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釘宮病から脱出する、たったひとつの冴えたやりかた

 全国 1,000万人の伊織ちゃんファンのみなさん、ニヤニヤしてますか。

 わたしならだいじょうぶ、1日100回聞いたことはあるけれど、毎日百回なんて無理ムリ。生活に支障をきたすもんね。10回程度だから中毒ではな…い…はず…。

 ただ、何を聞いても釘宮ヴォイス変換できる耳になったのはありがたい。たとえば、「ホームでは、白線の内側まで下が… …ってないと許さないんだからーっ!!」とか、「キミぃ、こないだの会議の報告書なんだけど… …あったま悪ぅーい、バッカじゃないの!?」といったカンジだ。こないだなんて嫁さんと、こんな会話になった。

   嫁さん 「ねーねー、さいきん飲み会ばっかりで遅いよね」

   わたし 「しょーがないよ、つきあいなんだし」

   嫁さん 「なによー キスしたくせに! もっと早く帰ってきてよねっ」

   わたし 「わかったわかった」

 もちろん嫁さんは「キスしたくせに」なんて一言も発してない。しかし聞えるのだ、あの声で。相手の本心が聞えるようになったので、非常に便利だ。読心術の一種か、サイキック・パワーに目覚めたのだろう。

 ところが、先日、とんでもないことが起きた。あ…ありのままに起こったことを話そう。

 25:00、家族が寝静まった頃合いを見計らってアクセスする。ヘッドホンは必須だ。ヴォリュームは最大だ。罵倒BGMでヘッドバンギングしながらblog更新にいそしむ。わたしを取り戻す時間、今日と、明日が出会うとき… 時報にキれそうになる。

 何周目だろうか? ちょうど「伊織ちゃんを称えるコーナー」に差し掛かったとき、

   「なにしてるの?」

   「qあwせdrftgyふじこlp」

 精神的にはズボンを半分おろした状態だったので、コタツごと飛び上がった(ように見えたらしい、嫁さんの目には)。

 はずみでジャックが外れる、室内を圧倒する大合唱。

      へんたいー!(閣下)
      へんたい!(あずさ)
      へんたいー!(美希)
      へんたい!(とかち)
      へんたいー(真)
      へんたい!(千早)
      へんたいー(雪歩)
      う゛ゃぁ!!へんたい(全員)
      へんたい(伊織)変態!
      大変態ヘンタイ変態 … …

   「なにこれ?…ってかウルサイ!!」

   「qあwせdrftgyふじこlp、qあwせdrftgyふじこlp」

      フンフンフン!
      よく聞きなさいよねっ

      別にアンタのことなんか、
      これっぽっちも考えちゃいないわよ

      何ニヤけてるのよ…もう…バカ
      バカぁ!
      バカッ!
      バカ!どどどどど変態!

   「はやく切りなさーーいっ!!」

 ばたん、とノートを閉じる。断ち切れたように静寂が訪れる。

   「アンタ.… … … … … … 」

 わたしのほうを見やる嫁さん。路傍の石を眺めているような無感動さだ。「アンタ」で絶句しているため下の句は分からない。髪の毛が逆立っている。静電気だと思いたい。

   「ほ~~~~~んと、バッッッッカじゃないの!!??」

 ずっきゅーんとキたね。「ずっきゅーん」はガンダムのビームライフル音を充ててくれ。

   「いま、なんつった?」

   「さいってーの、アホバカ旦那だって言ったのよ!もんくある?」    「泣くよ!子どもが!アタシは呆れてものもいえないけどー」    「バッカじゃないの!?聞いてる? バッカじゃないの!?」    「もー、なさけないったら!信じられなーい!」    「バッカ!バッカ!バッカ!もういっぺん、バーカ!」

 とかナントカ。もちろん極めつけの「イライラするのはアンタのせいよ!」も聞けた。Kanon事件([1][2][3])で理解を得ていたと思っていたが…水瀬名雪(16)ならOKなのに、水瀬伊織(14)だとダメとはこれ如何に…、ロリコンのボーダーラインは14歳というからなぁ…いやいや、水瀬秋子(年齢不詳)派だと思っていたのか? まさか…思考は忙しく駆け巡るのだが、そのうちどうでもよくなる。罵詈雑言を嫁ヴォイスで聞いているうちに、ニヤニヤがとまらない。

   「なにニヤニヤしてんのよ!それこそヘンタイじゃないのよ!」

 もう半泣きである。みなもの問い詰めもかくあるやという勢いである。ひとしきり感情を爆発させたあと、もういっぺん再生しろという。ニコニコにアクセスする。黙って聞いている。隣のカラオケバージョンを見つけて、再生しろという。そして宴が始まる…

   「変態変態ど変態」    「かっこ悪いったらありゃしないわ」    「バカ言ってんじゃないわよ!」    「頭使いなさい!」

   「イラつくわーイラつくわーイラつく」    「イライラするのはアンタのせいよ」    「ほんっとダメダメなんだから」    「アナタねぇいいかげんにしなさーいっ!」

 もうね、フル嫁ヴォイスよ。ネットとヘッドフォン越しの「安全な場所」からではなく、ほぼ目と鼻先のゼロ距離からの罵られオンパレード。B.B.の10センチ爆弾だって「10cm」あったのに。そのとき、わたしの心は、

   ( ゚∀゚)o彡

 曲が終わるころ、嫁さんは疲労困憊だった。狩りのコツは獲物を疲れさせることにある。2周目が終わる頃、脳内のすべての釘宮ヴォイスは嫁ヴォイスに塗り変えられており、ふたりはきゅあきゅあになっていた… いおりんの罵倒セリフは、全て嫁さんの声でオーバーライドされた。これぞ夫婦和合の奥義!なのかどうかは知らないが、「男は名前をつけて保存、女は上書き保存」は真なのだ。

 不治の病と呼ばれていた釘宮病の特効薬は、「リアルツンデレを浴びる」に尽きる。具体的にはパートナーに「罵ってけ」を歌ってもらうことだ。え? 嫁もしくは彼女がいないって? …そ、それは… お母さんに歌ってもらうとか

 …というわけでクリスマスの性夜、長かった闘病生活も終わりを告げようとしていた。まなめさんが[これ]を伝えるまでは。

   ( ゚∀゚)o彡
   ( ゚∀゚)o彡
   ( ゚∀゚)o彡

 え? どうなったのかって?
 もちろん、くっぎゅくぎゅにしてもらってるよ☆嫁さんにね

 

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この本がスゴい2007

 今年「も」沢山のスゴ本と会えたのは、すべてあなたのおかげ。
 ありがとうございます、大感謝しています。

 たとえば、「この本よかった」とblogに書く

  1. すると、「ソレが良いなら、じゃぁ○○なんて、どう?」と教えてくれる
  2. じゃぁ、○○を読む
  3. なんと、す、スゲぇッ(絶叫)
  4. いそいで、「○○はスゴ本」とblogに書く
  5. ふたたび、「ソレが良いなら△△どうよ?」
 このフィードバックループのおかげで、普段は読まないエリアまで手が伸びる伸びる。

 もちろん嗜好の違いによる「ズレ」はあれど、それは単に「面白がって読めなかった」にすぎない。むしろ、そいつを味わうためのキャパ不足を痛感しただけでもめっけもの。その本を面白がって読むことはスキルの一つ。

 気の毒なことに、「トシとると面白い本がなくなる」とグチるオッサンがいる。知見の狭さや思考の固さよりも、無自覚な様子が傍目に痛い。ああはなりたくないものだ。「ボクの範囲」を限定して、その中で独善的に読むカワズには、もう戻らない。

 さて、2007年のスゴ本を蔵出し。アク・クセ・ドクのある逸品ばかりだが、「これはスゴい」太鼓判は鉄板。

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 夢中小説・徹夜漫画 : 寝る食う忘れて読みふけれ!
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■ 夜の来訪者(プリーストリー)[レビュー]

夜の来訪者 戯曲。緊迫した展開と、最後のどんでん返しがスゴい。自信をもってオススメ

舞台は裕福な家庭、娘の婚約を祝う一家団らんの夜。そこに、警部と名乗る男が訪れて、ある貧しい若い女性が自殺したことを告げる。そして、その自殺に全員が深くかかわっていくのを暴いていくが…

 ステージはリビングだけ。登場人物は金持ち一家と、「警部」のみ。派手なアクションも、大仰なセリフ回しも、一切なし。それでいて、「人間というもの」をえぐり出してくる、恐ろしい、おそろしい。セリフを追っているだけなのに、表情が見える。ラスト、驚きのあまりクチがO(オー)になっているのが見える。なぜって? わたしのクチも、同じ形になっているからさ!

