美しい小説「インディアナ、インディアナ」
これは、一葉の写真を眺めるような感覚。最初はぼやけてたり、一部しか目に入ってこなかったりしているが、ゆっくり視線を動かすうちに焦点が合ってきて、全体像が見えてくる。最初は巧妙に三人称が隠されており、名称と会話だけで関係性を、会話と独白だけで出来事を、読み手が紡ぎ上げていかなければならない。
この、だんだんとはっきりしていく感覚が、気持ちいい。
これは、主人公の喪失感を味わう小説。こなごなに砕け散った記憶の断片を拾い上げては、ためすがめつ眺めて、ため息とともにそっと置く。主人公の強い思いが向いている先が、ぽっかりとしており、それが分からない最初のうちは不安になるほど。
この、とりかえしのつかないものを思う感覚が、心地いい
(それが何であるかを忘れてしまっていたとしても)。
小説が、どこかに連れて行かれる感覚を楽しむのなら、こいつぁ、まちがいなくオススメ。作者に手をとられて世界に入り込む。大半は回想と手紙に埋め尽くされているが、だんだんと奥深く入っていって、物語の全像が見える頃、傍らを見ると作者はいなくなっている。
この、連れて行かれた先で取り残される感覚が、気持ちいい。
かりにわたしが高校生で、片思いの相手が「読書好き」なら、バレンタインに試金石として贈ってみたい。この本が好きな女の子なら、きっと惚れる。あー、でも、わたしの嫁さんにはオススメできないなぁ、ハッキリした筋の話が好きだから。
―― さて、本書はいい小説なので、いつものようにストーリーに触れずにレビューしたぞ。柴田元幸氏が「これだ」と惚れ込み、ポール・オースター氏が「ずば抜けた才能」と絶賛した小説だというが、食指が動いた方は 言 葉 ど お り に 受け取ること(すれッからしの本読みにウケがいい、という意味なのでご注意)。
同じ理由で、いつもの「スゴい本」をお探しの方にも、オススメしない。あるいは、カズオイシグロ「わたしを離さないで」が好きな方なら、愉しめるかも。
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コメント
TBさせていただきました。
一つ一つのエピソードが心にしみわたりました。
「わたしを離さないで」もよかったですね・・。
投稿: タウム | 2007.04.08 20:11
>>タウムさん
blogのエントリをいくつか拝見院しました
全身で受け止めるようなレビューですね
「わたしを離さないで」は、とても語り合いたい一方で、未読の方へのネタバレ回避に思い悩む一冊です
投稿: Dain | 2007.04.11 00:21
今年のGWはdain週間でした。紹介されてる本を端から借りて読んでました。インディアナ・インディアナはオースターと柴田さん繋がりで読みました。The Book of Illusionsは積読してるんですけどね。
読み始めから、描写がおぼろげであったこともあって、大筋を理解しようと無理にシーンの関係を捉えようと、考えながら読んでました。もったいないって思いました。
気づいた時には手遅れ…ということはなく
読み直して、あれこれ考えずにその一つ一つのエピソードを楽しむだけで、自然と主人公の感情がしみこんできて…読み終わった後に、あぁこれが「物語」って言うんだなって、浸ってました。
巡り合わせていただいてありがとうございます!
投稿: yusuke | 2007.05.09 17:17
>> yusuke さん
このエントリがきっかけとなって読んでいただいて、わたしも嬉しいです。最近読んだスゴい小説といえば「黒い時計の旅」です。柴田元幸氏の訳が優れており、ハマれますよ。
黒い時計の旅
https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2007/05/post_1077.html
投稿: Dain | 2007.05.09 23:52