イノベーションの神話10
革新的なアイディアは、どこからか「ふってくる」と考えている人は、けっこういる。わたしもその一人で、アイディア出しの手法・ツールを準備すれば、あとはインスピレーションの女神が降りてくるのを待つだけと考えていた…そして、今も待ちつづけている。
あるいは、天才肌のカリスマが全く新しいアイディアで世界を変えてしまうことを、「イノベーション」だと考えている人は、かなりいる。わたしもそう思ってた、iPod の「新しさは」ジョブズだから生まれたんだと、ね。
本書を読んで、わたしの思い込みは粉砕された。もちろん、エジソンが電球を発明したわけじゃないことや、Google の最初のアイディアはYahooで却下されてたことは知っていた。が、知っていたにもかかわらず、わかっていなかった。著者はそれを、イノベーションの神話と呼ぶ。そして、
- イノベーションにまつわる神話を洗い出す
- なぜそれが有名になっているのかを解説する
- 真実という観点からそれらを探求し、教訓とする
■神話1 イノベーションはひらめきによってもたらされる
もちろん最後の「ひらめき」はあるかもしれないが、そこばかりに目を向けていると、イノベーションをもたらす本質について見誤る。イノベーションがもたらした「結果」があまりにも速やかだと、イノベーションそのものを breakthrough と取り違える。
本気でブレインストーミングをすると、疲れる。さらに、出たアイディアを整理して蒸留させるとチーム全員ヘトヘトだろう(整理のプロセスでアイディアの組み合わせは指数的に膨れ上がる)。このスプリントを繰り返し、最終的に革新的なヤツに至ったとしても、それは決してひらめきからくるものではない。膨大な取捨選択とブラッシュアップの賜物だろう。
これは、やったことがあるヤツなら分かる。やりもせず能書きだけ垂れているなら、棚ボタを期待するほうがまし。著者はイノベーションに至るまでの地道な積み重ねに着目し、「ひらめき」を追い求めることは、「はっきりいって無意味」と断ずる。「アイディアのつくり方」[レビュー]でも同じコト言ってたっけ。
■神話2 私たちはイノベーションの歴史を理解している
自明なのに忘れがちなこと。ケータイであれiPodであれ、いま目の前の「結果」に至る道が、たった一本であるという思い込み。あるいは、イノベーションは可及的速やかに世界を変えているという思い込み。電話やヒコーキの例が顕著だが、ゲーム機器の例で考えてみると面白い。
著者は、「なぜ、歴史は完璧に見えるのか?」という問いを立て、ローマの例から暴いている。
■神話3 イノベーションを生み出す方法が存在するローマの場合、集合住宅の生活について記述された文献や、ローマの精鋭集団が犯したエンジニアリング上の失敗が記録された資料はほとんど残されていません。ほとんどの人々には何かを書き残すという手段が与えられていなかったため、反対意見が歴史に残されることはほとんどありませんでした。歴史が完璧に見えるのは、人々の生活が潤っていたからではなく、起こったこととその理由が隠蔽されていたからである場合が多いのです。
あらためて考えると笑止千万なんだが、ほにゃららHackが典型だね。たとえば、プログラミングの生産性を上げる普遍的で革新的で確実な方法を追い求めることと一緒。もしも「ある」と大マジメに考えているなら、本書は読まないほうが吉。ほにゃららHackで遊んでる方が精神衛生上いい。
アイディアが製品・サービスという形に結実し、それが世界を変えてしまうぐらいのインパクトを持つ場合、「イノベーション」として認知される。だから、認められる直前までのプロセスは、フツーの事業と一緒。ショートカットは存在しない。
ただ、イノベーションに至る無限の道を歩く際、地図は無くても役に立つ「心構え」はあるという。サバイバルでの心構えと一緒。陳腐だが真実。
- 自らを知る
- 集中的に、しかし一歩さがって確認する
- 規模を大きくしていく
- 幸運と先駆者の功績を認める
以下の図が強烈。これを見るまでは、心の底からナットクできなかった…たとえ、アタマで分かっていたにしても。
→→→→ 【イノベーション】 ←←←←
受入れられる 受入れられた
前の観点 後の観点
時間
――――――――――――――――――――――→
未来のわたしのために、この図の説明をする(わたしは忘れっぽい、だからウェブ「ログ」を書く)。
過去のイノベーションを現代から見る場合、それらはすべて世の中に受け入れられた後の観点から見ることになる。そのため、イノベーターは自分のイノベーションが過去の事例とは異なった受け止め方をされることに愕然とするはず。たとえば…
- そんなことなどうまくいくはずがない
- 誰もそんなものは欲しがらない
- 実際に役に立つはずがない
- 人々は理解しないだろう
- そんなことは問題ではない
- それは問題だが、誰も気にしない
- それは問題で、人々も気にしているかもしれないが、すでに解決されている
- それは問題で、人々も気にしているかもしれないが、ビジネスにはならない
- それは問題を探すための解決策だ
- 私のオフィス/洞窟から今すぐ出ていけ(原文ママ)
「未来はここにある。まだ、普及していないだけだ」
■神話5 たった一人の発案者
ああ、これは思いつかなかった…が、事実だろう。イノベーションの象徴として、カリスマやらヒーローを祭りたがるクセがある。もちろん功労者として、スポークスマンとして「一人」が前面に立つことはあるが、彼/彼女が成し遂げたわけではない。
「たった一人の発案者」にしておくと便利だ。ややこしい真実や状況を考慮せず、ヒーローを一人仕立て上げれば済むのだから。著者は、ガリレオやアインシュタイン、アポロ計画とiPodを縦横に駆使して、この神話を解体していく。
するってぇと、ジョブズやゲイツの「中の人」は、何人いるんだろうね。