■ 血と暴力の国(コーマック・マッカーシー)[レビュー]

血と暴力の国 極上のクライムノベル。ものすごくピュアな悪(大文字のEVIL)が形を取るとき、それは天変地異と呼ばれたり、単に「運命だった」と片づけられる。じゃぁ、それが人の形を取ったならば? ―― それがシュガー、主人公を徹底的に追いかける絶対悪。

 ストーリーは極シンプルかつ濃厚。描写も展開もムダが一切ない。キャラの扱い容赦なし。地の文と会話と内省が区別なく進み、描写の接写/俯瞰の切替は唐突で、動作は結果だけの、最適化された文章。

 ただし、読者が単純化するのは危険。「追うものと、追われるもの」という物語らしい構図を引いて読むのは読者の勝手だが、ガツンと犯られちまえ。どんな「運命」が待っていようと、物語を構造化したのはアナタなんだから。

■ ゴーレム100(アルフレッド・ベスター)[レビュー]

ゴーレム100 最強かつ最狂かつ最凶の超スゴ本。あるいは、完全にぶっこわれた小説。脳がねじくれるような感覚を味わうならオススメ。読みながらのたうちまわれ。

 ストーリーなんてページをめくらせるための方便。食べられるように読まされる。下品、汚猥、造語、駄洒落、鏡言葉、Double Meaning、神話、パロ、アメコミ、抽象画像? 崩壊した言語感覚のタレ流し。このままだと何のことだか分からないので、amazon紹介文で想像してくれ。

22世紀のある巨大都市で、突如理解不能で残虐な連続殺人事件が発生した。犯人は、8人の上品な蜜蜂レディたちが退屈まぎれに執り行った儀式で召喚した謎の悪魔ゴーレム100。事件の鍵を握るのは才気溢れる有能な科学者ブレイズ・シマ、事件を追うのは美貌の黒人で精神工学者グレッチェン・ナン、そして敏腕警察官インドゥニ。ゴーレム100をめぐり、3人は集合的無意識の核とそのまた向こうを抜け、めくるめく激越なる現実世界とサブリミナルな世界に突入、自分の魂と人類の生存をかけて闘いを挑む。

■ ザ・ワールド・イズ・マイン(新井英樹)

 「デビルマン」級、これ以上の評を持たない。
 読め(命令形)、ただし猛毒。

ザ・ワールド・イズ・マイン1ザ・ワールド・イズ・マイン2ザ・ワールド・イズ・マイン3
ザ・ワールド・イズ・マイン4ザ・ワールド・イズ・マイン5

■ ミノタウロス(佐藤亜紀)[レビュー]

ミノタウロス 徹底的に感情を排した文が並ぶ。感情移入をさせないためか、あるいは語り手が読み手を拒絶しているのか。カッコ 「 」 で括られた会話が出てこないのが異様だ。読み手を含む他人を寄せ付けない淡々とした語り口が恐ろしい。こいつに感情とやらがあるのか? アゴタ・クリストフ「悪童日記」を思い出す。

 絶対悪というテーマで「血と暴力の国」と比べるとオモシロイ。「ミノタウロス」の悪行には歴史の激動や血族の確執といった動機の裏づけがある。いっぽうで、「血と暴力の国」に出てくる悪の化身は、理由がない。サイクロンが理由なしに吹き荒れるのと一緒。

■ 黒い時計の旅(スティーヴ・エリクソン)[レビュー]

黒い時計の旅 これは、もうひとつの二十世紀の物語。ヒトラーが死なず、1970年代になってもドイツとアメリカが戦争を続けている二十世紀。わたしたちの知る二十世紀と、もうひとつの二十世紀の間を、物語が振り子のように行き来する。

 本に飲み込まれる。物語に引きずり込まれ、その世界に放り出され、彷徨い歩く。driveされているのは「わたし」だ。現実は幻想に侵犯され、幻想も現実が浸透していく感覚。物語のイメージは夜、しかも真黒なやつ。読み始めるとすぐに、手で触れられる闇がねっとりと皮膚にからみついてくる。

 翌日を無視してもいい深夜から、どうぞ。

■ オン・ザ・ロード(ジャック・ケルアック)

オン・ザ・ロード アメリア合衆国を横に3回縦に1回移動する(しつづける)話。いいね、いいね!ハートに「また」火がついてしまった。尻が浮く感覚(?)とでも言えばいいのだろうか。パックされていない、開いた旅をする人のココロをガッチリとつかんで放さない。「ガクセーの頃これ読んじゃったので、合衆国を走ってきた」という痴人知人がいるが、ようやく分かった。

 こういう旅、というか動く感覚が分からない人にとっては、ただの自意識タレ流し旅行顛末記でしかなく、「結局どうなるの?」なんてマヌケな自問を繰り返すことになる。行き先が目的なのではなく、行き先へ向かって移動しつづけることが「旅」なんだ。

 既に誰かが言っているだろうが、村上春樹はたっぷりとここから吸収しているね。

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 エロチックとグロテスク : 死とsexを嗅げ・舐めろ
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■ 死体のある光景(キャサリン・デューン)[レビュー]

Deathscenes 劇薬度No.1 カリフォルニアの殺人捜査刑事が個人観賞用に収集した膨大な「死体のある風景」のスクラップ。ふつうの人は、読んではいけない。

 見られることを意識しなくなった体と、そこに刻まれた痕を見る。メッタ刺しにされた挙句、深深と抉られた売春婦の腹部と、剥き出しにされた陰部を見る。若く美しい女の裸が、森の中で宙吊りになっているのを見る。爆発した上半身と、意外にちゃんと付いている足を見る。はみ出した大腸を見る。はみ出た脳を見る。首吊り自殺現場を見る。ショットガンで文字通り蜂の巣となった痕を見る。

 これだけ大量の異常死体を執拗に見つづけると、いつしか慣れてくるものだ―― というのは激しく間違っており、絶対に慣れることはないし、吐き気もおさまらない。ただ、実にさまざまな死に方で人は命を奪われるのだなーと感慨深い。具体的に死を眺めることができる。選べるのなら、もっと穏やかな死にしたいものだ。

 もう一度。ふつうの人は、読んではいけない。

■ 城の中のイギリス人[レビュー]

Sirononakano あー、これも、ふつうの人は読んじゃダメ。

 たとえば、生きのいいタコがうじゃうじゃ蠢く水槽に少女(13歳処女)を投げ込んで、体中に貼り付かせる。タコとスミまみれの彼女(顔にもタコべったり)を犯す→破瓜の鮮血とドス黒いスミと白い肌のコントラストが眩しい。その後ブルドック2匹が獣姦。ぜんぶ終わったらカニの餌。

 というシャレにならない話が続く。蛸ネタが有名だが、わたしゃ、氷のディルドで肛虐するシーンがキたね。剥き出しにされたオンナの肛門が意志をもった生きもののように反応する様は、純粋に不思議な心持になった。澁澤龍彦が「これはエロい」と太鼓判押したぐらいだから、自信をもってオススメできる(ただし、ふつうでない人に、ね)。

■ アッチェレランド(世徒ゆうき)

アッチェレランド 2007年No.1のエロマンガ。画、ストーリー、実用度ズバ抜けてこれが良かった。

 2006年「ガールズ・シャワー」(関谷あさみ)、2005年「となりのお姉さん」(玉置勉強)と、実用度の高いエロマンガを紹介してきた。メガストアに代表される人外としか見えない超巨乳に心底ウンザリさせられている昨今、あえてフツーサイズで勝負をしてくるのがリアル。

 特に本書では、「どうみてもベルダンディーです、ありがとうござました」と呻くしかないような女の子が出てくる。違いといえば額のキチェがないぐらいだから、ベルダンディーにハァハァしたい人あつまれ!

