著名人の本棚を覗く
人の本棚を覗く欲望を満たしてくれる写真集。本棚というのは、思考・嗜好・指向・(あるいは試行)を見える化したもの。主婦にとっての冷蔵庫、VIPPERにとっての押入れ奥のようなもの。自分の精神世界をさらけだすことだから、めったなことじゃお目にかかれない。
「本棚なんてただの倉庫、積んでおくだけ。そこに私の精神は無い」などと、うそぶく人も確かにいるが、やっぱりその人の本棚に顕れている。いっぽう「そんなにありませんよ」と謙遜するのは反語のつもりか!とツッコミ入れたくなるほどのスゴい本棚もある。
取材したのは10年以上前のものばかりなので、古さ(というか懐かしさ)があふれる。リストとしての価値は少ないが、著名人の若かりし写真とともに「あの人がこの本を!」と発見する喜びを堪能できる。
まずそのものズバリ「本棚が見たい!」──ミもフタもなく即物的だが、わたしの欲望ソノママ表していて◎。この企画について、夏目房之介が非常に的確に言い表している
うん、確かに「さもありなん」と思ったり「えっこの人がこんな本を?!」と絶句したりして、飽きない人ばかり並んでいる。
内藤陳の本棚(のようなもの)は、ぜひ見ておくべき。震度2で、本の液状化現象が発生し、傍らの内藤氏は圧死するに違いない。下のほうにある1冊を抜いても同事象が起きるはず。これまで多くの積ン読ク山を見てきたけれど、これほどまでに命がけの山は見たことがない。本の山を自慢するなら一見すべきだろう。
わたしの狂書魂にビンビンくるのが、筒井康隆、山田太一、阿刀田高、それから細川護熙の本棚。皆さん、良い本を読んでるなぁ… さすが、面白い本を書く人は面白い本を読んでいると実感できる選本ばかり。元首相の細川氏は、今や陶芸三昧の毎日らしいので、著書には期待していないが、本の趣味は◎ですな。これで、良い本を読んでいることと、優れた政治家であることは、全く関係がないことが証明されたといえる。
「本棚が見たい!」で紹介されている人(太字は「これは見ておくべき」としてわたしが強調)
- 筒井康隆
- 内藤陳
- 山田風太郎
- 荒俣宏
- 高村薫
- 村松友視
- 吉村昭
- 高橋克彦
- 畑正憲
- 和田勉
- 阿刀田高
- ジェームス三木
- 安部譲二
- 山田太一
- 細川護熙
- 上之郷利昭
- 竹中労
- 日下公人
- 吉村作治
- 市川森一
- 夏目房之介
- 紀田順一郎
- 堀田力
- 秋元康
まず笑ってしまうのが、野口悠紀雄の本棚。「超整理法」でコいてる割には、本の整理はメチャメチャ。本のハラ・底が見えるように突っ込んでいる書架を見ると、つくづく気の毒に思えてくる。本人も分かっているのか「本の整理は絶望的」と断言する。
次に、上野千鶴子の本棚を見るべき。整理作業に学生を雇っているだけあって、このシリーズで最も見やすく・(女性学についてだけど)バランスの取れた書架となっている。小ネタ:彼女が推す、性を書かせたら日本の女性作家でナンバーワンは斎藤綾子だそうな。特に「愛より速く」は最高との弁なので、嗜好を知るには良い材料になるかも。
良い本を読んでいる著名人は必ずいる←こんな書き方をあえてるすのは、くだらない本を読んでいる著名人があまりにも多いから。「くだらない本」で語弊があるなら、「10年もたない本」と言い換えよう。撮影したのは10年以上前なので、本のラインナップもそれなりに古いものが並ぶのは仕方がない。しかし、それでも、10年後の今でも手にとって読みたいと思うような本が一冊もない本棚は、その人の底が思い知れる。
いそいで付け加えておかなければならないのは、風俗・流行を追いかけるのが仕事なら、仕方がない。読んでは出しを繰り返す自転車操業だから、数年で消えるような本を喰い散らかす毎日なんだろう。その結果、世風を映し出すような「いかにもバブリーな」ラインナップになるんだろう。誰がどうとかはご自身の目でお確かめあれ。
もう一つ、追記しなければならないのは、「10年もつ本」は決して古典に限定されない、ということ。古典・準古典でなくとも時を越えて読み返すべき本はいくらでもある。大事なのは、それをどれだけ自分が大切にしているか、ということ。例えば、松岡正剛の本棚の左下にある、P.アリエス「図説死の文化史」や山折哲雄「生と死のコスモグラフィー」などは、かつて読んだことがあるが、今でも(今こそ)もう一度読むべきだろう。わたしにとって「ひとは死をどのように生きたか」というテーマは年を経るごとに切実になっているから。
本を生産する人がどのように本を読んでいるかについては、噂の真相の岡留安則がこう述べる。
