肩書、権威はないが、うまく周りを巻き込んだり上司を動かして、結果を出せる人がいる。いっぽう、呼び名は何であれ、その役職名に見合った影響力を発揮できない人がいる。いわゆる、「部下をちゃんと使えない上司」というやつ。
本書は、当人の肩書・権威とは別に、仕事をする上で充分な影響力を行使するための法則と方法がまとめてある。やり方を知っている人にはアタリマエというか、当然のコトばかりなんだけれど、ここまで徹底しているのは初。
例によって長くなったので、以下に目次。
■1 最重要は、8章「上司に影響を与える」と9章「やっかいな部下を動かす」
■2 類書との決定的な違い――カーネギー「人を動かす」
■3 人を動かす前提として、相手の「性格」ではなく「環境」に目を向ける
■4 類書との決定的な違い――チャルディーニ「影響力の武器」
■5 ビジネスの場で活用できるカレンシー(価値)
■6 相手との関係がこじれている場合はどうする?
■7 参考URL
そして、こいつはスゴ本。チャルディーニ「影響力の武器」やバーバラ・ミント「考える技術・書く技術」ぐらいの劇的な効果をもたらすことを請合う。サブタイトルが「現代組織を生き抜くバイブル」とあるが、看板どおりバイブルとして使っていける。
■1 最重要は、8章「上司に影響を与える」と9章「やっかいな部下を動かす」
全編これノウハウのカタマリのような本だが、一番使えるのは8章と9章だ。
まず、第8章「上司に影響を与える」は必読。上司とwin-winの関係を築き、上司に働いてもらうための全てのやり方が書いてある。上司を思うとおりに操縦するテクではない。上司とパートナーシップの関係を作り、理解し、後押しするための方法だ。上司との典型的な問題は、QA方式でまとめられており、即適用できる。例えば、
- 自分のアイディアを上司が受け入れようとしない
- 上司はちゃんと仕事をしないうえに、アドバイスを聞かない
- 上司は近寄りがたく、よそよそしい
- 上司から、やりがい、自由裁量の幅を引き出すには、どうしたらよいか
- 上司が指導方法を変え、能力開発やコーチングをするようになるには、どうしたらよいか
- パートナーシップを求めない上司には、どう対応するか
- 上司の能力開発のために、部下は何ができるか
の、それぞれの解答が幾通りも提示されている。そして、そのカギは自分自身にあることに気づかせてくれる。また、上司への影響力を阻む部下側の要因(最大の要因は部下の上司観)もまとめられており、いたれりつくせり。
さらに、第9章「やっかいな部下を動かす」も必読。部下に限らず、同僚の協力も得る方法も同様に書いてあるから。有能だが、扱いにくい部下・同僚に動いてもらうための全部の方法が書いてある。
ここのカギも自分自身。ピグマリオン効果を持ち出し、部下を味方と思えるところがスタートだという。つまり、よい成果を期待されると、その期待に応えようとし、駄目だと思われていると悪い行動をとる傾向があるからこそ、まず自分(上司)の態度をポジティブにせよ、という理屈だ。
影響力を発揮するための、指示、依頼、連絡、脅迫、懐柔、説得、恫喝、give-take、win-win など、実際の現場で様々な「やりくち」がある。しかし、難しい状況下や、話の通じないやっかいな相手・集団・組織を前にすると、なかなか実行できない。本書では、厳しい状況下における影響力の障害を取り除き、実際にどうアクションをとるべきなのかが解説されている。結果を出す力が劇的に向上していくはずだ。
■2 類書との決定的な違い――カーネギー「人を動かす」
このテの本は沢山出ているし、人を動かす秘訣は、山本五十六に聞かずとも知っているだろう―― やってみせ、言って聞かせて、させて見せ、誉めてやれ。でもそれだけでは足りないのだ。さらに、脅してきかせ、すかしてなだめる──ことが重要。笑顔と怒顔の両方が必要。この「強く出る」のは諸刃の剣なのだが、(毒も含めた)効果的なやり方もオプションとして有用だ。
あるいは、カーネギー「人を動かす」の秘訣を思い出すかもしれない。カーネギー曰く、「人を動かす秘訣は、この世に、ただ一つしかない」という。しかも、この事実に気づいている人は、はなはだ少ないそうだ。
人を動かす秘訣は、間違いなく、一つしかないのである。すなわち、みずから動きたくなる気持を起こさせること――これが秘訣だ。
そして、どうすればみずから動きたくなる気持ちを起こさせるかというと──相手の望むことをやってやれとか、積極的にほめてみせよとか、相手を重要視せよとか五十六元帥と同じことを言い出す。「人を動かす」を読みながら、ほめられたり目立ったりするのがキライな人ならどうするの? とか、そもそも相手が望むことって何? とツッコミを入れたくなる。
あのね、それは分かっているけど、簡単にはできないことなの。何をすればいいのかは知っているけれど、どうやってすればいいのかが、分からないの!