 喫茶店のカウンター、列車内のデッキ、校庭裏、試着室と非ノーマルなのがいい。全裸ではなく、一部露出しているのが非日常でいい。若草が萌え出るぐらいがいい。美少女というより、きれいなお姉さんぐらいの年齢がいい。明るく楽しくいたす話もいいし、ツンデレかと思いきや病んでたという話もいい。女性リードがいい。

■ 実践イラスト版スローセックス完全マニュアル(アダム徳永)

実践イラスト版スローセックス完全マニュアル ええ、もちろん三次元も充実してますぞ―― というか、いままでのやり方が完全に間違っていたことに気づかされて、相手の感覚そのものを意識するようになった。

 いままではセックスを「コミュニケーションのひとつ」として考えていた。「お互いの心身ともに満足」なんてうまく行くときもあれば、そそくさとした夜もあった。セックスとは、うまくいったりいかなかったりするもので、オトコは射精が一応の到達点だと決め付けていた。

 それが、本書で変わった。まったく別のチャネルに気づいていなかったのだ。ハウツーテクは大昔のワニブックスを彷彿とさせるが、目からウロコなのは、「もっとカラダとコトバ全部を使ってたっぷり時間をかける」、「トレーニング(≠経験)を積んで上達する」という点。

 それは、民放しか入らないと思っていたテレビのリモコンに通話口があることに気づいたようなもの。コミュニケーション・チャネルというよりも、新しいドアのようなもの(開けたら驚くぜ)。夜の生活を詳細にレポートしたいのはやまやまだが、恥ずかしいので勘弁な。男子諸君は読むだけで変わる。婦女子ならパートナーに読ませるべし。書影は「イラスト版完全マニュアル」だが、同趣旨の「スローセックス実践入門」については→[レビュー]

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 仕事に使える : PM必携
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■ 問題プロジェクトの火消し術(長尾清一)

問題プロジェクトの火消し術 究極のプロジェクト・コントロール。火事になる前に読んでおけ

 火消屋として、落下傘部隊としての経験上、これは使えると断言できる。もちろん机上論もあるが、「来週から現場」になる『前』に押さえておきたい。本書の前に「MECE」「水平思考」「仮説思考」をおさらいしておくと吉。お手軽なHacks/Tipsは、無い。泥臭いし、熱いし、煩い。これが実践。

 デスマそのものを無くすためには、「火事場プロジェクトの法則」が素晴らしい。…が、本書は、炎上したプロジェクトが前提。そこへレスキュー隊長として突入する際のバイブルになるだろう。

 「こうきたら→こう返せ」的な問答集がいい。プロジェクトが迷走するとき、顧客はこんなセリフを吐かないだろうか?

  1. そんなはずはない
  2. 何やってきたんだ(怒)
  3. ウチのせいじゃない/オマエのせいだ
  4. シラネーよ
  5. 上のものを連れてこい
 この状況を、著者は「ガンを告知された患者」にたとえる。うすうす気づいてはいたものの、イザ言われるとなるとガーン!!(笑)となって「そんなはずない」とうろたえるやつ。気の毒だが、受入れてもらわなければ治療も手術もできない。

 どうするか?

 「悪いニュース」は、早め小出しがポイントだそうな。

 いきなりドーンと言い放つのではなく、定例会議などで小出しに「兆候」を見せる。次に、「初期診断では現場の××の様子がおかしいので、本当の原因が何なのか、どんなアクションが必要なのかを見極めたい」と持っていく。小さな要求を承諾させた後、もっと大きな要求「本格的なリカバリー」の必要性を呑ませる。フット・イン・ザ・ドアというやつ。医者なら、「軽い胃潰瘍ですね。レントゲンに少しカゲが見えます。念のため、調べてみましょうか」。

―― といった心構えから仕える言い回しまで徹底的に教えてくれる。「着手したらまず契約書の違反事項を読んでおけ、顧客との関係が破綻してから訴訟対策をしても手遅れだから」といったドライ(ビジネスライク?)な忠告まである。

 使う/使わないは別として、火消し術は平和なときこそ、押さえておきたい(もちろん使わないに越したことはないんだけどな…)。

■ 目標を突破する実践プロジェクトマネジメント[レビュー]

目標を突破する実践プロジェクトマネジメント TOCが腹で分かる。あるいは、プロジェクトを成功させる魔法の言葉がある。。ゴールドラットの制約理論は「ゴール」読んだだけで知ったかぶっていた。あるいはクリティカル・チェーンは、PMBOK3で分かった気分になっていた…が、TOCを実践でどう適用していいのか分かっていなかった。本書はそいつを、徹底的に、肌感覚で分からせてくれる。しかも、『読んだらそのまま』使える仕掛けが施されている。

 「山積み・山崩し」の肝や、「遅れは伝播するくせに、進みは伝わらないひみつ」、あるいは「サバ取りの極意」(←これは読んだ今日使った)といった、いま、わたしが必要とするネタばかり。納期に間に合わせるために無意識のうちにサバを読んでしまう(丸めてしまう/下駄履かせてしまう/バッファ入れてしまう)心理が、いかにプロジェクトを圧迫しているかがよく分かる。建築業のPM手法だが、SI屋にも使える。「チームで協力してつくること」の本質は、ここにある。

■ 仕事を100倍楽しくするプロジェクト攻略本[レビュー]

仕事を100倍楽しくするプロジェクト攻略本 プロジェクトは冒険だ、そしてキミは勇者だ。王さまの話を聞き、仲間を集めてパーティーを編成し、レベルアップに勤しみ、最高のクリアを目指す――なんのことはない、昔っからゲーム相手にしてきたことと一緒。あのときの「ワクワク感覚」そのままに、プロジェクトの現場を捉えなおしてくれる。この視点はありそでなかった。

 プロジェクトを「まわす」にあたり、本当に必要な内容だけを吟味してまとめてある。テクニック集と見ると、既知のものが多かったが、本書からもらった一番だいじなものは「勇気」やね

 実際、PMのインセンティブは雀涙のくせに、文字通りサンドバッグ状態となるのはバカバカしい。誰かのうんこを舐め取らされる思いは二度としたくない、と思っていた――が、本書のおかげで、もう一度挑戦してもいい、と思えるようになった。

■ 2日で人生が変わる「箱」の法則[レビュー]

 60分で人生を変えるスゴ本。人間関係のキモが理解できる。どんな場合でも、最初にコミュニケートする相手、すなわち自分が「見える」。読む順番は、

  1. 自分の小さな「箱」から脱出する方法[レビュー]
  2. 2日で人生が変わる「箱」の法則[レビュー]

でどうぞ。あらゆる争いごとの根っこが「見える」。「あらゆる」なんて言っちゃうと、宗教や歴史といったセンシティブな話題まで振り幅が大きくなるが、無問題。夫婦喧嘩から中東問題まで、この原則で斬れる。

 えらく自信たっぷりに振りかぶっているけれど、ホント?

 ホント。なぜなら、わたしが変わったから。まさにここに出てくるオヤジのやり方で、人生と対決してきた。わたしの人生を取り返しのつかないものにする前に、本書と出会えてよかった。ただ、自分の腹で理解するために、幾度となく読み返し、実践する必要があった。百冊の自己啓発本を読むよりも、本書を繰り返し「実行する」ことをオススメする。

自分の小さな「箱」から脱出する方法2日で人生が変わる「箱」の法則

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 2007年No.1スゴ本
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■ カイト・ランナー(カーレド・ホッセイニ)[レビュー]

 今年最高の一冊はこれ。ただし、人前で読まないほうが吉。激しくココロが動くから。

 アフガニスタンの激動の歴史を縦軸、父と子、友情、秘密と裏切りのドラマを横軸として、主人公の告白体で読む。描写のいちいちが美しく、いわゆる「カメラがあたっているディテールで心情を表す」ことに成功している。amazon紹介文はこんなカンジ。

小さい頃、わたしは召使いであるハッサンとよく遊んだ。追いかけっこ、かくれんぼ、泥棒ごっこ、そして凧あげ。わたしはちゃんとした学校へ通っていて、読み書きもできる。しかし、ハッサンは世の中の「真理」をすべてわかっているようだった。真理とは、愛や慈悲、そして罪、というものについてだ。12歳の冬の凧合戦の日。ついにそれが起こる。

記憶の底に決して沈めてしまうことのできない罪…。他人を救うことの困難さ、友情、愛、畏れについて深く考えさせる、アフガニスタン出身作家の鮮烈なデビュー作。

 この紹介は◎、なぜなら、言いたいことを伝えつつ、うまーく隠していることにも成功しているから。読み終わったあと、もういちどこの紹介文に戻ってみると分かる幾重にも読み解けるから(このへんはミステリ仕立て)。

