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いま読むべきスゴ本「ルーツ」

 これはスゴい!2008年No.1スゴ本。

ルーツ1ルーツ2ルーツ3

 読もう読もうそのうち読もうと思っていても、タイミングというものがある。

 アレックス・ヘイリーの「ルーツ」は、まさに今だと感じた。強制的に連れてこられ、家畜のように働かされ、実質的に米国を支えてきたアフリカ系アメリカ人――その末裔が大統領になろうとしているのだから。

 だから読んだ、30年の積読を経て。

 合衆国の黒歴史ともいえる黒人奴隷の問題を真正面から描いた本書は、1977年のピューリッツァー賞を受賞し、世界的ベストセラーとなり、TVドラマ化され、一大センセーションを巻き起こした。「クンタ・キンテ」といえば、ご存知の方もいらっしゃるかと。

 本書の体裁は「小説」なのだが、著者が12年かけて自分の祖先を調べあげた集大成でもあるため、ファクト(事実)とフィクションを掛け合わせた「ファクション」と呼ばれている。親子七代、200年に渡る壮大な物語をまとめると(まとめられるのか!?)、「あらゆるものを奪いつくされ、失いつくしたとしても、それでも一歩一歩、自分の生活を築いていく系譜」になるだろうか。

 白人社会の黒人への仕打ちは、今あなたが想像したとおりで合ってる。どうかフィクションであってくれと祈りたくなるような強烈さだ(なかでも奴隷船の描写はかなりキツい。ここだけ劇薬指定)。そして、何度も脱走を図るクンタ・キンテに白人がやったことは、文字通り息を呑んだ。あまりの非道さに、思わず本から目を背けた。だが、クンタ・キンテは「人」ではなかったのだ。それが「あたりまえ」の時代。

 もちろん、そのパラダイムは合衆国の歴史の中でゆっくりとシフトしていく。しかし、そのスピードはあまりに遅く、情報はなかなか伝わらない。歴史の回転がもう少し早ければ避けられたはずの悲劇的運命に、宿命のように突入する。

 読者は、歴史の鈍重さにもどかしい思いをするとともに、米国が何よりも大切にする「自由」が、いかに高い代償を払ってきたかを知ってゾっとするに違いない。Tumblrで知ったんだが、

   ないから生まれるんだ
   中国人は道徳心が無いから儒教が生まれた
   日本人は勇気がないから武士道が生まれた
   アングロサクソンはずるいからフェアプレーの精神が生まれた

 これに、「アフリカン・アメリカンは束縛されてきたから、自由が生まれた」が加わる。アメリカンにとって「自由」は特別な言葉かもしれないが、アフリカン・アメリカンが言うと、いっそう深みが加わる。

 問題は「色」だけではない。裕福な白人と貧乏白人、奴隷と自由黒人、先住インディアンと混血、メソジストとバプチスト、開拓民と新興移民――「色」に限定されない差別問題がわんさとでてくる。

 著者は、黒人奴隷の一人に、こう言わせる「肌の色が白いからといって憎むのは、肌の色が黒いからといって憎むのと同じではないか」。問題を白と黒の差別だけに限っていては、白と黒の問題自体も解決できない。もうひとつ視点を上げ、そこを抜け出す必要を訴えているのだ。

 それでも、読み進めると不安になってくる。クンタ・キンテだけで半分以上を費やしているので、大丈夫だろうか、終われるのか?という気になる。冒頭に家系図があり、壮大なネタの開示にもなっている。著者ヘイリーにたどり着くまで、たくさんの血縁のバトンがリレーされるのだから、この調子でいけるのだろうかと心配になってくる。

 しかし、その心配をヨソに、現代に近づくにつれ「語り」のスピードは加速度を増す。それこそ「今」の引力に吸い込まれるかのように、ぐんぐんと時間経過が増していく。黒人の歴史は混血の歴史でもある。アフロ、アイリッシュ、インディアン…さまざまな種を併呑しながら、怒涛の勢いで歴史が迫ってくる。

 そしてラスト数ページ、「あっ」と驚いた。

 「どんでん返し」ではない。新事実や新解釈なんてない。ヘイリーは真っ正直にこの物語を書く経緯を説明し、その動機に従って"ルーツ"をたどり始める。その件を読んで初めて、この長い長い話は、形を変えた現代の伝承でもあったことに気づかされる。血のバトンの"ルーツ"を遡行するとき、そこまでの長い長い語りが、それこそ走馬灯のように読み手の内側を照らし出す。

 そして、彼が「その場所」で見たものを知ったとき、彼と同じようにむせび泣いているわたしがいた。このファクションは、円環を成している!

