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名著!「日本人の英語」

 「東大、京大、北大、広大の教師が新入生にオススメする100冊」で第5位。日本人の英語

 特に京大のセンセが、「英語の本質がわかると言っても過言ではない」とか、「全学共通科目の英語なんぞ 100 年続けても、この1冊には適うまい」といった最大級の賛辞を贈っている。

 著者はマーク・ピーターセン。明治大学経済学部の助教授(当時)。新入生の「異様な英語」から、修士や博士論文に出てくる「イライラする文」までを、達意な「日本語」で説明してくれる。なぜ「異様」なのか、そしてなぜ「イライラ」するのかを理解するとき、英語の壁を一つ越えるだろう。

 そういうわたし自身、単語をつなげたり拾ったりするだけなので、心もとない。次の例文は簡単なくせに面白い「読み」ができる。

     a) Last night, I ate chicken in the backyard.
     b) Last night, I ate a chicken in the backyard.

 鶏肉は「chiken」なので、a) が正解なんだろうが、「b) を正しい英文として読めば、簡潔で、とてもヴィヴィッドで説得力のある表現になるという。「a chiken」とは、「ある鶏1羽」なので、裏庭で鶏を捕まえて、そのままそこで食べたことになる。

 著者曰く「夜がふけて暗くなってきた裏庭で、血と羽だらけの口元に微笑を浮かべながら、ふくらんだ腹を満足そうになでている――このように生き生きとした情景が浮かんでくる」だって。「a」ひとつでここまで変わる発想がすげぇ。

 次。「猫を冷蔵庫に入れる」のと「猫を電子レンジに入れる」の違いがエキサイティングなり。

     a) She put the cat in the freezer to cool it off.
     b) She put the cat in her microwave oven to dry it off.

 つっこむ所が違うかもしれないが、著者は太字の違いを解説する。なぜ冷蔵庫が「the」で、どうして電子レンジが「her」になるのが自然なのか?

 かわいそうな猫をそっちのけにして、著者は純然たる意識の問題だと説明する。冷蔵庫というものは、どの家庭にでもあると意識されるが、電子レンジはまだそこまで普及していない。その意識の違いが「her」と「the」の使い分けで表現するそうな。

 前置詞を使った言い回しの解説は、非常に分かりやすい。to, at, on, in, about, out などの「位置関係」を使って視覚的に説明してくれる(絵はないけれど)。イディオムに悩まされている中高生にオススメしたい。

     a) He is off work today.
     b) He is out of the office today.
     c) He is out of work.

 a) も b) も「今日はお休み」だが、c) は「失業している」になる。out というのは三次元関係を表し、動詞に「立体感のあるものの中から外へ」という意味を与える。いっぽう、off は「あるものの表面から離れて」という意味を与えるという。

 目からウロコなのは、「時」を気にする英語と、「相」を重視する日本語の違い。訳文と並べて「時」「相」を比較してみると瞭然だ。

     a) Before I went to Beijing, I studied Chinese.
     b) 北京へ行く前に、中国語を勉強しておいた
     c) Before I go to Beijing, I am going to study Chinese.
     d) 北京へ行く前に、中国語を勉強する予定だ

 話の時制によって形を変える英語と、時制を気にしない日本語。つまり、過去のことなら過去形の、今のことなら現在形であることを強いるのが英語で、過去か現在かは気にせず、行動の状態(前・後)だけで済ますのが日本語。英語的にするなら、b) は「北京へ行った前に」となるが、日本語として不自然だろう。

 日本人の英語の不自然さを、日本語での違和感として教えてくれる。これはありがたい。例えば、「明治大学」を英語でどう書く?

     a) Meiji University
     b) University of Meiji

 大学名の英称なんて「決めごと」だから、どちらでもいいというわけではく、正解は a) だそうな。「University of ○○」の大学があるから、b) でもよさそうなのだが、この of は属性的な関係を表すため、○○には具体的に実在する地名が入る。「明治」は形容的につけられた単なる「名」にすぎないから、不適切だという。その違和感をあらわすなら、b) は「明治な大学」になるそうな。

 「英語の本質がわかると言っても過言ではない」と絶賛されているのは、著者の長い日本語生活のなかで、「この英文で彼・彼女は何を言いたいのか?」を先回りできるようになったから。少なくともわたしには、復習以上の「気づき」が得られたが、学生のときに読んどきゃよかった…と反省しきり。

 薄いのに濃い一冊。

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コメント

Dainさん、初めまして。いつも楽しく拝読しております。
『日本人の英語』は画期的な本でした。私もこの本のおかげで、定冠詞の使い方が理解できるようになり、以後の日英訳ではネイティブ・スピーカーに直されることが少なくなりました(翻訳を生業にしております)。私の感想はこちらにあります。よろしかったらお読みください→http://www.amelia.ne.jp/user/reading/essay_171.jsp
この本には続編もあり、そちらも“スゴ本”です。
それと著者のマーク・ピーターセン氏はこの本を日本語で書いたというのですから、その点も驚きです。

投稿: Jack | 2008.09.15 15:01

>>Jackさん

リンク先の感想を読みました。おっしゃる通り、「本書は読む人の英語力を測る物差しになる」ですね。ある程度の素地があって、初めてニュアンスの違いに目が行くようになりますから。

そのうち、「続」も手を出してみようかと。

投稿: Dain | 2008.09.17 00:34

読みました。名著です、まぎれもなく。
たくさんの日本人の英語に接してきたキャリアと、その違和感をたくみな日本語で説明する能力、すごいと思いました。

ほんと、なんで学生時代に読まなかったんだろう…です。

ちなみにこの著者の方は「ロイヤル英文法」という本にも携わっており、彼のポイントコラムは必読です。ある意味参考書の本文より、ためになるという。(私はこちらだけ知ってました)

投稿: ponta | 2008.09.18 13:09

>>pontaさん

「ロイヤル英文法」ですか…やりなおし英語で物色してたころ、その厚さにめまいしてました。図書館で借りてコラムだけを拾い読みするのもいいかもしれませんね。

投稿: Dain | 2008.09.19 00:02

私はこの本は読んでいません。英語国民の優越感が感じられ、不愉快です。

まあ、日本人の英語はおかしいぞといわれて、それを喜んでいる日本人は多いので、この類の本はニーズがあるのでしょう。フランスで’フランス人の英語’と題して、やれフランス人の英語はRの発音が巻き舌だ、云々といった本が出版されるのでしょうか?

投稿: usainadecline | 2010.07.13 13:15

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