残酷な因果のテーゼ「真景累ヶ淵」
冬はホラーと決めてるが、夏はやっぱり怪談でしょ。それも「ジャパニーズ・ホラー」として映画になる「真景累ヶ淵」を読む。手軽に涼を得られると期待したが、涼どころか、弱冷房車でもゾクゾクしたぜ。
■「真景累ヶ淵」(三遊亭円朝)
で、結論―― こ、怖ぇ、に、人間がッ―― 死んでも死にきれない怨念が化けて出る話なんだけど、怨霊そのものよりも、そいつに祟られる人間の方が怖い。とり憑かれ、取殺される人は、そうされても文句言えないような悪行を積んでいる。とても分かりやすい因果応報。
ぶっちゃけ、因業は、
の三原色で塗りつぶされている。「あいつを殺して金をいただこう」「あいつの女房が欲しい」「あの娘が妬ましい」きっかけで、簡単に両手を血に染める。その良心のカケラも無さ、あさましさ、畜生っぷりにおののく。
もちろん殊勝なキャラもいる。貞節を守ろうとして体をザク切りされる生娘とか、亭主の仇討ちのため、全てを犠牲にする妻の話といった泣けるネタもある。過去の罪滅ぼしのため死に物狂いで善行をなす母の話なんて、ジンとくるかも(そして彼女の最期に仰天するかも)。
しかし、読みどころは人間性のえげつなさ、猥雑の生臭さ、そして、因果の救いのなさだろう。じゃじゃーんと化けてでる幽霊は、そうした人間性を剥き出し、増幅するためのアンプのように見える。
いや、「出てくる幽霊は怖くないよ」と言いたいわけじゃない。怖いデ、登場シーンは。実際、「豊志賀の死」なんて強烈だし。ただ、生霊だったり怨念だったり化身だったりする幽霊を怖いと思うココロが恐ろしいのよ。この怖さは、
「私、きれい?」
『×××××』
「これでも、きれい?」
と同類だ。『×××××』で何と答えても心にも無いことで、それを彼女が知っている!というところがミソ。ちなみに、追いかけられたら何て言えばいいかというと、「ポマード!ポマード!ポマード!」(古っ)
全ての因業の糸が一点に収束するラストは凄まじい。全部の伏線が回収されるとき、その業の深さに人が死ぬ。それこそスプラッタ顔負けの血みどろパーティーとなる。一振りの鎌が次々と喉笛を掻き切るシーンは圧巻なり。げに恐ろしきは人なり、とくとご覧あれ。
本書は落語の口述筆記なので、息継ぎが随所に生きている。しゃべるときのリズムというか、はずみが上手に書かれており、噺を聴くように読める。こんなカンジ…
いわば読む落語。だからもちろん、落語ならではの諧謔もある。死体が入ったつづらを、そうとは知らず盗み出し、金目のものを手探りで探す掛け合いなんて、とっても落語的。このお久は愛嬌のある娘で、年は十八でございますが、ちょっと笑うと口の脇へえくぼといって穴があきます。何もずぬけて美女(いいおんな)ではないが、ちょっと男惚れのする愛らしい娘。新吉の顔を見てはにこにこ笑うから、新吉も嬉しいからニヤリと笑う。その互いに笑うのを師匠が見ると外面(うわべ)では顕わさないが、何か訳があると思って心では妬きます。この心で妬くのは一番毒で、むやむや修羅を燃やして胸に焚火の絶える間がございませんから、逆上(のぼ)せて頭痛がするとか、血の道が起こるとかいう事のみでございます。
げに恐ろしきは、血なり。
で、よしゃぁいいのに、マンガに手を出す。前出の「真景累ヶ淵」で一番怖いといわれている「豊志賀の死」を物語っている。これも怖い、というか、これこそ怖い。
イヤ~なのは、途中からお話が始まっているところ。ある屋敷に夜な夜な「出る」のだが、どうして「出る」のか一切説明されてない。原作を知った後から読むと「それはオマエの○○だろ!相手してやれよ!」とツッコミたくなる。知るとさらに怖くなる仕掛けがニクい。
さらに、黒使いが鮮やかで、「闇」の描き方が上手い。暗がりにぼんやり見える顔だとか、行灯に眩しく照らされた女体と闇のコントラストが良い。みずもしたゝるいいオンナ、豊志賀は、素晴らしく美しく描かれている(彼女の運命を知っているわたしにとって、第二巻は怖すぎる)。
げに恐ろしきは、女の嫉妬なり。
■「NAKED 変體累ヶ淵 ネイキッド」(米餅昭彦)
さらに、大昔、週刊モーニングで読んだマンガを思い出す。なめぞう氏を覚えてる方はいらっしゃるだろうか? エロエロで、ドロドロ、「変態」ではなく「変體(変体)」であるところがポイント、読んだ当初はえらく衝撃を受けたことを覚えている。
上の二作とは打って変わって現代、5000万円の借金の肩代わりをするバイク乗りが主人公なんだけど、原作の香りがするのは、「主人公がやたらモテること」「年上の女と深い仲になる→彼女が死ぬ→取り憑かれる」ところかね。救いが一切ない暗~~~いマンガなので、読む方は注意して。ブックオフめぐりでお探しあれ。全3巻(のはず)。
げに恐ろしきは、借金かも。

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