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「プロジェクト・ブック」はスゴ本

プロジェクトブック 建築デザイナー向けだが、システム屋のわたしにも効果大のスゴ本。

 本書は、建築タイポロジーの解説ではないし、建築デザイン・テクニック集でもない。仮に本書が建築デザインについての形式論・類型論だったなら、わたしにとって、何の役にも立たないだろう。

 しかし、デザイナーとしての才能やテクニックに関係なく、つくるキモチに焦点を当てている。たとえば、場のつくりかた、発意の仕方、他者との共有方法を理解することで、どういう瞬間にプロジェクトが「まわって」いるかを感じとれる。いちいち具体的で、かつ、そのままITプロジェクトにハマる。

 デザインプロジェクトに効く63のキーワードと、現場の会話ログを追いかけるうちに、プロジェクトを「まわす」のに建築もシステムも大差なく見えてくる。つくる「モノ」は違えども、つくる「コト」は同じなのだから。

■1 場所をつくる

 大きなテーブル、広い壁、ライブラリー、気持ちのいい椅子、逃げ場が大原則。

 テーブルは全員で囲めるぐらい大きいやつを。広い壁は知識の共有のため、椅子は最も接触する時間が長いから最高のものにすべきだという。そして、「片づけるな!」とクギを刺す。キレイにしてしまうと、前回を思い出す暖機運転が必要だからだ。

■2 キャスティングをする

 プロジェクトの初期段階で風呂敷を広げて、性別、年齢、特性など、さまざまなキャストを思い浮かべろ、という。そして、(ここがスゴいところ)キャスティングからプロジェクトを逆定義すべし、と言い切る。つまり、人でプロジェクトを描くわけだ。

 キャストどおりに人を集めるかどうかは別として、プロジェクトを押さえるのに良い方法だと思う。プロジェクトをロールプレイング・ゲームに喩える「仕事を100倍楽しくするプロジェクト攻略本」も同じココロ。

■3 施主を読む

 システム屋にとっては「顧客」「お客さま」に相当するのが「施主」、つまり建築主だね。どれぐらい似ているかは、以下の引用で分かる。

プロジェクトの始まりにおいては、施主自身、自分の考えていることを充分に理解していない場合が多い。地図を読むのと同様に、施主を読まねばならない。施主が持っているイメージは断片的で、矛盾しており、不鮮明である。

 だからこそ、インタビューを通じて深い対話が不可欠だという。反論・意見は慎んで、決して結論を急がない、ブレインストーミングのようなミーティングが必要だという。「施主を読む」感覚は大事にしたい。施主の気持ちの水位を高め、ひとつのプロジェクトを一緒にやっているという「共犯関係」へ持ち込みたいからだ

■4 ブレインストーミングの10か条

 「批判しない」、「時間を区切る」といったルールはアタリマエかもしれないが、なじみのない原則が目を引いた。「視線を泳がせろ」や「メモは取るな」というルール。ブレストは歩きまわって意識を切替ながらすべきだし、メモは記録係(トラッカーと呼ぶ)にまかせて集中しろ、という。見出しだけ引用する。

  1. 批判しない
  2. 誰でもいい
  3. かぶってもいい
  4. ゴールをクリアに
  5. 時間を区切る
  6. 場所が大事
  7. ポジショニング
  8. とにかくしゃべれ
  9. 視線を泳がせろ
  10. メモは取るな  ←■6 を参照

■5 ホワイトボード重要

 ホワイトボードの重要さはどんなに語っても尽くせない。飛び回る問題とアイディアをつかまえられるのはホワイトボードだし、誰かのフィードバックを共有できるのはホワイトボードだけだ。

 議論を「あなたvsわたし」の構図から、「問題vsあなた+わたし」にするツールとして、ホワイトボードよりも強力なものを知らない。「書けないマーカーは捨てろ!」の絶叫には激しく同意する。

■6 トラッカー重要

 この存在は知らなかった!役割はPMチームやPMOが担うのだろう。プロジェクト全体を見渡しながら、現場で生まれるあらゆる情報の軌跡を追い、記録していく仕事。レビュー報告書だとか進捗報告といったテンプレート的なドキュメントはあるが、構造づけて整理し、いつでも再利用できるようにするところは注目すべき。メタレベルな視点は、現場にもまれているプレイング・マネージャには不可能だろう。

