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数学の本質は抽象化「分ける・詰め込む・塗り分ける」

分ける・詰め込む・塗り分ける 情報源として読むとAHA!の宝庫だが、ぜんぶ理解しようとするとレベル高すぎ。

 目のつけどころが面白い。ケーキの切り分け、靴紐の幾何学、箱に缶詰をぎっしり詰める、チェスの千日手(Threefold repetition)など、一見、数学とは無関係の切り口から位相学、整数論、多面体定理の応用まで幅広く紹介する。逆に、実社会とは無関係に見える理論が、現場の作業手順を極限まで効率化している実例もある。

 たとえば、地図の塗り分け。なんだ四色問題かとみくびるなかれ。本書では地球と月の両方にまたがる「帝国」を想定した四色問題で、かなりの難題。「地球」「月」「帝国」「塗り分け」といった概念を抽象化し、シンプルなモデルにする。これが素晴らしい。数学的思考はこの抽象化ができる/できないにあるのだな、と感心する。

 現実の問題はさまざまにデコレーションされており、その本質は埋もれて見えないのが普通。このデコレーションを取り除くのではなく、本質をつかみだし、モデルに対応付けるところが、本書のキモだね。「地球と月の四色問題」のモデル図を見てしまえば、ああなるほどと思えるのだが、そのモデリングこそがいちばんセンスの要るところだろう。

 そして、同じモデルを「半導体基盤のショート検査」に適用する発想は天才のレベル。「短絡検査を効率化する」といった問題なら試行錯誤の上でモデリングは可能だろう。けれども、電子回路のモデルと四色問題のモデルを同列に扱うには、さらなる抽象的な視点が必要になる。おかげで12万回かかる検査が、わずか4回にまで劇的に減らすことに成功している。「数学によるコスト削減」の好例やね。

 もっとベタに、ケーキの切り分けが面白い(原書のタイトルは、"How to cut a cake")。完全に等分にすることが目的なのではなく、「あいつのケーキが大きい」とならないように、恨みっこなしで切り分けるにはどうすればよいか?これが、二人でケーキを分けるときなら簡単だ。「わたしが切って、あなたが選ぶ」になる。

 では、三人なら?五人なら?――というのが本書。これは難しい。答えは"切る"というより"削りとる"方法なんだが、一応リクツが通っているものの、実行したら、もはやケーキになっていないと思うぞ。

 「ケーキはいくらでも細かく切れると仮定する」という前提がいかにも数学的だが、現実的な問題にも応用している。それは「複雑な地形の分割」で、当事者が満足し、なおかつ余剰地ができる方法が明かされている。さらに、「第二次世界大戦の連合国によるドイツ分割」、「イスラエルとパレスチナの紛争元となった土地分割」まで発展させている。

 ただ、かなり高度で、ついていけないものもある。たとえば、トランプのシャッフルを繰り返していくうちに、最初の並びに戻ってしまう話。この手品を追求していくうちに、整数論における「フェルマの小定理」が出てくる。さらに、二つの泡がくっついたときの形状を数学的に「予想」する話。平均的な泡の姿の計算を進めるうちに、「オイラーの多面体定理」が顔をのぞかせる。「分かる人には分かる」書き方なので、歯ごたえありすぎ。

 身近な切り口から、高度な数学の世界へ。窓口広く、奥深し。

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受信: 2009.02.11 07:30

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