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正しい死に方「死ぬことと見つけたり」

 「いかに生きるか」という問いは、そのまま、「いかに死すべきか」につながる。

 おっと、逆だ逆、「いかに死すべきか」を追求すると、「いかに生きるか」の行動様式が決まる。本書を読むことで、単なる「葉隠」の解釈論を超え、武士という特殊な思考をシミュレートできるぞ。

 まず、奔放痛快な時代劇として楽しめる。時代小説という枠に、ロマンスあり、ミステリあり、権謀術数と陰謀、冒険譚から謎解きまで面白い要素がこれでもかと詰まっているからね。

死ぬことと見つけたり上死ぬことと見つけたり下

■ 「自分の死」をシミュレートする

 しかし、彼らの苛烈な生きざま(と死にざま)を夢中になって追いかけているうちに、自分の死に対する構えも知らず知らず練りこまれていくに違いない。まさかというなら、このあたりを読んでみるといい。

朝、目が覚めると、蒲団の中で先ずこれをやる。出来得る限りこと細かに己の死の様々な場面を思念し、実感する。つまり入念に死んで置くのである。思いもかけぬ死にざまに直面して周章狼狽しないように、一日また一日と新しい死にざまを考え、その死を死んでみる。新しいのがみつからなければ、今までに経験ずみの死を繰返し思念すればいい。

 毎朝毎朝、じっくりと、自分の死をシミュレートする。だからこの小説の主人公、杢之助は、寝床から出てくる頃にはすでに死人(しびと)なのだ。そのねちっこさに、つい、自分もやってみたくなる。

 これが面白いんだ。キッチリと自分の死を想像すると、後の人生まるもうけという気分になる。「おまえはすでに死んでいる」のだから、今更なんの憂い、なんの辛苦があることか。すべてはあるがままのものとして受け止めることができる。

 この「死が生を支えている」感覚は、自分の死を覚悟するところから始まる。わたしなんざ頭デッカチになってしまい、まだ合理的な判断に拠ろうとしている意地汚さがある。しかし、あの時代のさむらいは、もっと行動よりの思考をしていた。

■ 正しい死に方

 正しい生き方があるのと同様に、武士には「正しい死に方」がある。これは命を投げ出せといっているのではない。無駄に死ぬことは、文字通り「無駄死」「犬死」というからね。よく「死を美化する」とか「見事に死んでみせる」と言われるが、誤解だろう。むしろ「正しい決断のために自分の死をカウントしない」ための方法論なのではないかと。

 たとえば、二つの選択肢がある。成功率が同程度なら、より死ぬ可能性の高いほうを選ぶのが武士なんだ。生きる可能性を考えることは、そこに執着が生まれているから。執着は判断を鈍らせ、斬撃のスピードを鈍らせる。結果、うまくいったとしても、そこに生じた執着を「恥」とみなすのが葉隠の思考様式なんだ。

 死ぬことを待ち構えていることとは違う。常住坐臥、只今の行動に全存在を懸けてしまっているから、生死を越えて恬淡としていられる。だから、「今というときがいざというとき」を常に実装しているのが「さむらい」なんだ。

■ 「葉隠」はLifeHackだ

 ただ、このような思想は太平の世には似つかわしくない。世事に長けた商人のような侍や、典型的な官僚武士も出てくる。リーマン侍、といったやつやね。実際、「葉隠」もファナティックを増長させるようなものではなく、組織のなかでいかに立ち回るべきかといったLifeHackも挙げているし。

 たとえば、「出世は目指すべきか」とか「至高の恋とは」、あるいは「売られた喧嘩は買うべきか」といった、実用的な(?)アドバイスにあふれている。その徹底的なところは、つくづく、人生は準備なんだということを思い知らされる。究極の準備、それは「死ぬ準備」なんだ。

 こうした葉隠思考とLifeHackを蒸留し、三人の武士に注入しているのが本書。おもしろくないワケがない。夢中になって読んでみれ、そして「自分の死」を覚悟してみろ。


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コメント

こんばんは。二度目の書き込みになります。

この本は、友人二人からの熱烈なお勧めにより読みました。
みなさんおっしゃる通り、すごくすごくおもしろかったのですが、それだけにこれが遺作であることが悔やまれます。。。

投稿: しろいまちこ | 2008.09.03 23:08

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