 興奮冷めやらぬまま最終ページになってしまう。もっともっと読みたかった。話の途中でいなくなった人たちは、どうなったんだろう? どこへ行ってしまったんだろう? 幸せなその後を送れたのだろうか? 別離は突然かつ音沙汰なしなので、後ろ髪を引かれるように読んできたのに。

 本書のサブタイトルは、"The Saga of an American Family"だという。ああ、確かに。アメリカの黒人を代表者を選ぶならば、クンタ・キンテのような奴隷の子孫を真っ先にあげなければならない。そう、現実にそうなるように――

――などと書いてきて、ハタと気づく。バラク・オバマは確かに「アフリカ系アメリカ人」だが、"African American"と聞いて真っ先に思い浮かべるクンタ・キンテたちの末裔ではないことに。

 African Americanは、いわゆる"Black"を政治的に正しく表現するための語で、必ずしもアフリカから強制的に連れてこられた人の子孫に限らない。あたりまえっちゃーあたりまえなのだが、自発的にやってきた人も"African American"と呼ぶ(ネタ元:wikipedia : African American)。バラク・オバマは後者にあたるのだが、みんな(特に米国の有権者)は知っているよね、常識的に考えて。でもなんだろう、この肩透かし感は。勝手に思い込んだわたしのあやまりなんだけれど。

 「ルーツ」に圧倒されたからだろうか。いずれにせよ、生きてるうちに読んでおきたい本が、生きているうちに読めてよかった。そういえるスゴ本。

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コメント

マケイン候補の活動の様子を向こうのニュースでやっていたらマケイン候補と握手していたマケイン支持者のお婆さんがオバマ候補の事はどう思うか、といった質問をされて「彼はアラブだから信用できない」と答えたのを聞いて流石にマケイン候補がマイクをひったくって「彼は普通の家庭人です!」と言い返した場面があったそうです…一体どうなっているのか……

投稿: 通りすがり | 2008.10.31 00:24

オバマは奴隷の子孫じゃないですよ。
お父さんはケニア生まれです。

投稿: | 2008.10.31 11:46

>>通りすがりさん

「そういう方」もいらっしゃるようですね。ホントが何かというよりも、どのように感じているかのほうが決定的だったりして。

>>名無しさん@2008.10.31 11:46

そうですね、できればこのエントリの最後の3パラグラフを読んでいただけると、よりご理解が深まるかと。

投稿: Dain | 2008.11.05 23:45

Dain様

はじめまして大絶画と申します。
復刊ドットコムにヘイリー著『ルーツ』がリクエストされています。Dain様をはじめブログをご覧のみなさんの投票次第で復刊される可能性があります。
URLから投票ページにアクセスできます。コメント欄に本の感想や復刊する意義を書いていただければと思います。
なおこのコメントが不適切と判断されたら削除していただいてかまいません。

投稿: 大絶画 | 2011.10.19 20:13

>>大絶画さん

情報ありがとうございます。一票入れました。今よむべきスゴ本ですね。

投稿: Dain | 2011.10.19 22:32

Dain様

大絶画です。
投票へのご協力感謝します。
同著者の『クイーン』なども復刊ドットコムにリクエストされています。
ひまな時にでもリクエスト検索をしてみてください。

投稿: 大絶画 | 2011.10.20 17:40

>>大絶画さん

了解です、復刊ドットコムは必要としているわりに、あまり訪れていないので、ちょくちょく見てみますね。

投稿: Dain | 2011.10.20 21:38

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