「女王陛下のユリシーズ号」は、スゴ本+徹夜小説
狂喜セヨ、いや「狂気セヨ」なのかもしれない。それこそ狂気のように読んだ、もちろん徹夜。ただし、翌朝目が真っ赤になったのは、震えて泣きながら読んだから。
裏表紙の紹介文より――
援ソ物資を積んで北極海をゆく連合軍輸送船団。その護送にあたる英国巡洋艦ユリシーズ号は、先の二度の航海で疲弊しきっていた。だが、病をおして艦橋に立つヴァレリー艦長以下、疲労困憊の乗組員七百数十名に対し、極寒の海は仮借ない猛威をふるう。しかも前途に待ち受けるのは、空前の大暴風雨、そしてUボート群と爆撃機だった…
鋼鉄の意志をもつ男たちの姿を、克明な自然描写で描破した海洋冒険小説の不朽の名作
しかしながら、レビューすることはほとんど無い。「凄絶な戦艦戦」とか「苛烈な自然の猛威」といった惹句を並べても自分で空々しい。書き口が「淡々+冷酷」、展開も容赦なし←これで充分。たとえば、きっと夢に見るだろうと恐れている場面(のひとつ)はこうだ。
火の海であった。何百トンという燃料油の流れた海面は、しずかで、平坦で、めらめらとねじれて燃えさかる焔の大絨毯だった。一瞬、ヴァレリーの見たものはそれであり、それだけであった。が、つぎの瞬間、胸が悪くなるほど不意に、そして心臓がとまるほどの衝撃をもって、彼はほかのものを見た。
燃える海は、もがき泳ぐ人間でいっぱいなのだ。ひとにぎりとか数十人とかいうのではない。文字どおり何百人もの人間が、溺死と焼死という残酷なまでに相反する死にかたで、声にならない声で絶叫し、あがき悶えて息絶えていくのだった。
悪夢に出てくるのは、このあとのユリシーズがとった行動なのだが、これは序盤であることを申し添えておく。注意していただきたいのは、カタルシスのための描写ではないこと。安易な感情移入を完璧なまでに拒んでいる。訳者はこう言う、「アメリカ人はこんな小説を書けもしないし、書きもしないだろう」――激しく同意!エンターテイメントに飢えている人は、ソコんところ気をつけて。
本書は、企画「徹夜小説を探せ」でjackal さんにご紹介いただいたもの。あたり本を教えていただき、大感謝です > jackal さん
面白いことに、本書には、ハヤカワノヴェルズにつきものの「人物紹介」がない。代わりに、ユリシーズ艦内配置図と航路図がある。まさにユリシーズ号そのものが主役なのか!? 乗組員は添え物なのか―― と読むのだが、二重に誤っていたことを告白する。そして、未読の読者のために、人名をメモっていたが―― 涙で、ああちくしょう、そんなもの!
ページを惜しみながら読むがいい、ハンカチではなくタオルを用意して。
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コメント
懐かしい書名を目にしたのでカキコさせて頂きます。
私も、管理人様と同じ理由で目を真っ赤にしながら徹夜で読んだ事を憶えています。
もう許してやってくれ、と言いたくなるような苛烈なシーンの連続でしたが、そんな中でもユーモアと諧謔味を忘れないキャラ達もまた忘れられません。嵐で甲板が捲れ上がった空母の艦長がよこした電文と、それに癇癪を爆発させる提督など、まるでコメディの一場面のようでした。
しかし、一番記憶に残っているのは、艦長が巡検中に煙草を一服やるシーンです。あのような気遣いをさり気なく出来る所に艦長の人柄が滲み出る、印象に残るシーンでした。
投稿: tome | 2007.04.15 03:16
いまどきこういう本をエントリする人がいることにビックリしました (笑)
私も大好きな本です。
投稿: biomasa | 2007.04.15 11:42
>> tome さん
そうです!「ユーモア」を書くのを忘れてた。悲惨陰惨苛烈な状況でホロリと出てくる諧謔が、どんなに救いになったか!これは登場人物だけでなく、目を泣き濡らしている読者にとっても。イギリス人にとってユーモアがいかに重要なのか、ようやく身にしみました。
艦長の最後の巡検での一服やるシーンは、見てきたように憶えています。絶対に忘れることはないでしょう。
>> biomasa さん
最初に知ったのは、内藤さんご自身が絶賛していたレビューでした。こんなスゴい本を読まなかったのがもったいないぐらいです。★★★★★ は鉄板ですね。
投稿: Dain | 2007.04.15 23:03
こんにちは。根岸のねこです。
人気記事ランキングで、「女王陛下のユリシーズ号」というタイトルをみて読ませてもらいました。
ほんとにいい小説です。私もレビューを1月に書いたのでトラックバックさせてください。
私は30年くらい前にこの本に出会いました。その当時は大学生でしたが、とても大きなショックを受けたものです。
今までに何回読み返したか分かりません。そういうレベルの小説です。
投稿: 根岸のねこ | 2007.04.18 21:35
先輩に譲ってもらった本と一緒に異動してます。
就職しても、結婚しても、子供が生まれても、単身赴任でも(笑
現時点で、これ以上の海洋小説はありません。
船の学校を卒業してもその思いは変わりません。
ラルストン、ライリー、カポック・キッド、クライスラー、ヴァレリー
涙で文字が滲みます。
極限状態でのユーモア、同じ島国の人間として忘れないでいたいと思います。
投稿: tatsuo | 2007.04.19 21:32
>> 根岸のねこ さん
>流れは単純なのですが、この小説が描き出したかったのはあくまで「人間」です
激しく同意ッス。彼らのことは(フィクションなのに)忘れることはないでしょう… トラバ先の記事読みました。登場人物の名前が出てて、再び、三度落涙…
>> tatsuo さん
「極限状態でのユーモア」…確かにそのとおり。ちょっとしたユーモアのおかげで、登場人物のみならず、読み手であるわたしも救われました。
投稿: Dain | 2007.04.20 00:23
涙なくして読めない本ですよね。
ただ同じく戦記モノ&大英帝国ファンだった義父が「この時代はHMSと言っても女王陛下ではない」との拘りから、この本を毛嫌いしていた事や、そのようなクレームもあっただろうにタイトルを修正しなかったハヤカワには残念でもありました
投稿: ちょろ松 | 2015.12.07 12:41
>>ちょろ松さん
コメントありがとうございます。ウロオボエですが、これが出た頃は007が流行っていたので、それにあやかって原題に枕詞がついたのだと聞いたことがあります。ネガティブな意見をときどき聞くので、ある機に直してくれる……と信じています。
投稿: Dain | 2015.12.08 22:34