その声にズバリ応えているのが第4章「なにが人を動かすのか」。システマティックで打算的かもしれないが、法則から実践までエゲツないほど赤裸々に書いてある。相手の「性格」ではなく「環境」に目を向け、相手が何によって評価され、報酬を受けているか徹底的に調べよという。そうすることで、「相手が望む価値」が何であるかが見えてくる。
■3 人を動かす前提として、相手の「性格」ではなく「環境」に目を向ける
よく「相手の性格を推し量り、理解につとめよ」といわれるが、嘘だ。「性格」なんて相当知り尽くさないと分かるものでも無いし、そんな時間も余裕も無い。だいたい、そんなによく知らない仕事相手の「性格」を決めるなんて、失礼極まりない。
だから、「相手を取り巻く環境要因」に目をつけろという。要するに、相手が何によって評価され、報酬を受けているか徹底的に調べよという。仕事で何を担当し何に責任を負っているかを調べる(これは「性格」より簡単のはずだ)。それによって相手が価値を置くものや、ものの見方、他者との接し方の傾向が見えてくる。
- 何をもとに評価されているか、報酬を受けているか
- 組織外から受ける圧力や出来事
- 上司からの期待
- 同僚からの期待
- 組織文化風土
- 教育訓練の内容」
- 担当業務の性質(定性・定量的、創造性、リーダー・フォロワー)
- キャリアの足跡(ポジション、組織内・外のキャリア、潜在能力、満足度)
相手が仕事をしている環境や状況から、何が相手の行動を左右しているかが読み取れる。相手が何に価値を置いているかを見つけることで、こちらとの価値の交換に何が必要か導くことができる。
■4 類書との決定的な違い――チャルディーニ「影響力の武器」
また、チャルディーニ「影響力の武器」という名著がある。いかにYESを言わせるかを徹底分析しており、人間が社会的証明、権威、希少性などひっかかりやすいことが、これでもかというほどあらわにしている。これは人間関係間の影響力について「開いて」書いてある本で、交渉や対話の場に応用できるテクニック本として有益だろう。
いっぽう本書は、ビジネスの場に「閉じた」指南書で、より具体的で実践に即したものとなっている。個々の対話ではなく、より戦略的に相手に影響を与えるための方法論なのだ。「武器」が個対個を想定したナイフや銃器であるならば、本書は爆撃機やミサイルなど、より広範囲なパワーを行使する、さしずめ「影響力の兵器」といったところだろう。
あるいは、「与えつづけよ、さらば得られん」などと言う人は多い。ギブ・ギブ・ギブ・ギブ・ギブしていけば、いずれ必ずテイクできる。だから貢献に徹せよというアドバイスは、嘘だということを知っている。
もちろん、貢献し続けることで協力を得やすくなることはあるが、いつもそうとは限らない。相手が「貸し」を返そうとしない場合はどうするのか? そもそもギブをギブだという自覚がなければ、相手は「貸し」だとは思わない。
そういう相手にはどうするのか? 第7章「交換の戦略」に、相手にプレッシャーを与える方法、その阻害要因、現場での交渉術がまとめてある。ありていに言えば恫喝の戦略だ。率直にオープンにするか、一部だけにするか、計画に執着するか、その場の状況に合わせるか、win-winを目指すか、win-loseでもテイクするのかなど、実にさまざまな戦略オプションを提示している。win-winは確かに理想だけど、現実は違う。それを知っていながら、「win-win以外のオプションを捨てる」ことがいかに愚かしいかが沁みるほど思い知らされる。
■5 ビジネスの場で活用できるカレンシー(価値)
本書では、相手が価値を持つものをカレンシー(currency、通貨)と呼んでいる。そして、影響力を行使するとは、相手が価値を置くものを提供し、その代わりにこちらが得たいものを得る、つまり価値の交換のことだと定義している。いかにもゲンキンかもしれないが、ビジネスや組織の場で活用できるカレンシーは、想像以上にある。
- 気持ちの高揚や意欲を喚起するカレンシー(ビジョン、卓越性、倫理) : 組織のためになる、より大きな価値がある、重要なことを上手くやれる機会が持てる、「正しい」ことを成し遂げている――こうした気持ちを相手に渡せることで、相手を「その気」にさせることができる
- 仕事そのものに役立つカレンシー(リソース、学び・成長、支援、対応、情報) : 予算、人手、場所、時間、スキル向上のチャンス、業務的バックアップ――これはそのまま交渉のテーブルに乗せられる「価値」
- 立場に関するカレンシー(承認、ビジビリティ、評判、接点) : 努力や能力を認める、幹部層の目にとまることで、所属感覚を持ったり、自己の重要性に気づかせたりする
- 人間関係に関するカレンシー(理解、受容、一体感) : 親身な態度や友好的な応答、私的なサポートを差し出すことで、相手との一体感を得ることができる
- 個人的なカレンシー(感謝、当事者意識、自己意識) : 恩義を受けたことへの感謝や、受けた恩義を忘れていないことをあらわしたり、重要な業務への責任感を感じさせたり、自己尊厳、アイデンティティを再認識させることで、参加モチベーションをあげることができる
重要なのは、自分のカレンシーを低く見積もりすぎないこと。自分が誰の許可も得ずに使えるものは何か? に着目することで、自分が使えるリソースが意外にあることに気づくはずだ。リソースといえば予算や昇進(ポスト)しか思いつかず、それが無ければ交換に使える価値を持っていないと思い込むのはもったいない。
感謝の気持ちを伝えること、正当な評価をすること、尊敬の気持ちを表すこと、仕事を手伝うこと、依頼にすばやく応えること―― 自分が使える資源を広くとらえることで、相手の望むカレンシーを差し出すことができるのだ。
■6 相手との関係がこじれている場合はどうする?
