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人類を救うためのトリアージ「五〇〇億ドルでできること」

五〇〇億ドルでできること ヒステリックな学者や、不安を煽るだけのマスコミに読ませたい一冊。

 「待ったなし」と表現される問題がある。地球環境、水資源や食糧の枯渇、飢餓と貧困、感染症の拡大などがそうだろう。しかし、「待ったなし」と言われてから、いったい何年、何十年経過しているだろうか?

 いや、こうした問題に取りくむ人々や組織・機関がサボってたわけではない。割り当てられた資源のなかでやりくりしながらそれぞれの責務を果たしてきたはずだ。では、どうしてこうした問題の解決が遅々としているのだろうか?

 資源が足りない?足りないのはどの問題も同じ。むしろ、問題に応じて割り当てられていないため、効果的に活用されていないのではないか。そのときの風潮を受け、場当たり的に資源の逐次的投入をしてきたためではないか──本書を読むと、そう考えるようになる。

 世界のためにあと500億ドル使えるとしたら、どの問題から解決するべきか?一流の経済学者たちが徹底的な学問的議論を重ね、世界が直面する難問を優先すべき順位の高い順に並べたリストを作成した。これが、コペンハーゲン・コンセンサス2008。提案された30の解決策と、最終的に残った13の解決策とその資金配分についてはリンク先が参考になるが、本書からまとめると、こんなリストになる。

──非常に良い
     1. 感染症 HIV/AIDSの抑制
     2. 栄養不良と飢餓 微量栄養素の供給
     3. 補助金と貿易障壁 貿易自由化
     4. 感染症 マラリアの抑制

──良い
     5. 栄養不良と飢餓 農業新技術の開発
     6. 衛生と水 小規模な生活用水技術
     7. 衛生と水 地域が管理する給水と衛生設備
     8. 衛生と水 食糧生産における水の生産性の研究
     9. 統治と腐敗 新規事業開始費用の引き下げ

──普通
    10. 移住 熟練労働者の移住に対する障壁の引き下げ
    11. 栄養不良と飢餓 乳幼児と子ども栄養の改善
    12. 感染症 基本的保険サービスの拡充
    13. 栄養不良と飢餓 出生時低体重の発生数の削減

──悪い
    14. 移住 非熟練外国人労働者の一時的雇用プログラム
    15. 気候変動 最適な炭素税
    16. 気候変動 京都議定書
    17. 気候変動 バリュー・アット・リスク炭素税

 ここでいう「良い」「悪い」とは、カネで換算した「費用対効果」「費用便益比」のこと。感染症対策と京都議定書を同じ土俵に乗せるために、提案の評価や順位づけにあたって、経済的費用と便益を判断の指針としている。つまり、提案によって供される便益の価値と、その提案を実行するために必要な資源を比較する。費やした分よりリターンが大きければ「良い」だろうし、カネばかりかかって効果が薄いものは「悪い」提案になる。

 唯一の環境問題である地球温暖化対策が最下位に位置付けられ、一ドルも配分されなかったことは意義深い。たとえば、p.24の「京都議定書による削減の費用と便益」によると、世界総生産に対する費用と便益比が時系列に表されており、費用が毎年、およそ1パーセントかかるのに対し、便益が費用を上回るのは2100年ごろ。文字通り国家百年の大計で、その効果が非常に長期にわたるため、費用便益分析では現在価値が低くなると判断されたわけだ。

 当然のように疑問がでてくるのは、「人命の値段」のこと。救われる人命に対する金銭的価値が低すぎるのではないか、あるいは、そもそもカネで人命を贖えるのかという質問の答えを探しながら読むことになる。

 そして、「人命の値段」はGDPをベースとしているため、先進国の一人の人命の「値段」と、途上国の「値段」も、当然のごとくちがってくる。人命を金銭ではかることについて、「人の命は地球より重い」というセリフが大好きな方は憤慨するかもしれない。それでも、すべての提案を共通の土台に並べるためには、万国共通、過去から未来、地獄から天国まで通用するカネという価値が基準になる。

救われる人命に付している金銭的価値が低すぎるという。人命の価値をはかることは、常に非常に難しい。問題の優先度を決める際に救われる人命を経済的便益とは別のカテゴリーで考慮する場合もある。いずれにせよこの要因も、対策の便益の過小評価につながっている。

