「ハマースミスのうじ虫」は読者を選ぶ逸品
ひとくちに「ミステリ」といっても窓口も奥行きも幅広なので、自分の経験で手をつけると失敗する(「けいざいがく」と一緒だねッ)。ともあれ、最近のジェットコースター型ミステリが好きな読者は止めておいたほうがいい。ダン・ブラウンよりコーネル・ウールリッチが好き、という人向け。
展開は派手さもなく淡々としている。渋~い英国ミステリとでもいえばよいのか。amazonレビューはこんなカンジ…(太字化はわたし)
登場人物が読んでる本やワインネタがいちいち鼻につく。読み手の教養レベルが試されているかのような小道具が出てくるたびに、英国ってのはやっぱり階級社会なんだなぁとつぶやく。後でこれが物語の基本柱になっていることに気づくのだが、まさか計算して書いたわけでもあるまい。
情景描写に独特の緊張感があり、読むことの快楽を味わえる(解説では「一本筋が通っている」と表現してた)。この緊張感、最初は羽音のように小さいものだが、話が進むにつれだんだん増幅し、最後の追い込みのトコなんてワーンと響くようだった。
面白いのは主人公のキャソン。若くして成功した上流階級の経営者。金だけでなく容姿端麗で女受けも良い。ルックスだけでなく教育も折り紙付き(オックスフォード卒)。しかも独身。
義憤に駆られて謎の男を追いかける「いい人」なんだけど、その熱中っぷりがスゴい。金あるなら誰かにやらせりゃいいのに、あるいはヤードがいるでしょ、というわたしのツッコミを尻目に、執念に近いほどのモーレツぶりで追い詰める。ラストに近づくほど犯人が気の毒に思えてくる。
心理描写のうまさに感心しながら読了し、解説で著者の履歴を知ってびっくり&納得する。本書に読者を驚かすような仕掛けがあるとするなら、解説だな。
── とここまで書いてきて、解説文にある読後の「余韻」ってなんぞや? と思う。
ラスト数行のちょっと意外な"補足"のことを指しているんだろうなぁ… と考えて、今になってようやく気づいた。どんでん返しとまではいかないけれど、唐突な感じのするラスト数行は、本書が生まれる理由だったんだな。どうりである場面で人称に違和感を覚えたわけだ。さらに、食べたものや飲み物の名前を克明に書いていたのは備忘の意味だったんだね。いずれにせよ、虚栄心が犯罪を産み、同じ虚栄心によって滅ぼされる犯罪者は、とてもユニークだから、このゲス野郎のことは何度も思い出すだろう。そう、彼が望んだように。
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