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作家を、プロデュース「小説作法ABC」

小説作法ABC 小説を書く基本技術がひととおり。

 新米作家の教則本として読んでもいいし、深い読書への手引書として扱ってもいい。「小説は、Why? とBecauseで推進される」とか、「読書の快楽は予定調和とドンデン返し」といった基礎だけでなく、「同じ村上でも、春樹は回想、龍は実況」や、「谷崎は変態、三島は売れない俳優」といった、著者の文学観をも垣間見ることができる。

 なかなか実践的なのは、各章のおしまいに「練習問題」がついているところ。たとえば、既読の小説のあらすじを100字にまとめろという。要約することで、いわゆる「読ませどころ」へ向かわせる物語の軌跡が見えてくるんだと。さらに、要約した小説の帯コピーを50字でまとめろという。キャッチコピーを考えることで、その小説の「最大の売りどころ」を見抜けという。要は「目玉」やね。おもしろそうだとそのとき感じた作品を漫然と読んできたわたしにとって、いい刺激になる。

 あるいは、強力なトレーニング法を知ったぞ。実行するのも楽しいし、自作を書くときもすぐに効果がでてきそうだ。「小説は出だしが肝心」なことはあたりまえだが、その有効な鍛え方がこれ。

名作をはじめから結末まで読み通すのがたいへんなら、冒頭だけ読めばいい。文学全集の冒頭だけを、制覇するのです。これにより、文豪たちが読者をわくわくする世界へどのようにして引きずりこんだかが体得できます
 これ、試してみるわ。図書館で文学全集の各作品の出だしだけ読んでみるのだ。で、解説から得たテーマと突き合わせてみる。出だしとテーマ間のフィット・ギャップに着目することで、作家が読者を導く手腕を測るのだ。

 さらに、なんとなく知っていたレトリックも、ハッキリ解説されることで、あらためて「技術」なんだと気づかされることが沢山あった。たとえば、比喩の奥義は、「フィジカルな感覚」。視覚「以外」を駆使して、読み手の肉体にダイレクトに訴えかけていくような表現を心がけよという。その例が谷崎の「春琴抄」。縫い針で自分の目を刺す、読んでるこっちが痛かゆくなる場面だ。

 まだある。レトリックは単発ではなく、規則性を持って配置せよという。つまりこうだ。水のイメージを伝えたいのなら、水そのものの比喩表現を練るだけでは不十分。雨を降らせたり場面を川べりにしたり、はたまは蛇口からポタポタ滴る音を聞かせることで、水のイメージを読み手につきまとわせよという。わたしのような邪悪な読者は、その配置から先の展開を予想しまくる。どういう気分にさせたいのか、裏読み・先読みするのだ(マネしないように)。

 そんな技術的レクチャーだけでなく、著者・島田雅彦の文学感覚も楽しめる。むしろ、抑えた口調に閃く感情を思いやると、ヤッカミや嫉妬心の香ばしさが漂ってくる。作家が作家を語るとき、けっこうホンネが出るものね。

 たとえば、最近の小説の舞台のほとんどが、「東京」だという。しかし、そこで描かれる「東京」は、表層の部分だけだという。なぜなら、東京出身の作家なんてほとんどおらず、真に東京を理解しているとは言いがたいから。地方との差異だけが関心の全てだという視座ではダメ――で、著者の出身を調べると、案の定というか、世田谷区出身。「おまえらが書く『東京』は、ホントの東京じゃないんだーッ」という心の叫びを訊け。

 そして、村上春樹への鞘当てが愉しい。やり方も念が入っていて、直接話法じゃなくって、間接話法なww。まず、ライトノベルについて語る。ラノベとは要するに、江戸時代に大流行した黄表紙や滑稽本の回帰なんだという。能天気な会話中心のストーリー展開なんて、まんまでしょと指摘する。で、返す刀で春樹作品も似たようなものだと当たってくる。「いまやその村上春樹も最も成功したグローバル商品です」と、誉めてる(?)と思いきや、こう続く。