 本書は、ニューヨークタイムスのベストセラーに64週ランクインし、300万部の売上に達したという。アフガニスタンが舞台の物語としては異例だ。おそらく、「父と子」、「友情と裏切り」、「良心と贖罪」といったテーマの普遍性が、読者層を厚くしているのだろう。あるいは、移民のアイデンティティを意識したテーマは、出身国や文化圏を超えているからかも。

    For you, a thousand times over
    きみのためなら1000回でも

(12/26追記) ごめん、文庫版が出てたのを知らなかった。書影を差し替えておくね(shaw さんありがとう)

君のためなら千回でも(上)君のためなら千回でも(下)

 最後に。こうしたスゴ本は、自力ですべて見つけたわけではない。あるいは、全部オススメされたわけでもない。コメントやリファラでたどったり、誰かのつぶやきに『あえて』釣られることで出会ってきた。本を触媒にして、それに反応する「ひと」を探してきた。スゴい本を探すというよりも、スゴい本を読んでいる「あなた」を探す。このblogの究極の目的が、それ。

 「この本がスゴい」企画も4年目。振り返ると自分でもわかる、年を追うごとに、どんどんいいリストになっている。今年「も」たくさんのスゴい本に出会えた。ぜんぶ「あなた」のおかげ。本当に感謝しています、ありがとうございます。来年も「あなた」を探して/信じて/釣られて、スゴい本を手にしていきたいですな。

  この本がスゴい!2006
  この本がスゴい!2005
  この本がスゴい!2004


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他人の悪夢を強制的に見る「バッド・チューニング」

バッド・チューニング 旧聞に属するが「お兄ちゃんどいて!そいつ殺せない!」をご存知だろうか?

 ネットストーキングの典型と片づけることは簡単なんだが、わたしが恐ろしいと感じるのは、「最初はフツーだった」こと。ちょいヲタな女のコの凶気に気づいたときには手遅れ。異常行動もさることながら、「まさか」が現実化するプロセスは恐怖そのもの。

 「バッド・チューニング」を読んでいて、同じ恐怖を味わった。

 わたしが選ぶ「一人称の小説」には、たいてい罠があるので、用心して読み始める―― が、大丈夫みたい。トラップはなさそうだし、「私」はそれなりに信用のおける(ただし人としてサイテー)男のようだ…

 で、2日目の夜ぐらいに気づくわけだ。こいつはおかしい、と。血と糞尿とゲロとセックスが入り混じるのはいいとしても、その「話者」はちょっとヘンだ。

 いや、それ以前にも違和感はあるのだが、この糞野郎の性格なんだろうと合点して読み進む。フツーの電波野郎は許容範囲。ただ、「普通の電波」とはちょいとチューニングがズれていたかもしれないが…嘘で塗り固めた自尊心と、過去の「ある出来事」に蓋をする必死さがこっけいだ。

 それが、あきらかに狂っているのかも? と不安になる。オレサマ描写は過剰演出なのかゲス野郎の妄想なのか、それとも全くの現実なのか分からなくなる。そのときには戻れないぐらい没入している。

 読むのをやめることができない。

 狂ってるのは、どっちだ? ってね。

 いちばんスゴかったのが、肉塊婆との対決。安キャバレーのデブ年増に言い寄られるのだが、婆というよりジャバ・ザ・ハットというほうがピッタリの肉塊と死闘をくりひろげる。おぞましく爆笑しながら、下腹部をカタくするべし。ラストのデウス・エクス・マキナよりも、ここが読みどころだぜ(断言)。

 あと、スティーヴン・キングのネタが見え隠れしてて愉しい。ちょい悪趣味でかなり下品だが、キングフリークなら笑いのめすべし。

 たとえば、あちこち「シャイニング」ネタが散見されてるし、「キャリー」と「ランゴリアーズ」は作品名まで挙がっている。読中感覚は「ドロレス・クレイボーン」の告白体で、血まみれバットは"Redrum"のマレットだね。ラストなんて「ローズ・マダー」のバッド・エンド版だなぁ。だいたい冒頭の「頸から下の皮を剥かれた女の死体」なんて、ビジュアル的に「キャリー」そのもの。キング信者は吐き気をこらえつつ、残滓を探しながら読むべ。

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東大生はどんな本を読んできたか

東大生はどんな本を読んできたか 「東大生は、どんな本をオススメされてきたのか?」

 ひとつの答えは、[東大教師が新入生にすすめる100冊]にまとめた。

 では、次の質問はどうだろう。

 「東大生は、どんな本を読んできたのか?」

 うーん、生協書籍部のランキングが切り口か。でも本郷って古本屋が山ほどあるし、最近なら amazon というルートもあるからなぁ… なんだか難しい本を読んでるイメージがあるけれど、それってホント? に真正面から答えたのが本書。

 著者は東大図書館の「中の人」──なのだが図書館に限定せず、新聞や小説メディアや駒場・本郷の古書街、大学生協の書籍部から複眼的に調べ上げ、「東大生の読書文化」に迫っている。

 しかしながら、結論は、「さもありなん」というやつ。

 漱石からうかがい知る西洋小説の流行、マルクス主義、岩波による思想形成、朝日ジャーナルと少年キング、教養主義といった文化史がなぞられる。出てくる書名はあまりにも典型的なので、当時は読む本が決まっていて、ある意味ラクだったのかなと勘ぐる。

 小ネタも面白い。

 たとえば、「最近の若者は『小説』のようなくだらない本を読んで困る」の実例があった。東京開成学校の「書籍縦覧室」に設けられた利用規則によると、

第三条 縦覧室ヲ設ケ科外の書籍学術ノ新聞及ヒ和漢書類雑誌等ヲ備フ故ニ校内ニ於テ小説稗史ヲ閲スルヲ許サス(p.20、太字はわたし)

要するに書とは漢籍であり小説のたぐいは卑なる扱いを受けていたようだ。

 また、本郷の書店のサイドビジネスは、講義ノートの「プリント」…要するに試験のアンチョコだそうな。これがかなり盛況で、出版社を抱きこんで「書籍」にまで仕立てあげ、版権をめぐって裁判にもなったという。いま目クジラ立てられている[Happy Campus]なんて可愛いものに見えてくる。

 以降、年代順に「東大生が読んできた本」を追う。順位は適当なのでご容赦。

■1 戦時下は、いかにも知識人が読む本

 1939年、文部省によって調査された「感銘を受けたる書籍」に対する東大生の回答(p.140より)

  1. 麦と兵隊(火野葦平)
  2. 生活の探求(島木健作)
  3. キユリー夫人伝(E.キュリー)
  4. 人間(A.カレル)
  5. 大地(パール・バック)

 日中戦争さなかということもあって、兵隊モノがベストセラーだったそうな。当時のベストセラーリストと大差なく、同時代なものがよく読まれていたようだ――ただし、「愛読している古典は?」になると「万葉集」がダントツ。学徒出陣した者は「万葉集」を携えていったという話はホントらしい。

■2 戦後の読書傾向も、教養主義が

 1949年に入学した新制大学一期生の文一へのアンケート結果(p.179)から拾ってみると、

  1. 共産党宣言(マルクス・エンゲルス)
  2. 善の研究(西田幾太郎)
  3. カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキー)
  4. 職業としての学問(ヴェーバー)
  5. チボー家の人々(デュ・ガール)

 ほぼ同票なので、順番は適当。教養主義の著作や古典と定番モノばかり。あとカミュ「異邦人」やロレンス「チャタレイ夫人の恋人」あたりがよく読まれていたそうな。

 1950-60の駒場生協ベストテンからピックアップすると、こうなる(p.194)。

  1. 論文の書き方(清水幾多郎)
  2. 日本の思想(丸山真男)
  3. 資本論(マルクス・エンゲルス)
  4. 我が生涯(トロツキー)
  5. 何でも見てやろう(小田実)

 ちょwww「資本論」www、大著だぞ。岩波文庫版が売れたそうだが、全部買ったら持って帰るのに一苦労しそう。こいつを「読もう」とするだけでもエラいなぁ。飾りとして買った人もいるだろうが、中には読み通した猛者もいたような。

