« 「服従の心理」はスゴ本 | トップページ | 平凡なわたしが非凡な文章を書くために「不良のための文章術」 »

ソレナンテ・エ・ロゲ?「アルトゥーロの島」

アルトゥーロの島 楽園喪失メロドラマ。

 このご時勢に世界文学全集、かなり評価していた。けれど、選本に節操がないというかテキトーというか、かなりハテナ?なものが混じってる。「読書癖」の強い池澤夏樹氏ならではの発想なのか、哲学がないのか原則がないのか、よくわからん(わたしの蒙昧というオチもあり)。

 本書なんてまさにそう。古典文学から軸足を外し、主流たる英米仏とは力点をずらそうという「意図」はわかるんだが、なんじゃこりゃという作品だったのがこれ。現代イタリア文学を入れたいんならエーコかタブッキでいいじゃないかと言いたくなる。

 中身はベッタベタの通俗小説。ナポリ湾の小島、美しい自然、母と死に別れ、野生的な生活を送る十四歳の少年。不在がちの父が連れてきた継母は十六歳の少女だった。性の目覚めと誘惑と抵抗と、そして、破局――どう見てもエロゲです、ありがとうございました(ただし、エロゲ的展開を期待してはいけない、これはブンガクなのだから)。目を惹いた描写はここ。

それは、経験のないぼくの目にも、歳のわりにはかなり発達しているように見えたが、でもその女性らしい姿のなかに、まるで彼女自身、自分が成長したことに気づいていないような、どこかあどけない未成熟さと無頓着さがあった。
 その少女が女へ、そして母へと変わっていくのはまさにメタモルフォーゼという形容がぴったり。彼女への思慕は普通だろうし、反面、思春期の反発もある。そして、当然のことながら、欲望がある。

 池澤氏は両者の葛藤を「心理戦」と呼び、「これはメロドラマの構図だが、モランテはこの構図に人間の魂の真の姿を巧みに刻み込んだ」とまで評価するが、すまん、「たましいのしんのすがた」はついぞみえず、ダレたり詰まると新キャラ投入してストーリー転がす某ラノベとの区別がつかんかった。

 あるいは、神聖なる父親像の喪失や、母性愛と異性愛の混在・混乱、あるいは、イニシエーションとしてのセックスといった、いわば古典的な道具立てを現代にもちこんで語ってみせたというのであれば、なかなか上手くかけている。が、そうした道具立てへの陳腐感のほうが先に鼻についてしまう。

 池澤氏は解説でこう述べる「禁じられた恋というのは物語の要素であって、決してすべてではない」。しかし、著者自身がこのネタで引っ張ろうとしているのが律見江ミエ。ウソだというなら、外してみなされ。物語そのものが立てなくなってしまう。メインは「禁じられた恋」、これに牽引され、読者はラストへまっしぐらに向かっていくはずだ。

 本書で欲求不満になったら、牧村僚の義母シリーズをオススメ。

このエントリーをはてなブックマークに追加

|

« 「服従の心理」はスゴ本 | トップページ | 平凡なわたしが非凡な文章を書くために「不良のための文章術」 »

コメント

 イタリア文学といえば、少し古いかもしれないけれど私のなかでは一番多く映画化されたアルヴェルト・モラヴィアだと思います。以前夢中になって読みまくったものです。
 (ヴェルトリッチが「暗殺の森」として映画化した「孤独な青年」やゴダールが映画化した「軽蔑」が有名です。)
 かくいうモランテって、エルサ・モランテのことだと思いますが、彼女はモラヴィアの妻で、「イーダの長い夜」という戦争を描いた大河小説があるのですが、これは悪くないです。もっといい作品を収録すればいいのにと、残念に思います。

投稿: よしぼう | 2008.12.09 17:04

>>よしぼうさん

大昔、ベルトルッチつながりで「ラスト・エンペラー」→「暗殺の森」と観ました。で、モラヴィアも手を出したはずなのですが…記憶の彼方です(実家のどこかに転がってるはず)。モラヴィアにハマっていたら、その妻モランテにつながっていた…かも?

「文学全集」というフォーマットにあわせるためでしょうが、「アルトゥーロ」にはうーむと唸ってしまいました。モランテの代表作として「アルトゥーロ」が挙げられているのであれば、「もう読まなくていい」と判断しています。

「もっといい作品を収録すればいいのに」――同感です。

投稿: Dain | 2008.12.10 00:13

 モラヴィアは主人公の心の奥底まで追求した書き方が有名ですが、確かに今読むとそれだけという感はあります。国内で文庫本でほぼ全作品が読めるうえに、ほとんどの作品が映画化されていて、イタリアでは国民的作家というのも納得です。(以前ノーベル賞候補といわれたこともあるようですし。)
 それに対してモランテは邦訳がですが、「イーダ」と本作しかないようです。なぜか少し納得できたように思います。ネタバレ承知で書くと、「イーダ」は庶民の側から書いた戦争メロドラマで、戦争の残虐さもしっかり書かれています。そしてラスト一行のためにわざわざこの長いドラマを書いていたのか、と驚いたのを覚えています。でも、今現在の複雑な世の中のなかで通用するのかどうか微妙な気がします。

投稿: よしぼう | 2008.12.10 15:57

>>よしぼうさん

ちょっとネットで引いてみたら、見覚えのある書名が… 「孤独な青年」は積読のまま放置されてたような。「眠くて死にそうな勇敢な消防士」というタイトルにも懐かしい記憶があります(ただし未読のはず)。

イタリア文学なら、モラヴィアを入れてもよかったですが、池澤氏はあえて女性作家を並べたかったのかも?と邪推してしまいます(デュラス+サガンで一冊にしてますし)

投稿: Dain | 2008.12.10 23:05

>牧村僚の義母シリーズをオススメ。

さりげなく私のツボを突くコメントが(笑)

どれも良作品ですがやはりシリーズ第一作
「義母 特別授業」が一番のお気に入りです。
数え切れないほどお世話になりました(笑)

投稿: ラッキーマン。 | 2008.12.13 11:17

>>ラッキーマン。さん

こんなところにお仲間がw
綺羅光や館淳一といっしょにアンソロジーでお世話になったクチです。

投稿: Dain | 2008.12.15 00:05

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ソレナンテ・エ・ロゲ?「アルトゥーロの島」:

« 「服従の心理」はスゴ本 | トップページ | 平凡なわたしが非凡な文章を書くために「不良のための文章術」 »