親になったら読むべき6冊目「子どもにいちばん教えたいこと」
つまり、躾や学校教育だけでなく、一人でやってくための生活スキル(料理・掃除・洗濯)も重要。さらに、困難な事象に対処するための問題解決のスキルも外せないし、なによりも人を信頼し、うまくやっていくコミュニケーションスキルは、親の責任だ。
こんなこと言うのは、わたしに欠けている自覚があるから。親になって初めて「教育」を考えるようになった。子どもといっしょに、自分が教育しなおされている感覚。いや、もっとハッキリ言うなら、子どものおかげで、わたしが「大人」になれたんだ。
だから、育児書を読むのは、半分以上わたしのため。今回は、小~中学生の教育に携わる人にとってかなり有用な一冊を読んだので、紹介する。
■ どんな本?
理想の教育のひとつの形が示されている。いや、フィクションじゃない。ロサンゼルスの移民家庭の小学5年生を受け持つレイフ・エスキス教師の体験記だ。
このクラスは、毎年シェークスピア劇を上演し、英語が第2言語である子どもたちを続々と名門大学に進学させている。文字通り、指導次第で子どもは驚くほど伸びることを実証している。
ただし、「ティーチャー・ハック集」としてしまうと大事なものを読み落とす。実際、いくつかのノウハウは賛成しかねるし、特に「教室内ヴァーチャル通貨でお金の教育」なんてやりすぎだ。それでもオススメするのは、ノウハウの根底に「子どもを一人前にする」発想があるから。
もちろん、教育の現場で即効くやり方も紹介されている。「暗算ウォーミングアップ」や「数タイル問題」なんて先生が知ったらすぐに使いたくなるだろう。でも、それだけじゃないんだ、わたしが子どもと一緒にやりたくなる、そんな楽しい「学び」が紹介されている。
■ どんな先生?
著者、レイフ先生がどんな教師なのかを知るには、子どもたちとどんな関係を築いているかを知るほうがてっとりばやい。こんなエピソードがある。
去年、ある先生にひとつ質問しようとしました。そしたら、その先生は怒って言いました。「それは前にも教えたでしょう。あなたは聞いていなかったのね!」って。でも、ぼくは聞いていました!ただ、理解できなかったんです。レイフ先生は、ぼくが理解するまで、500回でも答えてくれます。もしある生徒が掛け算で悪い点数をとったら、それはたった一つのことを意味する。彼がまだ掛け算のスキルを理解していないということだ。だから喜んでふたたび彼に教える――そんな先生。
あるいは、テストは温度計みたいなものだと断言する。温度を測る代わりにスキルの習得度を測る道具にすぎないと。テストの低い点数が世界の終わりではないことを子どもたちは理解する必要があると説き、そう実行している。つまり、テストは(隣の子/教室/学区ではなく)過去の自分と比較するためのモノサシとして使うのだ。
そして、本当に大事なことは、人生のもっとも重要な問題――性格、正直さ、道徳心、寛大さなどに関する問題は、標準テストに出題されない、だからこの教室で学んでほしいと訴える。
では、「ココロを育てる先生」なのかというと、それだけではない。子どもを学びに向かわせるユニークな手法が紹介されている。たとえば…
■ ティーチャー・ハック1 : 暗算ウォーミングアップ
暗算ウォーミングアップは、授業のイントロダクションとして行われるゲーム。計算に強くなるだけでなく、メートル法や分数、科学、歴史、文学で用いられるさまざまな「数字」に詳しくなる。こんなカンジで進められる(生徒は、それぞれ0~9の数字が記入されたタイルを持っている)。
「オーケー、全員、7という数字を思い浮かべて(全員考える)
それに4をかけて(子どもたちは黙って28を思い浮かべる)
それを倍にする(56)
そこから50を引く(6)
答えは?」
生徒たちは即座に6のタイルを掲げる。
この暗算ゲームのいいところは、算数に閉じないところ。
「アメリカ合衆国の州からはじめよう(50)
それに1ダースの数を加えて(62)
それから最高裁判事の人数を引く(9を引いて53)