 この時代、「愛読書」とされていたものは集中している。小林秀雄、倉田百三、和辻哲郎、夏目漱石、谷崎潤一郎、ハイデガー、ニーチェ、カミュ、サルトル、ドストエフスキー、パスカルあたりを押さえておけば「読書家」の顔ができる。いかにも「ブンケイ」だね。

 1960年代は全集ブームだったそうな。読むべき文学や思想は数十巻の全集にパッケージ化された教養として提供されていた。要するに「これだけ」読んでれば大きな顔ができたわけ。

■3 東大紛争が破壊したもの

 学生運動の必読文献として、マルクス、エンゲルス、レーニン、トロツキー、宇野弘蔵、ゲバラが挙げられているが、割愛と。アカ系を外すと、時代性が見えてくるから面白い(p.211)。

  1. ガン病棟(ソルジェーニーツィン)
  2. 飢餓同盟(安倍公房)
  3. 「甘え」の構造(土居健郎)
  4. 日本人とユダヤ人(イザヤ・ペンダサン)
  5. 人間とマンボウ(北杜夫)

 読むべき本が決まっていて、何を読めばいいか選択に迷うことはなかった――そんな時代はここで終わる。先輩から後輩へ「これだけは読んどけ」という形で伝えられた読書の共同性は衰退しはじめる。

■4 銀杏バッジが消える頃に

 ちょうど内田樹センセが東大生だったころから、エリート意識が弱まり、読書傾向も大衆化していったそうな。東大生の徴である「銀杏バッジ」をつけない学生が増え、自分が東大生であることを隠すようになったという。岩波+全集による教養主義をやめ、同時代の人気作家を追いかける読書になる。

 1970-80年代で「東大生が好きな作家」といえば、筒井康隆、村上春樹、司馬遼太郎あたりに集中し、古典は全滅。例外的に、漱石とドストエフスキーが根強く残っている程度で、当時のベストセラーと完全に連動するようになる(p.239)。

  1. 竜馬がゆく(司馬遼太郎)
  2. ノルウェイの森(村上春樹)
  3. かもめのジョナサン(R.バック)
  4. 麻雀放浪記(阿佐田哲也)
  5. 小説吉田学校(戸川猪佐武)

 他に、ホイチョイ・プロダクション「ミーハーのための見栄講座」や、黒柳徹子「窓ぎわのトットちゃん」が駒場生協でベストセラーになってたのを知って噴いた。あ、いそいで付け加えると、もちろんわたし「も」飛びついたクチ。

 こうして時系列で見ていくと、読んでる本がずいぶんと「やわらかく」なっていくことが分かる。もちろん浅田彰やガルシア・マルケスがベストセラー入りすることもあったが、それもブームの一環としてあったんじゃぁないかと。

■5 じゃぁ、イマドキの東大生は?

 結局、エリート意識に支えられた教養主義が東大生の読書傾向を決めてきたといえる。その後、エリート臭が薄れるとともに大衆色の染め上げられてきたんだろう。あたりまえといえばアタリマエな結果になって、残念。アッと驚く実態があれば、紹介のしがいもあるというものなんだが…

 じゃぁイマドキの東大生は何を読んでるかというと… 東大生協の本郷書籍部の11月のベストセラー[参照]からテキトーに抜いてみた(順位もテキトー、為念)。

   1. 神と科学は共存できるか?(グールド、日経BP社)
   2. 戦争の経済学(ポースト、バジリコ)
   3. 大森荘蔵-哲学の見本(野矢茂樹、講談社)
   4. 走ることについて語るときに僕の語ること(村上春樹、文藝春秋)
   5. チーム・バチスタの栄光(海堂尊、宝島社文庫)
   6. 国家の罠(佐藤優、新潮文庫)
   7. カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキー、光文社古典新訳文庫)
   8. 生物と無生物のあいだ(福岡伸一、講談社現代新書)
   9. ビル・ゲイツの面接試験(ウィリアム・パウンドストーン、青土社)
  10. 刀語(西尾維新、講談社)

 大衆化に走っている部分と、教養を目指すトコ、村上春樹の影響と、ドストエフスキーの根強い人気の全部が見えるリストになった。なんでもアリになったからこそ、選ぶ苦労が十割増になったのが現代なんだろう。

 そういえば、池澤夏樹の世界文学全集が売れているという。ラインナップを見る限り、ずいぶん「冒険」もしているが、「パッケージ化された教養」の復権なんだろうかね。

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「ワインバーグの文章読本」で始めた7つの習慣

 ワインバーグのライティング指南!(ここは驚くところ!あのワインバーグ翁だよ)

 文章読本とあるが、コラム・エッセイのようなものではなく、本一冊を書き上げることが目的。自分のテーマを持ってる人は、本書を使うことで一冊書けるだろう。

 ただし、いかにもワインバーグ本なので、使えるアイディアや視点は埋まっている。ゴシックで強調されるポイントもあるが、もっと重要な点がサラリと書いてある罠。ワインバーグ自身、自著を「金脈」ならぬ「鉱脈」と紹介する。金剛石はないかもしれないが、掘れば必ず石炭がある。これを「自然石」と名付けている。

 有用なアイディア、視点、フレーズ ―― いわゆる「ネタ」―― 自然石を拾ってくること、積み上げることが、いわゆる「本を書く」ことになる。自然石を積み上げるから、「自然石構築法」と訳されている。

 本書は、第1章「文章を書くために、一番大切なこと」から、第20章「完成した後は?」の20章にわたって自然石構築法が紹介されている。興味深い書き出し、絶妙な引用、分かりやすい構成から、まさに本書がこの手法で書かれていることが分かる。

 このエントリでは、その鉱脈から習慣にしたいものを選び、ご紹介。

■習慣1 文章を書くために一番大切なこと

 いきなり結論、それは「興味のないことについて、書こうと思うな」(←超重要)。

 これまで学校では、違うことを教えてきた→「知っていることについて、書きなさい」でもって傍らに小さくこうある「…あなたの興味に関係なく」ってね。著者の過去話をネタに、「興味のないことについて書くことがいかに苦痛か」が身にしみる。

 自分でも可笑しいのだが、学校で出される「読書感想文」がキライだった。憎んでいたといってもいい。なにゆえ自分が興味をもてない「課題図書」を読まされて、あまつさえ「かんそう」を書かねばならないのか!―― と憤っていたわたしが、こんなblogをやってるなんて、なんたる皮肉。同じ苦しみを味わった人なら分かる。だから、「興味のあることを書く」が正解。

 しかし、文章を書くことが生業となってしまうと、あやしくなってくる。興味のあるなしにかかわらず、「読者のニーズ」「編集者の要望」を満たすために駄文製造器と化してしまわないように。

たいてい文章を書こうと思うのは、自分の知らない何かがあるからだ。わたしにとって、ある題材について書くことは、それについて知る最良の手段である。だいいち興味がなければ、知りたいと思うはずもない。

■習慣2 アイディアに対する態度

 「○○について書くから、手ごろなネタ・アイディアを探そう」と思い立っても、おいそれと集まらない。ネットからの切り張りは精神的に「も」器用でないと続けられない。著者はこれを、壁をつくるための自然石探しに喩える。お目当ての自然石が、ちょうどうまい具合に野原に転がってるなんてこと、ぶっちゃけありえない。

 どうするか?

 そのテーマについて、いちどに全部のアイディアを求めずに、普段からアイディアを貯めるように心がけろという。いつかどこかで何かの壁になりそうな自然石はないか、目を光らせて歩き回り、見つけたら手持ちの「山」に加えていく。

 この態度は、「アイディアのつくり方」で身に付けている。アイディアを「集める」のと「暖める」ことは別物で、意識してこれを行うことが肝心(わたしの場合は、ノートという外部記憶に頼っている)。

 アイディアが足りなくなったり、逆に多すぎて対処できなくなったら、どうするか?

