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ローマ人の物語V「ユリウス・カエサル――ルビコン以後」の読みどころ

 ずばり、クレオパトラを攻撃する塩野ばあちゃんの筆さばきですな!

 恨みでもあるのか、チクチクといたぶり、要所要所でこきおろす。「いとしのカエサルタン」の下半身を牛耳ったのがシャクに障るのかもしれないが、2000年も前の話だから勘弁してやれyo! と思いながら読む。

■クレオパトラ vs カエサル

 エジプトの内乱を平定するためにやってきたカエサル。彼を自陣に取り込みたいクレオパトラにとっての起死回生の策が面白い。ガードの固いカエサルのもとへ侵入(夜這い?)するために、ふとんにもぐりこんで召使に運ばせるクレオパトラ。ふとん+美女の絶好のシチュは誰だって(*´д`*)ハァハァできる艶話。

 しかし、塩野ばあちゃんは手厳しく、こう断じている。

 要するに、カエサルには、たとえ愛人関係に進まなかったとしても、クレオパトラの軍事上の劣勢を挽回してやる理由は多かったのである。恋愛が介在することで左右できるほど、国際政治は甘くない。また、カエサル自体が、愛しはしても溺れない性格だった(11巻p.291)

 当時はそんな言葉はなかったにせよ、合理主義が服着ているようなカエサルのことだから、確かにそのとおりだったかもしれないけれど、ミもフタもないね。同じオンナなんだから、もうちょっと手加減してやれよと思うのだが、続けてこう追い込む。

 ただし、クレオパトラのほうがそれを、自分の魅力のためであったと思い込んだとしても無理はなかった。女とは理(ことわり)によったのではなく、自分の女としての魅力によったと信じるほうを好む人種なのである。それに、女にそのように思い込ませるなど、カエサルならば朝飯前であったろう(11巻p.291)

 そんなばあちゃんに、このサイトをオススメしよう→「カエサルハァハァ…」。カエサルタンへの愛が満ち溢れている。

 自分で作り上げた「カエサル像」を眺めてはホレボレする、そんなばあちゃんが目に浮かぶ。んで、その「像」に反するような説に耳をふさいで曲げて否定する。うん、わかるよ。二次元萌え歴もずいぶんになるわたしには痛いほど分かる。

■クレオパトラ vs アントニウス

 カエサル亡き後、ローマの頂点としてエジプトにやってきたアントニウス。彼の攻略は、カエサルのときよりもカンタンだったそうな。どうやら、クレオパトラの方が一枚上手だったらしい(と塩野氏は書いている)。

 「クレオパトラは美人ではなかった」という話を聞いたことがあるが、どこまで本当だろうか。2000年も前のことだから、誰もハッキリしたことは言えないだろう。しかも、当時の「美人観」が今とかなり異なっていることは、千年前の日本絵巻を見れば明らかだ。

 それでもクレオパトラが美人だった方がネタとして面白いから、(真偽はともあれ)そうなっているのだろう。わたしも支持する、だってハァハァできるから。ローマの権力者をマタにかけ、世界のはんぶんを奪った傾城の美女が見た天国と地獄、というだけで面白くないワケがない。

 塩野氏の「もっと自由に歴史を読んでいい」コトバに結構モウを開かされている。「ローマ人の物語」が好きなのは、史実への忠実度からではなく、話として面白いから。著者が自分のことをシロウト呼ばわりして、歴史家にはご法度の「もしも…」を乱発して好き勝手に書いているから、こんなに面白い歴史(みたいな物語)が読めるんだ。

 にもかかわらず、根拠を出さずに「クレオパトラは美人ではない」を前提に話を進めてくるところにアレっとなる。「美人ではなかったと思う」とハッキリ言やいいのに、こんな風に書いてくる。これはこれで詭弁の見本のようなもので面白い。

 それにしてもクレオパトラは、絶世の美女ではなくてもそう思わせる技(わざ)に長じ、頭は良く機知に富んだ女であったことは確かだが、ほんとうの意味での知性にも恵まれていた女人であったのか?(13巻p.171)

 太字はわたし。フツーに読むと、「知性に恵まれていたのか?(いやない:反語)」になる。続けて、クレオパトラの外交面での現状認識不足、ローマ人の文化への無知があげつらわれる。

 しかーし、冷静になって読むとさりげなく「美女ではなくても」と入っている。この、前提に主張を含ませて、主文で議論を展開するやり方は「悪魔の詭弁術」あたりで学べる。噛み付く奴は主文「頭悪かったんちゃう?」に喰い付いてくるから、前提の「美人じゃなかったんちゃう?」は同意済みと受け取られる詭弁テク。

 もっと面白い詭弁がある。主張の前後がつながっておらず、通常「後ろ」に真意がくる日本語文なのに、「前」に本当の気持ちが込められている。

 私も女だから、女の浅はかさなどという表現は避けたい。だが、決定的な一歩を踏み出したときのクレオパトラは三十二歳である。若いがゆえの経験不足という、弁解さえもできない(13巻p.174)

 太字化はわたし。ローマの覇権をめぐって、アントニウス vs オクタヴィアヌスの対立が深まる状況で、クレオパトラはアントニウスに就く(ホレ、あの"アントニーとクレオパトラ"だね)。これが彼女の破滅への道とつながるわけだが、見所は塩野ばあちゃんがこいつをどうやって料理しているかというところ。

 「だが」の前後が繋がっていない。「若さゆえの過ち」→「だが」→「当時は32歳だから経験不足という弁解ができない」なら通じるが、あえて(?)「女の浅はかさ」としている。なぜか? それは、この後さんざんクレオパトラこきおろして、最後にこうつなげているからだ。

 しかも、エジプト女王の「浅はかさ」は、アントニウスのパルティア遠征をも狂わせてしまうことになったのである

 つまり、クレオパトラの「浅はかさ」が破滅を招いたことにしたかったため、ここで出しても違和感がないように露払いしているという罠。彼女が歴史を狂わせたことは事実だけれど、失敗の起因はことごとく彼女にされてしまっている。なんでもかんでも彼女のせいにしちゃいかんだろ… ツッコミながら楽しく読めた。



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うーん。。。ま、たしかに言われてみるとそうかな、とも思うね。 塩野センセ。 [ローマ人の物語V「ユリウス・カエサルルビコン以後」の読みどころ]https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2006/11/v_0d53.ht... [続きを読む]

受信: 2006.11.20 23:48

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