ラノベの元祖は川端康成
ライトノベルの最初の一冊は?
世間を席巻する前からジャンルとして確立されており、ヤングアダルトとか、ジュブナイルとして、いわゆる「児童書」とは区別されていた。朝日ソノラマ文庫や早川JA文庫が入口だった人もいるはず。
ややもするとラノベの定義まで遡及するかもしれないので、ここではコバルト文庫の最初の一冊として川端康成「夕映え少女」を読む。思春期の少女の微妙な心理から、成熟した女性のひたむきな想いを、7つの短篇におさめている。百合やら超能力者が普通に出てくる、立派なラノベですな。右端の書影は新風舎の新装版。コバルト版は少女処女してる。
白眉は「むすめごころ」、本物よりも乙女心を理解していたのかしらんと言いたくなるぐらい、もどかしさとせつなさを上手く描いている。女学校の寄宿舎での語らいを思い出して。
まさに、ふたりは百合きゅあ。憎いのは、物語の入れ子構造。ある女性の親友が、過去を思い出して書いた手紙がある。それを見せてもらった第三者(男)が、「この手紙はわたしが預かっておいたほうがいい」として紹介する形で話が始まる。でも、いっしょに腰をかけて、さてなにをしようというのだろう。私はただ幸福なだけだ。涙ぐんでなにか大事な話をしてあげたいような、心の奥底をもっと見せ合いたいような、なんとなく激しい気持ちで、しかもたわいないじょうだんばかり言っている。
一体どうして、男の手元においたほうがいいのかは、ちょいミステリ気味で楽しく、ラストになってこの叙述形式が効いてくる。一人称で書いたら陳腐だろうなぁ…と振り返ってヤラレタ!これは漱石の「先生と遺書」ではないか!
もちろん、これは悲劇ではないことを冒頭で知らされている。しかも、ラストは心地よい「恋の痛み」がじんわりする仕掛けになっている。だから気が付かなかったのだけど、「こころ」がドリカムの悲劇なら、これは逆ドリカムの恋劇というべき。告られた女の子のセリフに、せつなさ・みだれうちになる。
いつの時代も、純情乙女の底力は変わらないなぁ、と確認する。ええ、まじめだわ。ほんとう言うと、結婚するのがこわいほど、あなたが好きなの。結婚しなくってもいいほど、もう安心しきってるの。私あなたと結婚するくらいなら、もっと嫌いな人と結婚するわ。でも、私結婚はいや。今は誰ともいや。
川端康成は、最初の百合小説「乙女の港」だけでなく、ライトノベルの元祖としても書いていたのでした、というお話。ちなみに、ツンデレ小説の元祖は、谷崎潤一郎「春琴抄」[参考]。世間の消費スピードがあまりにも早いため、好きなものが見えにくくなったとき、戻ってみるといいかも。
あるいは「掌の小説」をオススメ。これはショートショートともいうべき超短編集で、だいたい2~3頁で片がつく物語ばかりを集めたもの。サイコサスペンスあり、ファンタジーあり、幼女趣味あり、文学ブンガクしてたり、川端作品を知るのにうってつけ。「雪国」「踊り子」よりも、巧拙があらわで分かりやすく、「眠れる美女」よりもエロ少な目な逸品。「滑り岩」「神の骨」「夜店の微笑」あたりがわたし好み。

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コメント
川端康成をつかまえてラノベという観点には脱帽しました。
『掌の小説』を思い出して再読したくなりましたよ。
投稿: ほんのしおり | 2007.09.05 01:33
>まさに、ふたりは百合きゅあ。
プりキュアを知っていらっしゃることに驚きました。
投稿: | 2007.09.05 21:38
>> ほんのしおり さん
「ラノベ」というレッテルは後から貼られたんだよー、というのが動機だったのですが、乙女ゴコロを熱く語るうちに、そんなのどうでもよくなってしまったのがホントのところ。
>> 名無しさん
> プりキュアを知っていらっしゃることに驚きました。
無印から熱く見てます。なぎ☆ほのは俺の嫁。
投稿: Dain | 2007.09.06 22:46
江戸時代の戯作なんかどうでしょうかね。たとえば南総里見八犬伝。
投稿: | 2007.09.06 22:52