■神話6 優れたアイデアは見つけづらい
優れたアイディアはデッサンから導きだす一本の線のようだ。最初からその一本が引かれることはなく、沢山の線を引いたあとに、「この一本」が選びとられ、いったん見つかったならそれ以外のどの線もふさわしくなくなる。
すごくシンプルなんだが、わたしがいつも忘れてしまう原則は、ライナス・ポーリングが述べている。
「優れたアイディアを得る最善の方法は、多くのアイディアを得ることだ」
アイディアを得るときの「こころのありかた」について、面白いヒントが書いてある。心というものを、一種のフィルターだと考えてみるそうな。アイディアの取捨選択をするとき、「あれかこれか」といったON/OFFスイッチのようにはしない。仕事/遊びといった二値的なものではなく、自分の心のオープンさをコントロールできるボリュームスイッチをイメージせよという。
このボリュームの目盛り幅を広げるにあたって、素晴らしいゲームが紹介されている。
さらに、アイディアを殺すセリフを引用しておこう。アイディアを刺激するための「質問」を握りつぶすときや、アイディアを持っている人をやりこめて黙らせたりするときに、とても有効だ。「これは何?」ゲーム : あなたの周りにあるものであれば何でもよいので一つ選んでください。ペンでも、マグカップでも、何でも構いません。そして、それが本来の用途以外で、何に使えるかを自問するのです。 (中略) どんなものでも、本来の用途以外の使い道を考えることができるというのが、ここでのポイントなのです。
- そんなことはもうすでに試してみた
- そんなことはやったことがない
- ここではそんな風にしない
- そんなことはうまくいくはずがない
- そんな予算はない
- それは興味深い問題ではない
- そんな時間はない
- そんなことは上役が承認しない
- それは関係ない話だ
- 誰もそんなことを喜ばない
- そんなものは採算がとれない
- お前はなんて馬鹿なんだ?
- お前は口ばっかりだから黙ってろ
この神話については、著者やわたしなんかよりも、あなたの方がよく知っている。それでも、イノベーションを阻む要素は、「分かっちゃいるけど、見ていない」ことから始まる。スティーブ・ジョブズの次の言葉を引いておこう。Macintosh を製品として発売するための、長く・困難で・地道な作業を行わせるため、彼が語った言葉。
「本当の芸術家は出荷にこぎつける」
…この出典のURLは注にあるが、URL先にソレっぽい一文は見つからなかった。お題の「Real Artists Ship」からの意訳? (本当の芸術家魂、と取れるし)
■神話8 最も優れたアイデアが生き残る
これも、わたしが落ち込んでいた穴。神話の反例がいちいち的を射ていて面白い。何度聞いても笑えるのは、NASAの火星探索プロジェクトの失敗例(笑っちゃダメなんだが)。
3億ドルと10年かけた火星探索船オービターは、1999年9月23日に周回軌道を離れ、火星表面に突っ込んでお陀仏となった。なぜか? 軌道への進入角度が誤っていたから。なぜか? メートル法で設計された仕様に、ヤード・ポンド法から換算するのを忘れていたから。
ヤード・ポンド法に限らず、QWERTY配列、HTMLから、「優秀さ」のパラドックスを読みといている。
■神話9 解決策こそが重要である
目からウロコ。言われてみれば「あたりまえ」に気づいていなかった。チカラを込めるのは、解決策の探求ではなく、問題の定義だ。「ハンマーを握ると全てが釘に見える」のと一緒に、次の警句を覚えておかないと。
「問題を20日で解決しなければならないとしたら、
私は19日かけてその問題を定義する」
(アインシュタイン)
電球、スプレッドシート、Palm といった身近な事例を挙げて、「いかに問題をとらえるか」の重要性を強調する。確かに。間違った問題の正しい解答は、正しい問題の誤った解答よりも、たちが悪い。
■神話10 イノベーションは常に良いものをもたらす
原爆だろうなー、と読み進めたらビンゴ!だった。ただしもっと遡って、「飛行機」というイノベーションから斬り込んでいる。ライト兄弟はドレスデンの爆撃なぞ思いも及ばないだろう。いわんや、2001.9.11にニューヨークで行われた、極めてイノベーショナルな飛行機の使い方をや。
プロメテウスの火をはじめとし、DDT、自動車、パーソナルコンピュータ、携帯電話の「光と影」のそれぞれの側面を採りあげている。テクノロジーは、すべてのものを例外なく加速していく。良いことと悪いことの評価を置きざりにして。
巻末に参考文献として、イノベーション関連の書籍リストが山のようにある。嬉しいことに、著者独自のやり方で採点づけられている。最高得点は82ポイント「イノベーションと企業家精神」(P.F.ドラッカー)だそうな。ドラッカー本は取り憑かれているトコなので、読むベ。
そうそう、オライリーでハードカバーなのは珍しい。サンプルは[ここ]で読める。また、青木靖さんとこで、「イノベーションの神話」の著者Scott Berkunが10の疑問に答えるが翻訳されているので、あわせて読みたい。
2007.11.27追記:書影とリンク先が原書になってた… ごめん、読んだのは邦訳版ッス

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コメント
興味深い本です.でもなんでこの本横書きなんでしょう?
投稿: anon | 2007.11.15 02:50
横書きだと問題あるんですか? いや素朴な疑問です。
投稿: | 2007.11.16 22:23
>> anon さん、名無しさん
前著「アート・オブ・プロジェクトマネジメント」とページ構成が一緒です。
縦書き向けテーマかもしれませんが、前著の構成に合わせるのが自然かと。
投稿: Dain | 2007.11.17 07:38