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読み巧者を探せ「半歩遅れの読書術」

 スゴい読み手を探せる2冊。書評や読書術も役立つが、それよりも自分好みの「読み巧者」を見つけるメリットが大きい。

 将を射んと欲すれば先ず馬から、良書を得んと欲すれば先ず読み手から。わたしが知らないスゴ本は、きっと誰かが読んでいる。だから、本を探すのではなく、人を探す(それは、あなたかもしれない)。本書のような、いわゆる「本の本」を読む理由は、ソコにある。

半歩遅れの読書術1半歩遅れの読書術2

 本書は、日経新聞の同名のコラム4年分をまとめたもの。新刊ではなく、あえて1~2年たった「ちょい古」な本をセレクトしているところがミソ。いわゆる著名人によるレビュー・書評というよりも、むしろ本をダシにした読書の愉しみや本にまつわる思い出語りが楽しい。ここでは、本書で知った読み巧者を中心にご紹介~

■ わたしが見つけた読み巧者

 まず、小林恭二がいい。

 いや、氏の小説は一冊たりとも読んでいないが、彼のオススメ「鷲か太陽か?」(オクタビオ・パス、書肆山田、2002)はぜひとも読んでみたい(「波との生活」が絶品とのこと)。あるいは、「巴」(松浦寿輝、新書館、2001)もチェックしてみよう。

 では、なぜ彼のオススメに惹かれるのか? それは、本書でこう言っているからだ。

明治以降の日本の作家のうち、偏愛する作家を一人あげよと言われれば、わたしは躊躇なく石川淳の名をあげる。漱石や康成も偉大な作家だったと思うが、どうもあの何かというとクローズアップされる「内面」についてゆけない。もちろん石川淳にも内面があるが、それ以上にドラマがある。
 そうそう!とおもわず膝を打つ。石川淳の劇的な物語と稚気と衒いに満ちた文章への評価は、わたしの気持ちとぴったり重なる。わたしと同じ趣味で、わたしの知らない本を読んでいる=「わたしの知らないスゴ本」の読者の可能性大、というワケ。

 あるいは多和田葉子のオススメも惹かれる。

 「容疑者の夜行列車」が絶品だったので、そんな彼女の目をきらっとさせる「クライスト全集」(沖積舎、1998)は要チェック。良い小説を書く人は、良い小説を読んでいる(逆は必ずしも真ならず)。

 彼女曰く、クライストは「急流くだりをするような面白さ」なんだが、「そのわりには日本であまり読まれていないような気がする」という、知る人ぞ知る傑作。クライストの文章を評して「疾走する欲望の滑走路」なんて表現は、わたしなんぞ逆立ちしたって書けやしない。

 トドメの椎名誠がおもしろい。

 いきなり「ひつまぶし」の話から始める。名古屋名物の鰻丼だ。オヤジのお約束として「暇つぶし」どころではない忙しい食べ方だと語り始め、たいへん美味そうに紹介する。鰻丼をマクラにして、八丁味噌と赤白味噌の話、ひいては「アホ」「バカ」の分布へ。ここまでくればタネ明かしをしているようなもの。地域性から見た日本文化の話… ズバリ「地域性から見た日本」(クライナー、新曜社、1996)の紹介に入る。面白いのは、お雑煮の角餅と丸餅、醤油、焼酎と、食べ物から離れないところ。タコヤキ器を持っている所帯の数を調べてみてはと提案する。食いしん坊っぷりにこちらもニコニコしてくる。

 椎名誠といえば、「あやしい探検隊」だが、お株を奪うようないい本がある。しかも自分で紹介しているところがいい。「無人島が呼んでいる」(本木修次、ハート出版、1999)といって、ここまで持ち上げられたら、そりゃ読みたくなるってものよ。

この本はぼくにとって日本の無人島旅の最も正確なガイド書かつバイブルとなっている
■ 「この本がイイ!」も見つかる

 本書をブックハンティング・ガイドブックとして読んでも効果がある。

 たとえば、体に聴く本「暮らしの哲学」(ポル・ドロワ、ソニーマガジンズ、2002)なんて面白そうだ。哲学の立脚点、自己認識。そのスタートとして自分自身の身体に聴け、という姿勢が面白い。

 まず、「自分の名前を呼んでみる」。最初はバカバカしい気がするが、そのうち誰かに呼ばれているように感じ始める。そして呼ぶ自分と呼ばれる自分の、内と外との相互感覚の中に自分を置いて、そこで起こるかすかなめまいのようなもの、自分が自分から剥がされる感覚を味わえという。