 便益を過小に評価してもこのランキングなのだから、「人命を銭金で云々」する方は、なおさらこのリストを重視すべきだろう。最小コストで(低く見積もった)最大の人命を救えるのだから。

 世界を救うための経済学的「正解」として考えたい。全ての判断基準はオープンで、反論可能で、検証可能だ(じっさい、反論のための頁も割いている)。自転車置場の議論 (bikeshed discussion)ばかりで何かやった気分になったとき、あるいは、全地球的問題になると視野が狭窄してると感じたとき、このリストに戻ろう。

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コメント

ちょっと前に村上龍が書いた本を思い出しました。
http://www.amazon.co.jp/文庫改訂版-あの金で何が買えたか―史上最大のむだづかい’91~’01-角川文庫-村上-龍/dp/4041586127/
あんまり良い本ではありませんでしたが。

あと、誤変換がありますね。木が→飢餓。

投稿: ほんのしおり | 2009.01.05 01:47

>>ほんのしおりさん

誤変換の指摘ありがとうございます。
パラ見ぐらいしかしていませんが、村上某のやつはあまりに後ろ向きでした。

投稿: Dain | 2009.01.05 21:58

ええ、村上本はここで取り上げられているトリアージという厳しさから逃げて、安全なところから批判している本でした。
既に無駄遣いだったとわかったことを事後に批判的に取り上げること、何を優先すべきかという価値判断を放棄し読者にゆだねていること、その二点で残念な本でした。

投稿: ほんのしおり | 2009.01.06 01:36

>>ほんのしおりさん

竹中平蔵氏や植草一秀氏との対談もはいっているようですね。彼らが言ってることとやってきたことを「検証」するための材料として、批判的に掘ると、面白く読めるかもしれません…

投稿: Dain | 2009.01.09 00:58

本当に人類をこれから先の未来まで救いたいのであれば、多すぎる人口の抑制政策が最重要であると考えるのですが。
このまま目先の偽善を続けていれば食糧危機でいつかは人口バブルも破綻しますよ。

投稿: | 2009.01.16 00:33

>>名無しさん@2009.01.16 00:33

「人口(文字通り、人のクチ)を考えずに救っても、ねぇ」という考えですね、わたしも一度考察しました――が、自らの手で自らを救うための人手(文字通り、人のテ)が足りていない現状を見ていないことに気がつきました。
いまいる場所を見直すうえで、本書は役に立つかもしれません。あるいは、いまいる場所から本書を批判的に読んだ結果が知りたいですね。

投稿: Dain | 2009.01.16 23:02

人口は、調べるとわかることですが、2050年には世界的に頭打ちになってその後は減少に向かいます。豊かになるとみんな子供を減らすのです。総人口はどんなに増えてもいまの倍になるかならないか。

したがって人口は大した問題ではありません。食料生産も増えているし、十分に養えます。

投稿: 山形 | 2009.01.28 11:50

>>山形さん

情報ありがとうございます…って、山形浩生さんですよね。

ご指摘のことは、以下の論文で知ってはいたのですが…
それ以外に知らない、というのが本当のところです。

  Scientific American (SA) 2002年1月号での11ページにわたる批判に答える
  http://cruel.org/kankyou/sarebuttal.html

たとえば、以下の国連のサイトでは、2050年までの人口推計のデータがあります。
ここによると、2050年の人口推計は、およそ91億となるそうです(Medium variant)。

  World Population Prospects
  http://esa.un.org/unpp/

ところが、2050年より先の情報を得ることができません。探せばあるでしょうが、うまく見つけられていません("人口問題"でgoogleると、日本の少子化か世界の人口爆発のいずれかへ連れて行かれます)。

「環境危機をあおってはいけない」は未読なので、これを読んで注釈の参考資料にあたってみます。

投稿: Dain | 2009.01.28 21:51

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五〇〇億ドルでできること作者: ビョルン・ロンボルグ出版社/メーカー: バジリコ発売日: 2008/11/07メディア: 単行本 500億ドルで世界の問題を解決するには、どの問題について優先的に投資すればよいか? この問題に対して、世界有数の経済学者が集まって答えを出した「コペンハーゲン・コンセンサス」に関して、個々の問題について述べたのが本書である。 ... [続きを読む]

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