 アイディアの数が問題なのではなく、アイディアの数に対する書き手の反応こそ目を向けるべきだそうな。足りなければ探せばいいし、多すぎたら別の山に振り分ければいい。ライターズ・ブロックの行き詰まった感覚は、アイディアの数ではなく、それどう感じているかに拠るのだから。だから、アイディアの多寡に喜憂するのではなく、アイディアの数を「ちょうどよく」する作業を地道に行え、という。

■習慣3 写して学べ

 ここでいう「自然石」――ネタ・アイディアは、誰がどう見ても立派な自然石であるわけではない。秘密は石そのものではなく、石への反応であるという。つまり、自然石を持ち帰るべき/放っておこうとするわたしの感情的な反応が重要なんだって。

 自然石に感じるエネルギーを認識するよい方法は、以下のとおり。「ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法」で学んだ[ 抜き書きテクニック ]に酷似している。このテクは続けているが、言葉や文章の質感を養うのに、かなり有用。

  1. 自分がすばらしいと思う文章のサンプルを選ぶ。そのサンプルを一語一語飛ばさず書き写す
  2. 執筆日記――この課題を聞いたときどう思ったか。写しながら何を考えたか。どの箇所で何らかの感情的反応に気づいたか。それはどのようなものだったか。その箇所を見直して、どうしてその瞬間にそのように反応したのか、理由を考えてみよう
  3. 写すことによって何を学んだか
  4. 同じ文章を書き写す。二回目に学んだことを書き写す
  5. 日誌に書いたことを見直してみる。自分の声、自分の感情の表れ方は、写した文章の声によってどのような影響を受けたか

■習慣4 すべてのライターにとって最も大切な本

 ズバリ、すべてのライターにとって一番大切な本がある。実際、本書の目次を見て一番楽しみにしていたのはここであり、本書を読み終わった後も「完全にモノにすると誓った」習慣もここ。ワイバーグ翁はこう言っている――

すべてのライター必携の書、絶対不可欠なある本について説明しようと思う。
急いで!このチャンスを逃すなかれ、メモの用意をして!
準備オーケー? よし、じゃぁ教えよう。

文章を書くために必要な最も大切な本は、
いまメモをとるために用意した白紙のノート、
または紙の切れ端、またはカード、または何か近代的な電子記憶装置である

 さらに翁は追い打ちをかける。「その白紙のノート/紙の切れ端/電子記憶装置」を手にして準備ができるまでに、どれぐらい時間がかかったかに答えよという。5秒以上かかったならば見込み薄で、手に取りさえしなかったならば自然石構築法のことは忘れちまえとも言う。

 自然石に反応したら5秒以内にメモする、これ絶対。

■習慣5 書き出しのマンネリズム

 エントリのタイトル名なんてまさにそう。「○○する7つの方法」だとか「なぜ△△は××なのか?」なんて、ありきたりな題名をつけたがる。以下の書き出し例は、マンネリ化した状況を切り替えるのに役立つ(はず)。

  1. 質問から始める どれぐらいを安全だと感じるか?
  2. 「あなた」から始める あなたは段階評価を使って安全性に関する感覚を数値化できる
  3. 「わたし」から始める わたしは自分の感覚を量的に表現できる(この文にはほとんどエネルギーを感じない)
  4. 「なぜ」、すなわち動機から始める 会議で何を言っても安全だと感じるときもある
  5. 同じく動機から始めるが、否定的な表現にする ばかみたいに恐怖を感じる会議もある
  6. 「~とき」から始める 会議がうまくいかないとき、よくある問題は安全性の欠如である
  7. 「もし」から始める もし会議が安全ではないと感じたら、どうして自分の意見など言えるだろうか
  8. 「誰でも」から始める 誰でも会議について思うことはある
  9. 「誰も」から始める 誰もひどい会議の犠牲になりたくはない
  10. 引用から始める 「言うべきことがあるのに、誰も聞こうとしない」ロニーがこぼした
  11. お好みの書き出しで 「いやあ、こんな会議は見たことがない」

 扇情的なキャッチもアリだし、「必ず」「絶対」をくっつけることで、自分を追い込むのも可。ただし両刃の剣であることをお忘れなく。

■習慣6 一割削減の原則

 まさにわたし向けのルール、ダラダラ書かない!書き終えたら無条件に一割削るッ!(翁は1/3まで削れと…んな無茶な)

■習慣7 執筆日誌をつける

 自分だけの執筆日誌を始めよ(あるいは続けよ)という。心地のいい、きちんと装丁された日誌を買い求め、手にしっくりとなじむ筆記用具を準備せよという。そのための費用をケチるなと。そんなところで倹約精神を使うのならば、作家としての人生も同じぐらいの価値がないと認めているようなものなんだってー

 スケジュール手帳+αは書いてきたけれど、もうちょっと良い手帳を準備した。「書いたもの」はこのblogに垂れ流している。書くという行為は、そのまま書いたものにつながっているから―― が、もう少し視点を上げて、ネット界隈+αの文章を、この手帳でコントロールしてみよう。

 この他にも、

  • 単語/フレーズ/文章の盗み方とローンダリングの仕方
  • 記憶の引き金になるものを見つけろ
  • アウトラインプロセッサで自然石を入れ替える(節を再構成する)
  • 完璧を期するな、ただ書き上げろ
  • いい椅子を使え

 といった細やかな(お節介?)アドバイスが続く。ワイバーグの本なので、堀り手によって得られる鉱物は違ってくる。読了すると、まとまったものが書けそうな気がしてくる、不思議な一冊。

■おまけ

 ワインバーグ翁が文章を書く上でよく利用しているサイトは、プロジェクト・グーテンベルグの他に、セントキャサリン大学図書館のサイトだそうな。引用文を豊富に集めているので愛用しているとのこと。ただし、p.76にあるURLは間違っているみたいだ。

  誤? (does not exist)
  http://www.stkate.edu/lubrary/guides/speeches.html

  (たぶん)正
  http://library.stkate.edu/guides/speeches.html

 p.230で紹介される、フォーラムSHAPEは[ここ]。「効率的に行われる人間活動としてのソフトウェア」(Software as a Human Activity Practiced Effectively)フォーラムで、自然石がゴロゴロしているそうな。ワインバーグ翁の雄姿を拝むことができる。あたりまえっちゃーあたりまえなんだけど、サンタクロース並のじいさんになってる

 すげぇ余談だが、翁のSF小説は「The Aremac Project」というお題で、マインドリーディング、FBI、テロリズムが登場するスリル溢れるストーリーだそうな。そしてソフトウェア開発プロジェクトの話(above all it really is a story about a software development project)だという。よ、読みたくねーッ!

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「プロジェクト・ブック」はスゴ本

プロジェクトブック 建築デザイナー向けだが、システム屋のわたしにも効果大のスゴ本。

 本書は、建築タイポロジーの解説ではないし、建築デザイン・テクニック集でもない。仮に本書が建築デザインについての形式論・類型論だったなら、わたしにとって、何の役にも立たないだろう。

 しかし、デザイナーとしての才能やテクニックに関係なく、つくるキモチに焦点を当てている。たとえば、場のつくりかた、発意の仕方、他者との共有方法を理解することで、どういう瞬間にプロジェクトが「まわって」いるかを感じとれる。いちいち具体的で、かつ、そのままITプロジェクトにハマる。

 デザインプロジェクトに効く63のキーワードと、現場の会話ログを追いかけるうちに、プロジェクトを「まわす」のに建築もシステムも大差なく見えてくる。つくる「モノ」は違えども、つくる「コト」は同じなのだから。

■1 場所をつくる

 大きなテーブル、広い壁、ライブラリー、気持ちのいい椅子、逃げ場が大原則。

 テーブルは全員で囲めるぐらい大きいやつを。広い壁は知識の共有のため、椅子は最も接触する時間が長いから最高のものにすべきだという。そして、「片づけるな!」とクギを刺す。キレイにしてしまうと、前回を思い出す暖機運転が必要だからだ。

■2 キャスティングをする

 プロジェクトの初期段階で風呂敷を広げて、性別、年齢、特性など、さまざまなキャストを思い浮かべろ、という。そして、(ここがスゴいところ)キャスティングからプロジェクトを逆定義すべし、と言い切る。つまり、人でプロジェクトを描くわけだ。

 キャストどおりに人を集めるかどうかは別として、プロジェクトを押さえるのに良い方法だと思う。プロジェクトをロールプレイング・ゲームに喩える「仕事を100倍楽しくするプロジェクト攻略本」も同じココロ。

■3 施主を読む

 システム屋にとっては「顧客」「お客さま」に相当するのが「施主」、つまり建築主だね。どれぐらい似ているかは、以下の引用で分かる。

プロジェクトの始まりにおいては、施主自身、自分の考えていることを充分に理解していない場合が多い。地図を読むのと同様に、施主を読まねばならない。施主が持っているイメージは断片的で、矛盾しており、不鮮明である。