 あるいは、「おしっこしながら水を飲む」。上から水を注ぎいれて、下から出す。毎日やっている行為だが、それを同時に行う。ありえないことだが、飲んだ水がのどから尿道までまっすぐに流れている気がする。単純この上ない身体になっていく。一本の管になっていることを実感せよという。

 そういう、日常における非日常を体感するアイディア満載の本があることを知った。読む――というより実践してみたいね。

■ あの人がこんな本を…

 いっぽう、あの大家がこんな本にハマるなんて… といったミスマッチを探すのも一興。

 たとえば、堺屋太一。シュリンクの「朗読者」にハマっている。15歳の少年が熟女に喰われるハナシといえばミもフタもないが、ホロコーストを裁く法廷の被告となった彼女と再会するあたりがガツンとくる。これを読んで、非常に個人的な出来事をモジモジ思い出してる堺屋氏がカワイイ。

 また、沢木耕太郎が「ハリポタを読む中年サラリーマン」を揶揄しながらマジメに論評しようとするのが笑える。立場上、流行は押さえておかないと。ベストセラー作家はベストセラーの呪縛から逃れられない好例なのかも。ファンタジーを楽しむよりも、その社会現象を腑分けしてやれ、という視線が透けてイヤらしい。

 ひどいのが城山三郎の書評。経済小説の先駆者として著名だが、ラヒリ「停電の夜に」に手を出している。彼の興味からほど遠いにもかかわらず、ムリヤリ読んで、強引に感想を書いているのが哀しい。文筆業の宿命か。

■ 「これはひどい」書評とは

 興味の持てない本を仕方なく読んだ人の感想は、とても分かりやすい。「あらすじ」ばかり書いているのだ。読み手のココロに響くものがないから、中身の要約に終始する。あるいは、目次のキーワードを適当に羅列したシロモノになる(夏休みの課題図書の読書感想文を思い出すべし)。

 これを読まされるわたしはたまったもんじゃない。スジを知りたくて書評を読むのではないから──と同時に、わたしのレビューがそうなっていないか自省する必要がある。

■ 「これはひどい」読み方とは

 「読書に即効性を求めるのは、一番貧しい読み方だ」と、浅田次郎は断言する(GOETHE 2008.2)。読書とは、ずーっと蓄積していく教養であって、薬じゃないんだから。

―― それは分かるんだけれど、それでも効き目を求めてしまうのが悲しい性。すぐ効く本は、すぐに効き目がなくなる。うんこ本は100冊読んでもうんこ。せめては新刊書レースから降りて、自分評価を決めた本を選びたい。そんな姿勢をまねる意味でも、本書は遅効性のある妙薬なのかも。

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コメント

オクタビオ・パスは、「鷲か太陽か?」より、ちくま学芸文庫の「弓と竪琴」の方が入手しやすいような気もします。「弓と竪琴」も傑作なので、読んでみて欲しいです。

投稿: goldius | 2008.04.18 10:03

>> goldiusさん

「弓と竪琴」のご紹介、ありがとうございます。「鷲か太陽か?」はぜんぜん見つからず、目下捜索中ですので。「弓と竪琴」でパスを試してみますね。

投稿: Dain | 2008.04.19 07:26

図書館で早速、上巻を借りてみました。
僕は、古井由吉と香西泰が好きです。
古井由吉からは『立ちどまって』、
香西泰からは『それが僕には楽しかったから』
を読んでみたくなりました。

投稿: あおしゅん | 2008.04.19 15:36

>> あおしゅんさん

ありがとうございますー
おおー、好きな作品だけではなく、オススメしてくれる人を見つけたのは、お宝ものかもしれませんね

投稿: Dain | 2008.04.19 23:03

小林恭二はオススメですよ。手に入りにくいようですが、「ゼウスガーデン衰亡史」をぜひ読んでみてください。さびれた遊園地から始まるハチャメチャな叙事詩です。

投稿: Gozz | 2008.04.27 15:15

>> Gozzさん

ありがとうございます、「ゼウスガーデン衰亡史」は、あっちこっちでオススメされ、わたし自身も惹かれるのですが、いまだに手を出していません… 「今読みたいリスト」と「今読まねばリスト」の折り合いをつけようとすると、どうしてもランクダウンしてしまうのです… 精進せねば。

投稿: Dain | 2008.04.29 11:28

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