「相手が望むもの」が分からない。自分のカレンシーが相手に合っているのかどうか、確認したい。こういう場合は、相手との関係がこじれているときがほとんどだろう。お互い、疑心暗鬼に陥っていて、何を言ってもうまく伝わらない状況に違いない。
こんなとき、どうする?
本書では、強力な方法が紹介されている。それは、「直接当人に訊け」だそうな。相手との関係は最悪か、それよりマシなぐらいか。しかし、それでも、あえて、単刀直入に聞いてみろ、とアドバイスしている。以下のコピペが役に立つ。
少しでもあなたの助けになれるように、少なくとも邪魔しないで済むように、どんなプレッシャーを受けているかを、教えてください。私たちの業務と関係があるし、お互いに助け合えば利点があると思うのです。
これは経験がある。以前イヤな目にあった相手に否定的な感情を持ち → 相手を避ける → 悪意があると思い込む → 相手を責める → 影響力が発揮できない → 相手に否定的な感情を持ち(以後ループ)…
ハマりこむ否定ループから抜け出るのに、わたしが取ったシンプルなやり方は、「相手のところへ出向いて、直接聞き出す」だった。もちろん同僚とはいえアポイントを取り、相手の席へ出向いて、下心なく真摯に聞く。本書で指摘するとおり、「あなたが聞いてくるとは思わなかった」と言われた。こちらがネガティブなイメージを抱いていると、相手にも伝染るというのは本当。相手もわたしを恐れていたようだ。ちなみに、このミーティングは成功で、両方ともに良い結果が出せたと申し添えておく。
わたしはエイヤっと飛び込んでいったが、本書ではもっと成功率の高いノウハウが詰まっている。
まず、相手の動機と意図を否定的に「予断」することを止めろという。理解しがたい行動を取った相手の意図を、その「性格」のせいにするなと。代わりに、前述の「環境」に拠るものではないかと考える。自分の気に入らないことをするからといって、相手を悪者扱いしたり、愚者だと決め付けることは、ものスゴい魅力的に見える。しかし、それは結局、自分の首を絞めることになる。
次に、相手とのチャンネルを開けという。相手に直接いくまえに、相手のことをよく知る同僚に確かめることで、相手に対する理解が深まる。相手を避けることは、相手の正しい情報が減ることだ。だから、正しく判断することはますますできなくなる。これを肝に銘じて、接点を増やせという。
そして、誠心誠意で問いかけることが重要。何とかしてやりこめてやろうとか、質問の皮をかぶった非難になってはいけない。否定的な「どうして○○してくれないのですか?」といった質問は、問いかけているのではなく、責めているのだと心得ておく。否定的にとらえないための問いかけコピペとしては、こんなものが紹介されている。
- あなたが対応しなければならないプレッシャーについて、もっと理解したいのです
- あなたの業務担当の内容と役割を教えていただけるでしょうか?
- あなたの懸念を減らすためにお役に立つことで、私にできることは何でしょうか?
- ○○について懸念をお感じのようですが、それは具体的にはどのようなことですか?
最悪の場合、無視されるか追い払われるかだ。しかしそれはまずありえない。率直に問いかけてくる場合なら、相手はたいてい歓迎する。また、自分が置かれている状況を説明するのは、けっこう嬉しいもの。オープンな態度で行くならば、どこまで「さらけだす」かは別として、困っていることをなるべく話してくれるだろう。
「いや、それでも相手はガンコなんだよ!ワガママなんだよ!」と自分が思う場合は、自分を疑ったほうがいい。相手へのわだかまりで自分自身の視線がゆがんでいないか、コミュニケーションチャネルを合わせることを放棄していないか、もう一度考え直した方がいい。影響力を行使する一番の障壁は、自分自身なのだから。
■7 参考URL
残念ながら、本書は "Influence without Authority"(権威のない影響力)の全訳ではない。全16章のうちの前半9章を翻訳したもので、応用編がごっそり抜けている。スピードを重視して「影響力の法則」の真髄をまずお届けしたかったそうな。mottainai.
それでも、この前半9章だけでも非常に参考になると思う。文字通りゲンキンなところもあるが、ビジネスの場はこれぐらいドライでもOKでしょ。むしろ、このくらい計算高くないとしのいでいけないのかも。
以下、参考URLを記載しておく。
"Influence without Authority"の本家本元がここ↓より複雑な事例が紹介されている。
Influence without Authority
その一部の日本語訳は、ここ↓に集められている。研修プログラムなども用意されているが、本書を読んでから考えてみるといいかも。
Influence
翻訳者のブログでは、セミナーの案内、著者からのメッセージが紹介されている。
影響力の法則 あれこれ
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