そんな中、スゴい本棚だと断言できるのは、松岡正剛と山本七平の本棚。一般に、モノ書きの本棚なんて、資料やタネ本ばかりで面白みもなんともないが、両氏の本棚は違う。自分の精神世界と書く対象が完全一致してて衒うことなくカメラに晒されている感じだな。特に松岡正剛の本棚はシリーズ通してもピカイチ。ぜひ見ておくべきだろう。
「本棚が見たい!2」で紹介されている人(太字は「これは見ておくべき」としてわたしが強調)
- 猪瀬直樹
- 野口悠紀雄
- 横尾忠則
- 高橋義夫
- 上野千鶴子
- 山根一眞
- 赤瀬川隼
- 景山民夫
- 胡桃沢耕史
- 田中小実昌
- 三枝成彰
- 安西水丸
- 泉麻人
- 井家上隆幸
- 志茂田景樹
- 豊田有恒
- 松岡正剛
- 岡留安則
- 水野晴郎
- 森詠
- 板坂元
- 國弘正雄
- 山本七平
- 高野孟
すべての書痴は(わたしを含め)、森本哲郎の次の独白を声に出して読んでみよう。都内に二箇所「本置き場」を持ち、さらに自宅には五万冊の蔵書を有し、全ての壁面は本で埋まっている──そんな本を前にして、インタビュアーは果敢にこう質問した「このうち何冊ぐらい読まれましたか? 」
未来の図書館の蔵書を増やしながら、「いつか読もう」と心に留めながら、どんどん刻が経っていって、そうして… なんだろうな。
素晴らしいとタメ息ついたのは、田村隆一の本棚。プラトンと「チョコレート工場の秘密」と「半七捕物帳」が同じ書架にある。スゴい精神構造なり。小説コーナーには「夜明けのヴァンパイア」と「家畜人ヤプー」が輝いている、いい趣味してる。18歳のときに48時間不眠不休で「カラマーゾフの兄弟」を読んだときのエピソードが面白い。ラストは(作中の)みんなと一緒に「ばんざい!」を叫んだそうな(なるほどー)。氏曰く「いい本は世代ごとに読むべき」は心に留めておこう。
「本棚が見たい!3」で紹介されている人(太字は「これは見ておくべき」としてわたしが強調)
- 橋本治
- 唐十郎
- 清水義範
- 桜井よしこ
- C・W・ニコル
- 有田芳生
- 勝目梓
- 市川崑
- 大森一樹
- 森本哲郎
- 生島治郎
- 江波戸哲夫
- 唐沢俊一
- 高橋章子
- 中村彰彦
- 邱永漢
- 大槻ケンヂ
- 山本益博
- 林家木久蔵
- 鈴木邦男
- 金子郁容
- 阿井景子
- 田村隆一
- オバタカズユキ
本棚・拝見
「本棚・拝見──書斎に見る、知性のプロファイル」は一発モノの企画だが、著作家に限定しない人選をしてて面白い。
人に本棚を見せるのは、ある意味で寝室やクロゼットを覗かれるより勇気が必要。高価な服や仕草で誤魔化せない、自分の精神世界をさらすことだから。プライベート・ライブラリーを公開した24人の本棚──といううたい文句で紹介しているが、見所は、次の御三方だろう。
菊池秀行の本棚は、著書のネタ本にあふれている。そこに「アーサー王伝説」があったのは笑った。彼の愛読書ベスト3は「甲賀忍法帖」(山田風太郎)、「火星年代記」(ブラッドベリ)、「その木戸を通って」(山本周五郎)とのこと。
ドクター中松こと中松義郎氏の本棚は英本、和モノの半々だった。確かに。和モノばかりで読書人でございという人にはこの普通さがついていけないだろうな、と思う。中松氏が感銘を受けたという、"Pitt"──ピッツバーグを作ったピッツの伝記を探してみよう。
ファイナルファンタジーのパッケージで有名な天野喜孝の本棚、というか書斎はスゴい。レンブラントにいたく影響されている書架だなぁ…「本は誰かの作品。できれば無いほうがいい」
「本棚・拝見」で紹介されている人(太字は「これは見ておくべき」としてわたしが強調)
- 水木しげる
- 畑恵
- ホリヒロシ
- 今田美奈子
- 菊池秀行
- 天沢退二郎
- 内藤陳
- 渋谷陽一
- 巖谷國士
- 中松義郎
- 石原慎太郎
- 三枝成彰
- 篠田正浩
- 宮脇檀
- 佐高信 ←本棚というより紙の海、スゴい!
- 小池ユリ子
- 童門冬二
- 天野喜孝
- 久住昌之
- 平田幸子
- 林恭三
- 安珠
写真ではなく、細密画のような「絵」で表現されたのが本作。妹尾河童をホーフツとさせる見取り図で著名人たちの書斎を紹介している。わたしのレビューはここ[参照]
「センセイの本棚」で紹介されている人(太字は「これは見ておくべき」としてわたしが強調)
林望――古典籍からアンアンまで、リンボウ先生のふみくら
荻野アンナ――豚と駄洒落が飛ぶラブレーな本棚
静嘉堂文庫――九百歳の姫君、宋刊本が眠る森
南伸坊――シンボーズ・オフィス、本棚はドコ?
