ボクらは魚を、待っている 「銀むつクライシス」
ミステリの謎解きと、手に汗にぎる追跡劇、そして、どんでん返しの法廷モノ。
これらが一体化しているノンフィクション。カネを生む魚がどのように「マーケティング」され、乱獲され、壊滅していくのかが、銀むつ(マゼランアイナメ)を通じてよく見える。
南極海を逃げる密漁船と、追うオーストラリア巡視船。緊迫したシー・チェイスを偶数章に、莫大な富を生む銀むつをめぐる市場の事情を奇数章に、交互に重ねるように配置している。読み手は順番に読むことで、密漁船の正体と目的、そして、その背後のビック・ビジネスがだんだん分かるような仕掛けになっている。
さらに読者は、ラストの法廷シーンでは、やるせな思いを抱くことになるだろう。それは、想像を超える「意外な結末」からではなく、当事者それぞれの事情や思いを分かったことにより、困惑するだろうから。
そう、思惑はそれぞれ違う。
密漁者にとっては、一様に見える海に線引きをし、既得権益を護ろうとする保護主義は敵そのものだ。漁業は生活の手段であり、投資の回収手段でもある。いっぽう、追いかける巡視船にとっては、奴らは泥棒であり、海洋法の隙間をくぐりぬけて違法操業している連中だ。そして、いざ捕まえるとなると、自国の規制に100パーセント従わなければならない、やっかいな存在だ。
さらに、輸入業者にとっては、魅力的な商品名(チリ・シーバス)を付け、手を尽くして人気者に仕立てる「戦略的食材」であり、大事な商売道具だ。乱獲で品薄になるのなら、代替品を探さなければならない。アメリカの一流シェフにとっては、脂がたっぷりのった、どんな料理・味付けにも合うパーフェクト・フィッシュである。そのいっぽうで、環境破壊のレッテルを貼られるのはぜひとも避けたい(「Save Tuna」の例もある)。
そして、そこには、わたしも入ってくる。「旨いものを安く食べたい」――飽くなき食への欲望が地球の果てまでめぐっていることを、確かに感じる。皿の上に料理された魚しか知らないのであれば、密漁と偽装が横行している現実を知ってたまげるだろう。カッコ付の「国産」ウナギや、「シシャモ」の本名は知っていたが、まさかここまでとは…
海の奥底までまかり通る市場原理は、獲り尽くし、喰い尽すまで続くのか。考えさせられるというより、暗澹たる思いにおおわれる一冊。
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