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ローマ人の物語VI「パクス・ロマーナ」の読みどころ

 暗殺されたカエサルの「次」のオクタヴィアヌスの話。巨人と比較されるのは仕方ないにせよ、塩婆の視点にかなりバイアスがかかってるように見えるのはわたしの目がゆがんでるからだろう。

■皇帝の陰謀説

 塩野氏からすると、オクタヴィアヌスは「共和政」の解体を『巧妙』に『周到』に『根気』強く推し進めた人物として評されている。彼の打つ施策の一つ一つが、まるではかりごとのような書き方で読まされていると、何か陰謀めいた話にしたいのかしらんと思えてくる。

 例えば、カエサルとオクタヴィアヌスの政治感覚を誉めるくだりがある。

 それでカエサルは、四つの有力な部族に、全ガリア部族間でも指導的な地位を与えた。(中略) カエサルを一度は追いつめたヴェルチンジェトリックスの属すオーヴェルニュでさえも受けたこの待遇ぐらい、カエサルの合理性と政治感覚の冴えを示すものはない。

 カエサル萌えの塩婆だから、これぐらいは普通だ。次に、オクタヴィアヌスの場合。

 そして、何よりもオクタヴィアヌスの政治感覚に目を見張らされるのは、アウグストゥスという尊称の選択である。これも、贈られる側の彼が、周到に考えて選んだ名称であったと確信する。

 なんだか含みのあるいい方だが、後段でその理由を明らかにしている。

 古代のローマではアウグストゥス(Augustus)とは単に、神聖で崇敬されてしかるべきものや場所を意味する言葉でしかなく、武力や権力を想像させる意味はまったくなかった。(中略) しかし、元老院が満場一致で贈ると決めた「アウグストゥス」という尊称だが、実は、元老院議員たちが思っていたほどは権力とは無縁でなかったのだ。

 要は、裏では権力を集中させようと画策しているが、表ではそんなそぶりを見せず(むしろ権力を放棄して)権威だけを得ようとした、と述べている。で、オクタヴィアヌスの言葉「わたしは、権威では他の人々の上にあったが、権力では同僚であった者を越えることはなかった」にケチをつける。この間6ページ。もってまわった言い回しにウンザリさせられる。「パクス・ロマーナ」の巻はずっとこの調子なので、ここでイヤになる読者もいるかと。

■死んだカエサルの歳を数える

 そこで読みどころはこれ→「塩婆がカエサルを誉めてアウグストゥスにケチをつける書き方」に着目ー。歴史上の巨人カエサルと比較するのは気の毒だが、それこそ塩婆は嬉々として書いている。だから、どのページを開いても出てくる仮定文・前提つき条件文にいちいちツッコミを入れながら読んでみよう。

  • 「もしカエサルだったなら~」(頻出)
  • 「カエサルの場合、…だったろう。だが現実は…」(頻出)
  • 「カエサルならば何をどうやろうとも民衆は納得したろうが、アウグストゥスは慎重に進めざるをえなかったのである」
  • 「だがもしカエサルが暗殺されず、パルティア問題の解決が紀元前四四年に実現していたとしたらどうであったろう。極寒の地での流刑生活は十年で終わっていたのである。十年後なら、一万のほとんどは連れ帰れたかもしれない」

■いい歳して結婚もせず独りもんは、『独身税』を払え

 それでは読みどころは塩野「萌え」史観だけかというと、そうではない。15巻で紹介される、「ユリウス婚姻法」が面白かった。少子化対策の法律で、「それなりの年齢になったら、結婚して子どもをつくれ」という意図の元、独身者は税制面での不利が生じていたそうな。

 特に女性は、『独身税』といってもいいぐらいの不利があったらしい。子を産み育てることは国家への奉仕であったため、その義務を果たさないのであれば、私有財産の保護を受ける資格なしと、ということ。上野千鶴子氏あたりにコレを吹っかけて「塩野vs上野バトルトーク」なんて企画は面白そうだが、出版界の面々はそんな度胸というか恐ろしいアイディアは浮かばないだろうなぁ…

 また、ローマ人の死生観についての言及も興味深かった。多神教なトコは親近感を抱いていたが、ローマ人は、「人間」と言うところを「死すべき者」と言い換えていると知って、より親しみがわいた。墓所は街道ぞいに建てるところに、その気質が表れている。墓碑の文章も興味深いものが多く、ローマ人の死生観がにじみ出ている。

  • 「おお、そこを通り過ぎて行くあなた、ここで一休みしていかないか。なに、休みたくない? と言ったって、いずれはあなたもここに入る身ですよ」
  • 「幸運の女神は、すべての人にすべてを約束する。と言って、約束が守られたためしはない。だから、一日一日を生きることだ、一時間一時間を生きることだ、何ごとも永遠でない生者の世界では」
  • 「これよ読む人に告ぐ。健康で人を愛して生きよ、あなたがここに入るまでのすべての日々を」

 最後に。「パクス・ロマーナ」の14~16巻で述べられる、彼女のアウグストゥス観は以下に要約されている。2000年前の人に大きなお世話だよ、と思った方は読むとゲンナリするかも。

 アウグストゥスという人は、政治心理学では極めつきの達人と思うが、なぜか個人の心の動きには無神経な人だった。古代の美的基準では、カエサルに比べれば圧倒的に美男だったが、女にモテたかどうかということになると、さしてモテなかったのではないかと思ったりする。女の感性とて馬鹿にしたものではなく、女とは権力にも美貌にもそう簡単には騙されないものなのだ。

 こんな塩野氏の萌えっぷりにアてられたい人は、ぜひ読むべし。

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