 だからこそ、インタビューを通じて深い対話が不可欠だという。反論・意見は慎んで、決して結論を急がない、ブレインストーミングのようなミーティングが必要だという。「施主を読む」感覚は大事にしたい。施主の気持ちの水位を高め、ひとつのプロジェクトを一緒にやっているという「共犯関係」へ持ち込みたいからだ

■4 ブレインストーミングの10か条

 「批判しない」、「時間を区切る」といったルールはアタリマエかもしれないが、なじみのない原則が目を引いた。「視線を泳がせろ」や「メモは取るな」というルール。ブレストは歩きまわって意識を切替ながらすべきだし、メモは記録係(トラッカーと呼ぶ)にまかせて集中しろ、という。見出しだけ引用する。

  1. 批判しない
  2. 誰でもいい
  3. かぶってもいい
  4. ゴールをクリアに
  5. 時間を区切る
  6. 場所が大事
  7. ポジショニング
  8. とにかくしゃべれ
  9. 視線を泳がせろ
  10. メモは取るな  ←■6 を参照

■5 ホワイトボード重要

 ホワイトボードの重要さはどんなに語っても尽くせない。飛び回る問題とアイディアをつかまえられるのはホワイトボードだし、誰かのフィードバックを共有できるのはホワイトボードだけだ。

 議論を「あなたvsわたし」の構図から、「問題vsあなた+わたし」にするツールとして、ホワイトボードよりも強力なものを知らない。「書けないマーカーは捨てろ!」の絶叫には激しく同意する。

■6 トラッカー重要

 この存在は知らなかった!役割はPMチームやPMOが担うのだろう。プロジェクト全体を見渡しながら、現場で生まれるあらゆる情報の軌跡を追い、記録していく仕事。レビュー報告書だとか進捗報告といったテンプレート的なドキュメントはあるが、構造づけて整理し、いつでも再利用できるようにするところは注目すべき。メタレベルな視点は、現場にもまれているプレイング・マネージャには不可能だろう。

トラッカーをチームに加えよう。トラッカーは決して後ろを振り返るための仕事ではなく、前進するための推進力を生み出す仕事であると心得よ。

■7 ブランクパック手法

 プロトタイピングの紹介で知った方法。プログラミングの世界とは異なり、建築デザインのプロトタイピングでは、「そのプロトタイプ」の構成要素を共有する術がない(リポジトリがないからね)。

 そこで、ブランクパックの登場。ブランクパックとは、雑誌の編集部でつくる台割の考え方を応用したもので、プロジェクトを構造や外観、原価計算等の要素で構成された1冊の本をつくる。資料、統計データ、分析、アイディアをどんどんそこに差し込んでいき、コピーをとってメンバーで共有する。厚くなりすぎたら取捨選択して、つくりなおす(繰り返し)。こうすることで、紙ベースで全体像を把握することができる。

■8 建築デザイナーのプロトタイピング

 システム開発での教科書的な「プロトタイピング」とずいぶん違うが、わたしが経験したプロトタイピングそのものが書いてあって面白い。

 プロトタイプの本質は「作っては壊す」の繰り返し。再利用しつつ肉付け、なんてことはない。いわば、作り直すことの練習をしているようなもの。その中から、デッサンによって選ばれた線のように機能・デザインが採用されていった。

■9 Synchronicity

 偶然にしてはできすぎているが、心に届いたもう一冊の本「イノベーションの神話」と同じ論が展開されていた。まずは「イノベーションの神話」より。

  問題を20日で解決しなければならないとしたら、
  私は19日かけてその問題を定義する

  アインシュタイン

 次に、本書では「視点を絞る」という見出しでこうある。

  何が問題なのか?
  そのことが明確に定義できれば、
  デザインは8割方終了したに等しい

  デーン・トゥイッチェル

 世の中の事象はあまりに多種多様複雑を極めていて、問い自体を絞ることが、デザインの重要なプロセスだという。強度の高い問題ができれば、デザインも物理学も同じということか。

■10 アブダクション(abduction)という手法

 すごいやり方。前提にある問題群を一挙に解消できるようなフレームを、突然思いついてしまう瞬間がある。このとき、問題は解決されるといより、新たな形で再発見されている。帰納(induction)でも演繹(deduction)とも違う推論形式。真髄はこれ↓

  1. 驚くべきCがある
  2. もしAが真なら、Cは当然のことだ
  3. ゆえに、Aが真ではないかと考える理由がある

 例えばヒマラヤ山頂で大量の化石が発見されたとき(C)、事実を説明するためにここは海だったという仮説(A)を立てると、一挙に事態が了解される。「経験をいくら集めても理論は生まれない」とアインシュタインは言ったそうな。

 天才の発想やね。

 分析的なアプローチから「創造」に至るダイナミズムは生まれない、というのが本書の主張。創造を「モノ」として切り出すのではなく、身体・環境・時間を含む「コト」として扱うことを目指している。

 ケーススタディとして、実際のコンセプトデザインのミーティングのログを読む。恐ろしいほどアバウトな言葉で緻密に語っている。手も目もクチもいそがしい、やかましい。

 ひとつの建物をデザインする際、人工衛星の視点→鳥の目(バードビュー)→ご近所との関連性→近隣マンションの視線→道路に面した部分という垂直・水平視線移動がスゴい。さらに、家族に高齢者がいることから、「彼が死んだら、生活空間はこう再構築される」と真顔で語る冷徹さもスゴい。

 このミーティングログ、えらく読みにくいレイアウトなんだけど、ぜひ目を通してほしい。プロジェクトが血肉の通った生々しいものとして見えてくるはずだ。そしてラストのページで、あれだけモメにモメ、跳躍と七転八倒したデザインの完成形を目にするとき、それまでの会話群をいっぺんに了解するだろう。

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萌えで読みとく名作文学案内

萌えで読みとく名作文学案内 「萌え」から眺めた文学は、予想を超えた収穫だった。

 ようするに、エロリ・ポルノ・恋愛小説なんだが、「萌え」という切り口から見ると、新鮮かつ懐かしい気分になる。オタク、ストーカー、2ch、ギャルゲ、電車男などのアキバ語を駆使しつつ、川端、三島、太宰、谷崎といったブンゴー達を調理する。

 「文豪の作品だからといって、必ずしも難解なわけではない。『萌え』ながら読めるよ」というメッセージは腑に落ちるし、萌えポイントの解説は正確無比。だけでなく、作品をちゃんと「読め」るようアシストしてくれる。これまでさんざん誤読されてきた「伊豆の踊子」が、あけすけといってもいいぐらい解説されているので噴いた。

 さらに、「萌え」というあやふやなテーマを、作品のバラエティから再定義しようとする。つまりこうだ。一口に「萌え」といっても、様々な種類がある。ロリ萌えやショタ萌えといったスタンダードから、ヤンデレ萌え、猟奇萌えといった辺境までさらおうとしている。古今東西24作品の「萌え」シチュ・属性を紹介することで、「萌えとは何か」という根源的な質問にも迫っている。

 キワモノを追うだけでなく、ちゃんとした(?)考察もある。その見せかたが上手だね。たとえば、谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」の紹介はこう始まる――

「萌え」は若者だけにわきおこる感情ではありません。感情というより、どちらかといえば、体質に近いもので、萌え体質の人は生まれてから死ぬまでになにかに萌えているのです。そのいい例が谷崎大先生の「瘋癲老人日記」です。今、アキバあたりで「萌え~」などといっている人たちが五十年後、どんな人生を送り、どんな死に方をするのか、そのひとつの例を示しているといえるでしょう。

 残念なことに、紙数の都合でもれている逸品もある。曰く、「これが入るなら、これも引用してくれい」というやつ。谷崎「痴人の愛」が育てゲーならば、大御所「源氏」の若紫の垣間見(要するに覗き)の場面も入れてほしかった。究極の玩具としての少女なら、ドスト「悪霊」のスタヴローギンの告白のXXXシーンが欲しい。それでも、主なょぅι゛ょ小説は言及されているので、良い入門書になる(ょぅι゛ょ小説の完全なリストは[ここ])。

 ソソられるリストの一部をご紹介。最初の2つは未読なので楽しみー

  1. 少女病(田山花袋) : 明治の電車男
  2. 児を盗む話(志賀直哉) : 妄想を現実に
  3. 幼児狩り(河野多惠子) : ショタ萌えの三十路女[レビュー]
  4. 伊豆の踊子(川端康成) : ロリ萌え出会い一人旅
  5. ロリータ(ウラジミール・ナボコフ) : ロリコンバイブル
  6. 眼球譚(ジョルジュ・バタイユ) : 卵プレイ必読[レビュー]
  7. 骨餓身峠死人葛(野坂昭如) : 劇薬小説でもある[レビュー]

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ローマ人の物語X「すべての道はローマに通ず」の読みどころ

 開いたクチがふさがらない、塩婆だから仕方ない?