グローバル商品を作る秘訣は誰も傷つけず、万人を心地よくすることにあります。それは、作品のディズニーランド化を図ることだといってもいい。読者は手軽に現実逃避ができるテーマパークで、しばし日本の現実や日々の憂鬱を忘れることができます
 間違ってはいないんだが、ハルキストが読んだら腹立てるかも… けだしファンというものは、作品の中に人生含蓄や批判精神を幻視して喜ぶもの。だから、そいつを「ディズニーランド化」とラベリングされると、ミもフタもなくなってしまう。「エンタメじゃないもん!世界文学だもん」なんて、ウチダさんかトヨザキさんあたりが言いそうだ。

 加えて、著者のデビュー作「優しいサヨクのための嬉遊曲」の顛末が語られたりしてて、出世物語としても面白い。作家コーチング本として、読者マニュアルとして、あるいは島田雅彦の文学論として、何通りにも読める。

 このテの本はいろいろ読んできたが、この順で読むと分かり易いかな。

入門編小説作法ABC「小説作法ABC」は、広く浅く
原則編詩学読者はどこに快楽を得るのか?に答える[レビュー]
上級編小説のストラテジー「読み」指南だが、書くことにも応用できる[レビュー]
技巧集小説の技巧小説のあらゆる「仕掛け」を解説[レビュー]
レトリック集レトリックのすすめ手持ちの「武器」三倍増計画[レビュー]

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コメント

ブログも表現することなので読んでみます!

投稿: ぎょるいのひと | 2009.05.26 00:51

村上春樹評ですが、彼の著書の「ハードボイルドワンダーランド」というタイトルから、「ディズニーランド化」→「手軽に現実逃避ができるテーマパーク」との連想が進んだような印象を受けますね。
浮世絵が海外において芸術として再発見されたように、もしかしたらライトノベルも、翻訳して海外に出したら文学として高い評価を受けたりして。

投稿: machi_reco | 2009.05.26 07:17

>>ぎょるいのひとさん

順番にどうぞー


>>machi_recoさん

島田雅彦の「誰も傷つけず、万人を心地よくする」が、テーマパーク化そのまんまかと。ハルキ・ファンタジーという neverland なのかもしれませんね。
それから、ラノベの翻訳は面白そうですね。今では、「ラノベ→アニメ化→共有化」という三段階を経て海外に普及していますが、「ラノベ→ easybook 」というルートも面白そう。

投稿: Dain | 2009.05.28 23:46

大塚英志さんの
『物語の体操』と『キャラクター小説の作り方』
が凄く面白いです。

投稿: 不思議ハケーン | 2009.05.31 13:11

>>不思議ハケーンさん

「キャラクター小説の作り方」は嫁さんがせっせと読んでいるところです。折りをみて、わたしも手にしてみますね。

投稿: Dain | 2009.06.01 06:53

今本書を読んでいるところですが、並行して「世界の神話」もあさってみようと思います。

投稿: | 2009.06.03 12:42

>>名無しさん@2009.06.03 12:42

世界の神話を入れ物にして、本書の技術をぶち込むと、いい小説になりそうですね。「世界の神話」で気になって調べてみたら、こんな良さげな本を見つけました。ありがとうございます。

  ヴィジュアル版 世界の神話百科―ギリシア・ローマ ケルト 北欧
  アーサー・コットレル著


投稿: Dain | 2009.06.03 23:47

>>名無しさん@2009.06.03 12:42 は、私です。あわてて書いて名前を記入するのを忘れてすいませんでした。「世界の神話101」というのを図書館で借りたのですが、これが短いあらすじしか書いてなくてどうも理解がむずかしいです。単に私のイメージが貧困なんでしょうが。Dainさんのご指摘のように図鑑で神話を紹介しているものががないか調べてみます。また本書で紹介されている角川の「新・世界の神話」シリーズは図書館にあるのがわかったので、これは少しづつ借りることにします。課題をやっていくと、なかなか先に進めませんけど、また新しい分野の読書に広がるので、いろんな意味で教科書といわれるのもわかるような気がします。

投稿: ぺーすケ | 2009.06.05 19:07

>>ぺーすケさん

本書は独学(?)する人だけでなく、カルチャーサークルなどで用いられることを想定しているようです。なので、本書と併用する適切なサブテキストを準備すれば…いきなり講師になれますね。「世界の神話」はサブテキストとしてど真ん中でしょう。

投稿: Dain | 2009.06.06 09:04

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

投稿: ビジネスマナー | 2011.11.09 11:51

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