辛淑玉――執筆工場に散らばる本の欠片
森まゆみ――書斎とお勝手のミニ書斎
小嵐九八郎――作家が放浪するとき、本は…
柳瀬尚紀――辞書と猫に囲まれて
養老孟司――標本と図鑑にあふれた書斎
逢坂剛――古書店直結、神保町オフィス
米原万里――ファイルと箱の情報整理術
深町眞理子――翻訳者の本棚・愛読者の本棚
津野海太郎――好奇心のために、考えるために
石井桃子――プーさんがどこかで見てる書斎
佐高信――出撃基地は紙片のカオス
金田一春彦――コトバのメロディを聞き書きするひと
八ヶ岳大泉図書館――ある蔵書の幸せな行方
小沢信男――本棚に並ぶ先輩たちに見守られて
品田雄吉――映画とビデオに囲まれた書斎
千野栄一――いるだけで本が買いたくなる書斎
西江雅之――本のコトバを聞き取って
清水徹――至高の書物を求めて
石山修武――居場所へのこだわりを解放する
熊倉功夫――茶室のような書斎を持つひと
上野千鶴子――三段重ねなのに、100%稼動中の本棚
粉川哲夫――移動、解体、組み立てをくり返す書斎
小林康夫――「雑に置くこと」の美学
書肆アクセス――ゆったりなのにワクワクさせる棚の妙
月の輪書林――調べ、集め、並べては手放す古書目録の本棚
杉浦康平――書斎を流動する本たち
曾根博義――重ねず、積まず、五万冊すべてが見える書棚
結論めいたもの。
がーっとイッキに見てきて実感できたのは、スゴい本を書く人の本棚は、やっぱりスゴいが、スゴい本を持っているだけでは意味がない。やっぱり読まなきゃね(しかも何度も)。
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コメント
カラマーゾフの兄弟の帯を見て訪ねた者です。
私も他人の本棚を拝見するのが好きで、草森紳一『随筆 本が崩れる 』を読んだことがあります(本棚を覗くという欲望は満たしてくれませんが、本に閉じ込められた経験談はそれなりに面白く読めました)。
ところで私は、個人の思い入れが詰まった、厳選された本が数十冊だけ収納された本棚が見たいと常々思っています。
生存競争が行われ、淘汰され、生き残った本だけが存在する本棚が。
投稿: 風来坊 | 2006.09.12 02:16
その人がどんな本を読んで、どんな感想を持ったかは気になりますね。個々の感性を本を読んだことによってどのように揺り動かしたのか、外面からは決してわからないのものです。でも本棚を見てその人の知性を測るようなことには批判的であるべきだ、なんてことを時々考えます。やはり本も我々が触れるささいな体験の一つに過ぎないのですからね。
投稿: jackal | 2006.09.12 03:10
立花隆先生のがないんですね(笑)
投稿: 太陽系第9惑星 | 2006.09.13 02:10
松岡さんの話があがていましたね。
私一度、「編集工学研究所」に行った事あります。
あの蔵書の山に囲まれていると、本好きには、よだれが出て溜まりません
そして、本の並べかたも大きさじゃなくて、ジャンルごとになっていました。たくさんの本棚があって、やっぱりうらやましいなあと...
いずれはそんな家持ちたいですねえ。
投稿: しし丸 | 2006.09.13 12:46
> 風来坊 さま
カラマーゾフの帯をご覧になりましたか、うれしはずかしです。厳選された本のリストといえば、このblogで紹介している
東大教官がすすめる100冊
https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2006/05/100_5cc0.html
読んでから死ね!
https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2006/08/post_365c.html
…なんていかがでしょうか。どちらも100冊まで厳選という目標なので、数十冊まで絞り込めていませんが、淘汰の結果は目に見えます
> jackal さま
はい、確かにその通りだと思います。出すぎた書きっぷりでした。特に、肩書きと本棚の落差があまりに激しい場合、そう感じます。肩書が妥当なのか、本棚が現実なのか、このやり方は、ひょっとして間違っているんじゃないかって、ね。
> 太陽系第9惑星 さま
立花先生はこのテーマで一冊書いてるし…
> しし丸 さま
「編集工学研究所」…行ってみたいです。このエントリで数多くの本棚を、それこそ目を皿のように眺めてきましたが、松岡氏の本棚が一番長く凝視させられました。スゴい本棚です。現実にその前に立ったなら、ずっと動かないだろうなぁ
たくさんの本を収納できる家は、ずいぶん昔にあきらめています。
投稿: Dain | 2006.09.14 00:55