 ダメ出しするより、思いやり読みを心がけよう。半端ネタが溜まってたんだなーとか、編集さん苦労しただろうに…と考えながら(それでも泣けてくる、これが大御所の仕事なのかって)。

 「大言壮語ぶちかまし―→ラストで尻すぼみ」パターン、この文章にさんざん付き合ってきた。典型なのは、「○○であるべきだったのに」―→「なぜなら…△△と思う」だね[詳細]

 今までは、この「べき→と思う」パターンは文章レベルだったのが、今回は1巻丸ごと使ってて、スゴいぜ。

 まず「はじめに」で巨大花火をぶちカマす。曰く、「ローマのインフラストラクチャーを論じた著作は、一作たりともない。専門家は細分化された研究対象に閉じこもって、根源的な疑問に答えようとしない。だから『あたし』が書いてやろうじゃないの!たとえいかに不充分な結果に終わろうとも」

 塩野節炸裂、カッコええー。今まで尻馬に乗せてもらってきた歴史家たちを撫で斬りにする容赦なさっ、生者も死者も全員無能!といわんばかりの大上段の振りかぶりっ

 で当然のごとく、これっぽっちも期待なんてせずに読む。今までさんざ「べき→と思う」パターンを味わわされてきたからね。そもそも「インフラを論じる」って、1冊にまとまるモンかねーと、呟きながら。

 ちなみに、「はじめに」の段階で塩野氏が採りあげていた「インフラ」の対象は、以下のとおり。

ローマ人の考えていたインフラには、街道、橋、港、神殿、公会堂、広場、劇場、円形闘技場、公共浴場、水道等のすべてが入ってくる。ただしこれはハードとしてもよいインフラで、ソフトなインフラになると、安全保障、治安、税制に加え、医療、教育、郵便、通貨、通貨のシステムまでも入ってくるのだ。これらすべてをとりあげないかぎり、ローマのインフラを論じたことにはならない。

 ローマという社会システムを、ハード/ソフトの両面で説明しようとする試みは、素晴らしい。んが、MECEは第一段階で終わっている。社会システムとしてなら、外交、防衛、危機管理、食料、エネルギー、市場経済、危機管理、福祉、規制、物流、金融の視座が必要だろう。もちろんダブリはあるかもしれないが、足りないよりマシというもの。立論の段階で、誰も査読したりレビューしたりしなかったんだろうねぇ…

 で、↑で省いた、超重要なインフラストラクチャー「法律」は、巻の半ばでこう書かれている。

忘れていたが、法律もまた、立派なインフラである。
文庫版27巻p.232

これ一行だぜ!? 「忘れちゃったの? こいつぅ」コツンと突っ込むところなのか、書き直しさせなかった編集部を口撃するべきなのか、60秒悩んだ。おそらく、編集部さんは「言えない」雰囲気なんだろうなぁ…、海の向こうからメールでやってくる「原稿」はドル箱そのものだから、テニヲハ・誤字脱字をチェックするぐらいしか関われないんだろーなー。国際電話会議だと、気軽に「ななっちーダメじゃん、『書けてない』んじゃないくって、ぜんぜん書いてないよ」なんて言えないんだろうなぁ…

 こんな調子だから、「ソフトなインフラ」であるはずのローマの度量衡のことや、あんなに萌えてたカエサルのユリウス暦については、華麗にスルー。「これは壮大なエッセイなのだ」とムリヤリ自分を納得させた。

 「おわりに」でも「すべてのインフラに言及していない」と言い訳しているし… って、次の文で「多くのことはこれまでの九巻で取り上げているからで」と開き直る。かわいくねー、とツッコムと「シロートの読者にかわいく思われたと思わない、そもそも…」と両断されるだろうね。

 これほどの大著を1年1冊のペースで出すのは、それだけで賞賛に値する。しかし、「私だけが分かってる」物言いと、頼りにした歴史家たちに後ろ足で砂かけまくるような扱い、そして誰もダメと言えない裸の女王様は―― 面白すぎる!カラダ張ったエンタメとはこういうものですな!たとえ本職たちの総攻撃を受けても、最終ラウンドまで立っていてほしい。歴史の専門家の一人は、「聞き捨てならない」と書いてるよ[参照]。だから、そのうち反撃本がでるかも。本格的に相対させれば、かなり面白いかと(ゼミ生で組織的に査読すれば一撃だろうが、ネチネチ闘ってほしい)。その場合、女王様が一方的にサンドバック状態になるから、新潮社の人、逃げてー!!

ローマ人の物語27ローマ人の物語28

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自分の中の、知らないスイッチが入る「奇想遺産」

 キテレツな建物を眺めていると、自分が人であることを忘れる。じぶんの中の、何かのスイッチが入る。奇想遺産

 嫁さんが彼女だったころ、できたての東京国際フォーラムでデートしたことがある。ガラス編みの宇宙船のような外観とは裏腹に、中は巨大生物の体内のようだ。ウロウロするうち、自分が人間でなくなってしまったかのような錯覚に陥った。

 どんなに新奇な景観だろうとも、記憶をさぐって「似た」オブジェクトを探そうとする。しかし、そいつがトンでもなく拡大されたサイズで建造物としてあるならば、わたしは二度、のけぞらなければならない。一度目はその巨きさ、二度目は、そもそもそんなものを作ろうとした人に。

 じっくり書影を見てちょうだいな。「ル・ピュイ=アン=ブレ」といい、フランス中南部にあるそうな。町はずれに85メートルの岩が立ち上がり、そのてっぺんに教会が鎮座ましまする。もとはドルイド教の聖地で、聖なる岩として敬われていたそうな。やがてキリスト教が席巻し、ドルイド教を圧する形で、頂上に礼拝堂を建てようなどと考えついたんだって。[Le Puy-en-Velay]あたりを眺めると、立派に観光地化されていることが分かる。

 いちばんビビったのが、ジェンネの「泥のモスク」。[google image]でイメージがつかめる。土中から、のっと頭を出した巨神兵みたいだ。のっぺりとした泥の外観と、つなぎ目のない構造体、地面と一体化したそいつがあのサイズであるのか、想像するとびびる。

 既視感覚が写真に追いついて、おもわず声をあげたのもある。異国の地なのに、「この場所は覚えている」ってやつ。Wiiゼルダの森の聖域としか見えない「タ・プローム」は、初めてなのに懐かしくてしかたがない[wikipedia]。あるいは、カステル・コッホ(ウェールズ語で「赤い城」)の一室は、サイレント・ヒルの電話が鳴るシーンを激しく思い出して震えがとまらない。

 本書は朝日新聞の日曜特集をまとめたもの。だから、朝日っぽい薫りもそこここにある。たとえば「ベルリン・ユダヤ博物館」の説明。

ドイツはこの博物館を作ることによって、第2次世界大戦の精算に見事に成功したという意地悪な見方もある。モニュメントとは、過去の糾弾によって今の政府を守るための、賢い政権維持装置だというわけである。

逆に日本は過去を糾弾する装置を作らずに来た。糾弾どころか、賛美するかに見える「靖国」すらある。驚くほどに二つのモニュメントは対照的である。

靖国は見たから、「ユダヤ博物館」とぜひ比べてみたい(圧迫感を強制させる構造になってるらしい)。

 風景までも歪める「奇景・奇観」や都市の奇怪な象徴と化した「奇塔・奇門」、奇態、数奇、数奇、神奇、叛奇・新奇、奇矯な建造物ばかりだ。ほとんどが初見(実物を見たのは、太陽の塔と通天閣)。眺めているうちに、わたしの既成概念が破壊される音がする。製作者の確信犯的な意図に見事にハマる。

 煮詰まったとき、ふだん使わないスイッチを入れたいとき、どうぞ。

 このエントリ書くのに調べてたら、「世界中にある建築の画像を集めているだけのブログ」なるものを見つけた[参照]。煮詰まったとき、ここへ行こう。

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