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面白くて、恐ろしい「その数学が戦略を決める」

その数学が戦略を決める ㌧でもないけど非常に説得力のある「やりかた」を知って大興奮する。いっぽうで、キナ臭さとウサン臭さも感じる一冊。

 本書で紹介される「絶対計算」は、あまりに強力&魅力的だ。「ご利用は計画的に」「使用上の注意をよく読んでお使い下さい」がピッタリ。たとえば…

  1. ワインの値段を、収穫した年の降雨量から予測する
  2. ハリウッド映画の脚本から興行成績を予測する
  3. 買い物履歴と離婚率
  4. 性犯罪者の保釈をするか否か「計算」する
  5. 症例データに基づいた医療

 IT技術革新によりテラバイト単位のデータ集積が可能になった。大量のデータを解析して相関関係を見つけ、未来を予測する絶対計算者(Super Crunchers)はスゴい。医者、政治家、評論家の「経験」や「直感」に基づく判断と同じどころではなく、それ以上の結果を弾き出しているのが痛快。

 たとえば、「ワイン」なんて典型で、降雨データからその土地で収獲されたワインの値付けの相関関係を見つける手法はお見事としかいいようがない。あるいは、一見したところ全く違う要素の相関関係を計算しつくすことで、意外な事実を見つける方法は、今だからこそできるようになったんだろう。

 いい話ばかりじゃない。VISAの「カード購入履歴と離婚率」なんてちょっとウソ寒い。カード履歴を元に「もうすぐあなたは離婚しそうですよ」と言ってきたらオーウェル的だが、「…こんな弁護士なんていかが?」とオススメしてくれる社会はやってきそうだ。

 タイムリーなのは、Life is beautiful の、「コンピューターはうそつかないので見逃さないで済む」らしいと、4章「根拠に基づく医療」がどんぴしゃ。デジタル化されたカルテから医師「たち」の集合知を抽出する試みが紹介されている。ただしこれを絶対視しているわけではなく、

専門家の色眼鏡を通したデータだけに頼るかわりに、診断はむしろ医療システムを使う何百万人もの人々の経験に基づくべきだ。実際、データベース分析は最終的には診断を下すにあたって何を調べるべきかに関する意思決定の改善につながるかもしれない。

という。微妙な判断が求められ、誤診リスクが高い場合、複数の医師に診断してもらうと安心だ。医師のリソースは限られているため、「蓄積された診断結果」にアシストしてもらうわけだ。「がん発見のための医療画像自動診断システム」なんて良例。

 ただし、モノには限度がある。症例・診断データベースを極限まで追求すると、未来世紀ブラジル(が古ければマイノリティ・リポート)な世界が見えてくる。本書では「グーグル診断」や「グーグル療法」をしている若い医師が紹介されているが、彼にはかかりたくないものだ。

 このように、これでもかというぐらい大量データ解析の例が挙げられており、無いのはコンビニPOSぐらいかと呟いていたら訳者解説でしっかりフォローされていた。山形浩生氏の翻訳本に共通して言えることだが、解説が二重マル。きちんとまとめているだけでなく、欠けている点を補ったり噛み砕いたりしており、解説だけで"読んだフリ"ができる(「誘惑される意志」なんて本文より解説のほうが明快かつ面白いぜ)。

 最後に、わたしの不安。回帰分析マンセーな論調にはウサン臭さとキナ臭さを感じる。そもそも回帰分析と事象との相関関係は説明されていないので。「だって膨大なデータが語っているんだもん」の賭け金はどこまで釣りあがるのか見えないのが怖い。カネじゃなく命まで懸かっている場合もあるからね。

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コメント

dainさんが紹介すると、やっぱり読みたい。古本屋で見た時に買えば良かった。ヤバい経済学と同工異曲かと思たのは甘かったです。

投稿: 金さん | 2008.01.15 12:40

>>金さん

禿同。

立ち読みしては「確に回帰分析的」なぁんて思う→買わずに帰宅→PCにてdainさんの文章を読む→ムズムズ→翌日再び書店で立ち読み…

いま現在、半分ほど読み進めてしまったので、さらに買うか否かの迷宮に突入(苦笑)

投稿: th | 2008.01.16 15:48

ラストの訳者解説が秀逸なので、そこからチェックすることをオススメします。よくできたレジュメ+補足なので、とっかかりとしても◎

投稿: Dain | 2008.01.17 00:55

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