フライデー」では切実だ。もともと"観客"はおらず、性の相手もいないのだから。ロビンソンが島と交合するところは、読み手が"笑う"番だろう。いくら高尚に飾りたてても、一種の信仰をそこに見て、そこに欺瞞を抱いてしまう。そしてハタと気づくんだ、「いま・ここ・わたし」とたいして変わらないじゃないかってね。

 デフォーが「ロビンソン」を書いたのは18世紀、そしてトゥルニエが「フライデー」を書いたのは20世紀だ。かつては無邪気に信じられていた「進歩と文明」に、大きな疑問符がつくのに充分な時を経ている。

 島じゅうが灌漑、牧場、耕筰地だらけになり、麦は貯蔵庫から溢れんばかりになり、ヤギは飼いきれないほど殖えまくる。それでもなお、収穫し、簒奪し、貯蔵する。自らの努力のむなしさに気づきつつ、努力をやめようとしないロビンソンは、かなりこっけいに見える。

 そのこっけいさは、物語で最初に「笑い」が表現されるまで、読み手は気づかない仕掛けとなっている。つまり、ロビンソンはフライデーと出会って初めて、笑いを――島に漂着して初めての笑いを覚えるわけ。ひとは一人では笑うこともできない。誰か笑いかける(笑いのめす)他者がいてこそ、笑いが成立するんだ。

 フライデーの笑いにより、ロビンソンが大事に持っていた権威は破壊される。西洋文明の権威とは暴力であり、武器だ。それが文字どおり大爆発して粉微塵になるんだ。そしてロビンソンは完全に変わってしまう。わたしたちが知っている文明の代表者の面を捨ててしまう。もちろんラストはぜんぜん違う。「驚愕のラスト」といいたいところだが、そこまで読んだ人には薄々分かっているラストに仕上がっている。

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コメント

読みました。トゥルニエは初めて知りました。題名がフライデーなのは何でと思いましたが、登場後に見事に主人公になって見事ですね。そして登場前はロビンソンを語る目になっていたとは思いませんでした。20世紀の哲学をまともに影響されているのは、読んでいてもおもしろかったところです。エンディングは、おっしゃる通り自分が想像通りでしたけど、解説を読むと作者による別バージョンがあるみたいですよね。

投稿: ぺーすケ | 2009.06.24 22:35

>>ぺーすケさん

「科学・文明・権威」を相対化する役目としてのフライデーだと思っていたら、予想を裏切る(でも薄々気づいてた)方向へ転がっていったのがよかったです。別バージョンである「フライデーあるいは野性の生活」は、ぜひとも読みたいですね(仏語か…)。

投稿: Dain | 2009.06.25 22:49

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