トラッカーをチームに加えよう。トラッカーは決して後ろを振り返るための仕事ではなく、前進するための推進力を生み出す仕事であると心得よ。

■7 ブランクパック手法

 プロトタイピングの紹介で知った方法。プログラミングの世界とは異なり、建築デザインのプロトタイピングでは、「そのプロトタイプ」の構成要素を共有する術がない(リポジトリがないからね)。

 そこで、ブランクパックの登場。ブランクパックとは、雑誌の編集部でつくる台割の考え方を応用したもので、プロジェクトを構造や外観、原価計算等の要素で構成された1冊の本をつくる。資料、統計データ、分析、アイディアをどんどんそこに差し込んでいき、コピーをとってメンバーで共有する。厚くなりすぎたら取捨選択して、つくりなおす(繰り返し)。こうすることで、紙ベースで全体像を把握することができる。

■8 建築デザイナーのプロトタイピング

 システム開発での教科書的な「プロトタイピング」とずいぶん違うが、わたしが経験したプロトタイピングそのものが書いてあって面白い。

 プロトタイプの本質は「作っては壊す」の繰り返し。再利用しつつ肉付け、なんてことはない。いわば、作り直すことの練習をしているようなもの。その中から、デッサンによって選ばれた線のように機能・デザインが採用されていった。

■9 Synchronicity

 偶然にしてはできすぎているが、心に届いたもう一冊の本「イノベーションの神話」と同じ論が展開されていた。まずは「イノベーションの神話」より。

  問題を20日で解決しなければならないとしたら、
  私は19日かけてその問題を定義する

  アインシュタイン

 次に、本書では「視点を絞る」という見出しでこうある。

  何が問題なのか?
  そのことが明確に定義できれば、
  デザインは8割方終了したに等しい

  デーン・トゥイッチェル

 世の中の事象はあまりに多種多様複雑を極めていて、問い自体を絞ることが、デザインの重要なプロセスだという。強度の高い問題ができれば、デザインも物理学も同じということか。

■10 アブダクション(abduction)という手法

 すごいやり方。前提にある問題群を一挙に解消できるようなフレームを、突然思いついてしまう瞬間がある。このとき、問題は解決されるといより、新たな形で再発見されている。帰納(induction)でも演繹(deduction)とも違う推論形式。真髄はこれ↓

  1. 驚くべきCがある
  2. もしAが真なら、Cは当然のことだ
  3. ゆえに、Aが真ではないかと考える理由がある

 例えばヒマラヤ山頂で大量の化石が発見されたとき(C)、事実を説明するためにここは海だったという仮説(A)を立てると、一挙に事態が了解される。「経験をいくら集めても理論は生まれない」とアインシュタインは言ったそうな。

 天才の発想やね。

 分析的なアプローチから「創造」に至るダイナミズムは生まれない、というのが本書の主張。創造を「モノ」として切り出すのではなく、身体・環境・時間を含む「コト」として扱うことを目指している。

 ケーススタディとして、実際のコンセプトデザインのミーティングのログを読む。恐ろしいほどアバウトな言葉で緻密に語っている。手も目もクチもいそがしい、やかましい。

 ひとつの建物をデザインする際、人工衛星の視点→鳥の目(バードビュー)→ご近所との関連性→近隣マンションの視線→道路に面した部分という垂直・水平視線移動がスゴい。さらに、家族に高齢者がいることから、「彼が死んだら、生活空間はこう再構築される」と真顔で語る冷徹さもスゴい。

 このミーティングログ、えらく読みにくいレイアウトなんだけど、ぜひ目を通してほしい。プロジェクトが血肉の通った生々しいものとして見えてくるはずだ。そしてラストのページで、あれだけモメにモメ、跳躍と七転八倒したデザインの完成形を目にするとき、それまでの会話群をいっぺんに了解するだろう。

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コメント

「プロジェクトブック」から、自分のエントリー4本ぐらい引っ張りました。
分や全然違うのに、なんだかいろいろやってみたくなる本ですよね。

投稿: medtoolz | 2007.12.10 12:41

>> medtoolz さん

ああ、確かに。「建築デザイン」はモデルケースとしてあるだけで、その枠から外れても使えますよね。

投稿: Dain | 2007.12.10 23:12

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