ローマ人の物語IV「ユリウス・カエサル――ルビコン以前」の読みどころ
夢中本として一気読み。文庫版で8巻、9巻、10巻と息つくヒマなし。
インテリに手厳しい塩野節も嫌味にならない程度に抑制されている… というのも、塩野氏がだいすきなユリウス・カエサルの話だから。書くほうも夢中になって書いたであろうと。
「自称」シロウトの塩野氏が好きで書いているのだから、彼女の趣味が爆発している。この巻に至るまで、好き/キライが人物描写の端々に現れていて微笑ましかったのが、ユリウス・カエサルになると俄然筆致が変わっている。やっぱ出来た男より惚れた男だな ── 要するに、とてつもなく面白くなっている、ってぇことだ。
サブタイトルの通り、カエサルがルビコン川を渡るまでの物語。ルビコン渡河までは、さらに二つに分かれている。「ガリアの前」の8巻と、「ガリア戦記」の9、10巻の構成だな。だから、面白いところだけ読みたいなら、いきなり9巻から手をつけてもいい。
■ガリアの前
ガリアの前、つまりガリア戦記の前のカエサルは、とてつもない浪費家だったそうな。最終的に国家予算級に至った借金の理由として、愛人たちのプレゼント代があるそうだ。自ら選んだ高額な品を女たちに贈るので評判だったらしい。その甲斐もあってか、カエサルは女にかなりモテたらしい。しかし、モテた理由として高額なプレゼントは必ずしもあたらない。なぜなら、と著者は想像する…
塩野氏からのメッセージ「男たちへ」を髣髴とさせる一文だな。ちなみに「男たちへ」はオンナゴコロが分からない男ども(わたしを含む)にとって、女を理解するための最高文献だと断言しよう。男であれ、女であれ、「女の気持ちは男には絶対に分からない」と平気で口にする前に、本書を手にしてみればいかが? と思える名著ナリ。
また、ローマを手中にするぐらいの権力者となったカエサルも、愛人と正妻をめぐってのスキャンダルにまみれていない(らしい)。なぜか、ここでも塩婆の筆致は鋭い。
太字化はわたし。なにか辛い思い出でもあったのだろうかと拝察。「男たちへ」にも男遍歴がにじみ出ているが、彼女の男性観が辛辣であればあるほど、カエサルというスーパースターへの思慕がくっきりと見えてて面白い。
■ガリア戦記
もちろんこれはスゴ本。2000年前に書かれたにもかかわらず、今でも文庫で改版を重ねている、という事実ひとつとっても、いかに凄い本か分かるだろう。元老院へのレポートの体裁を取っているが、ガリアの地へ攻め込んだ将から見たドキュメンタリーとしても読める。
ただ、一点ひっかかるところがある。一人称の"レポート"であるにもかかわらず、「わたし」の代わりに「カエサル」と三人称で記述している。慣れればなんということもないけれど、なぜそんなことを書いているか分からなかった。
わたしなんかが評するよりも、キケロと小林秀雄がこうレビューしている。以下、「ローマ人の物語」から孫引き。
キケロ(前51年記)
小林秀雄(後1942年記)
太字化はわたし。夢中本、一気本、徹夜本、スゴ本、のあらゆるラベルで賞賛してよし。間違いなく面白い本として強力にオススメできるが、ここである問題が生じてくる。
それは、カエサル著「ガリア戦記」と、塩野七生著「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル編」と、どちらを先に読むか、という嬉しい問題のこと。いわゆる「読んでから見るか見てから読むか」に近いかも。
前者は一人称で描いたガリア戦記。簡潔、明晰かつ洗練された文体で書かれたラテン散文の傑作といわれている。史書として一級品なだけでなく、面白い本としても一級品。
後者は、いわば「神の目」で見たガリア戦記になる。「神の目」だから、敵方の動向だけでなく、カエサルの戦略の真相へ想像が至ったり、「そのころローマでは…」から始まる政敵のきな臭い動きが語られたり、そうはさせじとカエサルの長い手の話が語られたり… 眠れぬ夜を保証しよう。
わたしの場合、カエサル→塩野の順番だった。塩野本のおかげで、より複眼的に背景を知ることができた。しかし、いきなり「ガリア戦記」に取り組むと、その簡素さ(というか素っ気の無さ)にとまどうかもしれない。だから、塩野本でウォーミングアップするというテもある(文庫8巻では、ガリアに行く前の話から書き起こしているからね)。反面、激しくネタバレになってしまう、というデメリットがつきまとう。
カエサルの鬼神のごとき軍略の秘密が明かされている。さらに、「ガリア戦記」の主語がなぜ「カエサル」なのかという謎に答えている。このように、「ガリア戦記」を読んで疑問に思ってたことが次々と「塩野史観」によって解明されてゆくのは、読んでて心地よい(ホントかどうかは、別として)。塩野氏による新訳「ガリア戦記」を激しく希望!
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コメント
はじめまして、ローマ人の物語全巻を通して、このユリウス・カエサル編はだけは違ってましたね。 歴史を書く上でなるべく客観視した姿勢を見せていた塩野さんも、カエサルに対する熱量は、読んでて恥ずかしくなりました。 長所も短所も結局全て良い!みたいな姿勢。ハードカバーで2冊も使って、私のカエサルはこんなに凄いのよ!と身内自慢されてるようで、ちょいとウンザリしたのを覚えてます。
投稿: 如水 | 2015.09.19 10:34