それにフォートナイトの週の数を加える(2なので55)
それを11で割った数は?」
全員が5を掲げる、という按配だ。このゲームの利点は、全ての子どもが参加するところ。全員が正しいと信じるタイルを掲げる。名前は呼ばないので、誰も注目されることがなく、とまどいの恐怖は消え去る。全員に答えを掲げさせることで、誰が理解し、誰が助けを必要としているか即座に分かる。
レイフ先生は知っている。合衆国の小学校のほとんどの教室は、恐怖によって管理されていることを。問題は、多くの教師たちが教室の秩序を保ちたいと願うあまり、秩序を保つためなら何でもするところにある。なぜ著者が知っているかって? それは、同じ罠、つまり目的が手段を正当化する罠にハマったことがあるからだ…と告白している。
■ ティーチャー・ハック2 : 数タイル問題
百聞一見、マーシーのウェブサイトをどうぞ→[ Mercy Cook Math ]要するに虫食い算なんだけれど、ミソは問題文にある。タイルが0から9しかなく、虫食いの穴は10と決めてある。つまり、同じタイルは二度と使われないというところ。訓練をつむことで、カード全体を分析することができる。
この「暗算ウォーミングアップ」と「数タイル問題」でゲーム感覚で算数に親しむことができる――というよりもむしろ、「問題を解く」ことが非常に戦略的なゲームに感じられるはず。次の「選択肢の罠を推理する」なんて(選択式問題に悩まされた人なら)ひざを打つ授業だろう。
■ ティーチャー・ハック3 : 選択肢の罠を推理する
レイフ先生は、黒板にこう書く。
63
+ 28
―――
A
B
C
D
そしてふり返ってこう言う。
「よろしい、みんな。これがスタンフォード9テストの問題だとしよう。みんなも知っているように、きみたちの将来の幸せや成功を決め、銀行にあずける金額も決めるテストだ(子どもたちの間から忍び笑いがもれる)。誰か答えられる人?」
もちろん「91」と答えるだろう。だが、重要なのはここから、レイフ先生は続けてこう言い出すのだ。
レイフ「たいへんよろしい。Cは91にしよう。Aにどんな数字がくるかわかる人は?」
イセル「35です」
レイフ「すばらしい!どうして35なんだい、イセル?」
イセル「足すかわりに引いてしまったときの答えだからです」
レイフ「そのとおり。Bに入る間違った数字はどうかな?」
ケビン「81です。1繰り上げるのを忘れたときの数字です」
レイフ「また正解だ」
このクラスでは、多肢選択式テストが念入りに工夫されていることを学びとる。一つの正しい答えがあって、あとはでたらめに間違った答えが並べられていることはめったにない。問題をつくる人はどこでつまずきやすいかを予想し、そこに罠を仕掛ける。生徒たちは推理して、罠を突き止め、回避するのを楽しむのだ。
生徒たちは20問の選択式テストを受けるとき、それを80問のテストとみなす。生徒の仕事は、20個の正しい答えと60個の間違った答えを発見すること。正解を一つ選ぶことだけでは済まされない。なぜそれを選んだのか説明を求められる。さらに、他の答えがなぜ不正解なのかをも説明しなければならない。そうすれば、生徒たちは提示されている全ての選択肢を見、考え、分析することを余儀なくされる。
■ 世界一やさしい問題解決の授業
同名の本があるが、ありゃMECEやロジカルシンキングを学校生活にあてはめた手引書。レイフ先生の授業こそ、文字通り「世界一やさしい問題解決の授業」だろう。
漫然と問題を出して答え合わせをするのではなく、問題を解決するプロセスのロードマップを提示し、実際に適用させている。学期の初めに生徒全員は次のロードマップを受け取り、まず「問題解決のやり方」について学ぶ。
1. 問題を理解する
鉛筆を置く
関連するデータを集める
2. 適切な戦略を選ぶ
絵を描く
算法を選ぶ
予測し、チェックする
パターンを探す
図表をつくる
考えをまとめて整理する
さかのぼって考える
3. 問題を解く
鉛筆を持つ
4. 分析をする
わたしの答えは意味をなすだろうか?
問題にぶつかったとき、生徒はどのプロセスで「問題」だと認識したのかを、このロードマップによって知り/伝えることができる。そして、このマップに立ち戻ることによって「どうすれば」次のプロセスへたどり着けるかをも見ることができる。
「問題の解き方」を具体的に示し、適用させる教師はめったいにいない。
生徒が問題を解くのに苦労していると、教師はしびれを切らして、「頭を使え!」と怒鳴る。頭を使え? それはいったい、どんな意味なのだろう? この命令で、いい結果にいたった人などいたのだろうか? この教師は「頭を使え」を「以前に教えた解法を適用せよ」といいたいのだろう。ロードマップでいうならばステップ2で適切な戦略を選ぶアシストが必要なことがわかる。
いっぽう、「もう一度読んでごらん」はどうだろうか? これはふつう、生徒が勇気をふりしぼって教師に応援を頼んだときに発せられる。そして「もう一度読んでごらん」と命令されると、あまりに怖くて次のように答えられない。「あの、先生、何回も読んだのですけれど、まだ分からないのです、助けが必要です」―― ステップ1でつまずいているのだから、問題そのものの解説が必要だ。
これをくり返すことによって、問題にどう取り組んでいけばいいかを「自分で」知ることができる。応用範囲は算数や文法にとどまらないことは指摘するまでもない。
■ わたしの学び
ドキッとするようなこともある。いまのわたしの悩み「子どもとお金」についてだ。
子どもに手伝いをしてもらって小遣いを与えることについて、嫁さんと意見が分かれている。嫁さんにしてみれば「家の手伝いをするのはあたりまえ。報酬として小遣いを渡すのはおかしい」という。いっぽうわたしは、「労働と報酬はリンクしていることを学ばせたい」と考える。これは「○○したからお金ちょーだい」とか、「お金をくれたら△△してあげてもいいよ」という態度を促すそうな。
本書にはこうある。
子どもに雑用をしてもらってお小遣いをやるのはかまわない。わたしたちの資本主義のシステムはそのように動いているのだから。けれども危険なのは、正しいふるまいをしたからといって子どもに贈り物や金銭をやることである。正しい行動は望まれるものであって、報われるものではないことを、子どもに示す必要がある。この悩みは尽きないだろうが、「正しい行動は望まれるものであって、報われるものではないこと」はわたし自身の態度で示していきたいもんだ。つまり、「正しいからする」行動には見返りを求めてはいけないってね。
まだある。自分の人生に満たされない思いをしている人に、次の一文は刺さるかもしれない。
からかい半分で、わたしは生徒たちによくこんなことを言う。親や教師など、周りの人々を喜ばせるために自分の人生を決定してしまっているのなら、それは大きな不幸だろう。わたしがどこまで取り戻せるかわからないが、満たされない思いの何割かはここから来ていることを痛感させられる。
「きみたちはわたしのために歯をみがくのか?」
「わたしのために靴のひもを結ぶのか?」
「そんなことはバカげているのはわかるだろう?」
それなのに、多くの子どもたちは依然として教師を喜ばせることに日々を費やす。親を喜ばせたいという欲求はさらに強い。多くの子どもたちは親を満足させるような大学を選ぶ。そうした子どもたちは、成長して欲求不満の大人になり、仕事を嫌い、なぜ自分の人生がそれほどまでに満たされないのか理解できない。
スゴい先生がいるもんだ。いわゆる、セミナーや印税や顧問料で暮らしている「元教育者」ではない。毎週のように校内暴力や器物破損事件が発生し、警官の姿が絶えない荒れた学校で、奇跡のような教育を実践する小学校教師だ。
小学生の子どもを持つ親に、ぜひ読んでほしい一冊。
これまでの「親になったら読むべき」5冊は、以下をどうぞ。
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コメント
すばらしい本を紹介していただき、ありがとうございます。娘は、まだ幼いのですが、親の気構えとして、早速、今のうちに読んでおきます。
ところで、仮想通貨の話は、ABAでよく使われる強化子としてのトークンの応用じゃないでしょうか。だとすると、公立学校から、障害のある子のための支援学級まで、結構、使われている手法だと思います(米国では)。
投稿: 金さん | 2008.04.04 13:03
>> 金さんさん
はい、おそらくトークンの応用だと思います。
米国の他校の例が知らないため比較できませんが、「仮想通貨で"席"を買い取り、クラスメイトにレンタルする」とか「溜めるものは益々富んで、使うものはどんどん貧者に」といった本書の事例を見ると、やりすぎかも…と思いました。もちろん、現実の厳しさを教えるという考えは正しいのですが、「お金の教育」は躾とおなじぐらい『親の領域』だと考えてるわたしには、抵抗感のほうが強かったです。
投稿: Dain | 2008.04.06 21:58
ああ、そうなるとABAのトークンとは別もんですね。トークンは行動を強化するためのご褒美なので、子供たち同士での交換は不可なんです、普通。
そうなると、このお金の教育は、別の意味で興味深いです。やっぱり、読まなくては。
投稿: 金さん | 2008.04.07 11:31
>> 金さんさん
>トークンは行動を強化するためのご褒美なので、子供たち同士での交換は不可
勉強になります。本書のやり方が特別「特殊」ってなわけでもないんですね―― とはいうものの、わたしの子が通う学校で始めたら反対する可能性大です。
投稿: Dain | 2008.04.08 23:44