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観鈴スイッチ

 たとえば夏の入道雲を見てると、思わず涙がこぼれてしまうときがある。まぶしいからではない、思い出すからだ。あるいは、飛ばないカラスを見かけたときも。そう、観鈴スイッチだ(にははスイッチともいう)。the 1000th summer からずいぶん時間が経っているにもかかわらず、今でもふとしたはずみでスイッチが入る。

おもいでエマノン AIRの原作だと思い込んでいる「おもいでエマノン」を読んだときも一緒だった。地球の生命すべての記憶を持つ少女と、彼女に惹かれる少年たちがおりなす、せつない物語。ここでは、旅をするのは往人ではなく、観鈴のほう。記憶を保ったまま転生をくり返しているため、名は意味を成さない。だから自らを「エマノン」と名乗る――「エマノン」="EMANON" を逆読みすると "NONAME" 即ち "No Name"――この独白は今なお刺さる。

 一番確かで、誰にも変えようがなく、感動させられるものは、その個体が、自分が生存中、必死になって自分に納得できる生き方を実践できたかということ。自分自身が納得できれば、もう、その個体は"生きた"ということを誰にも記憶される必要もないのよ

 少女と記憶とひと夏の経験は相性がいいらしい。最近ではこんな名品で観鈴スイッチが入った→「楽園――戦略拠点32098」 amazon紹介はこんなカンジ↓

 青く深く広がる空に、輝く白い雲。波打つ緑の草原。大地に突き立つ幾多の廃宇宙戦艦。千年におよぶ星間戦争のさなか、敵が必死になって守る謎の惑星に、ひとり降下したヴァロアは、そこで、敵の機械化兵ガダルバと少女マリアに出会った。いつしか調査に倦み、二人と暮らす牧歌的な生活に慣れた頃、彼はその星と少女に秘められた恐ろしい真実に気づく…

楽園――戦略拠点32098 世界の定義と人間性の比喩が面白い。同著者は他に「円環少女」を読んでいるが、この人、寓話的な世界を生み出す能力がスゴい。魅力的なキャラクターさえ生み出せば、後は勝手にストーリーを推進してくれるように、ユニークな世界をまるごと創造すれば、面白いお話がついてくる好例。

 本来ならば、「なぜ少女と機械化兵の二人だけなのか」とか「彼女の秘密は?」とか、「そもそもこの星の意味は」などとアレコレ想像しながら読むのが楽しいはず。しかし、「ソレ・ナンテ=エ・ロゲ」的な秘密は想定高度をじゅうぶん下回っているので、どうでもよかったりする。だいたい新人大賞を取った作品が、想像力を肝試しするような展開になるわけがない。

 むしろ、少女を護る機械化兵と、そこへ降下してきたサイボーグ兵との会話がココロに響いた。星間戦争するぐらい充分に科学が発達しているため、兵士は皆サイボーグ化されている。顔や声は憧れのムービースターのコピーだし、感情はオペレーションの邪魔になる。極端になると脳の一部以外は全て機械化されているのもあり。そんな中で「人間性とは何?」という問いへの一つの答えがユニークだった。

「おまえたちの好きな"自分"という概念は、社会を構成する人間個々が持ち寄る、ただの"誤差"に過ぎない」

『恐れ入るね、俺たちのキモチは"誤差"なのかよ』

そうだ。兵士は、兵器を扱う"能力の束"であるべきなのだ。人間性は、一瞬を争う場面では、性能を下げる不純物でしかない。おまえは何のため、その大事な"誤差"を危険にさらして戦うのだ?

命令だからさ

 考えても、他に理由がひとつもないことに愕然とした。命令だからと、言い切れてしまった。感電したみたいに頭が痺れて、真っ白になった。指示だから何でも従うでは、機会と変わらない。ガダルパの言うとおりだ。彼は、兵器にこびりついた"誤差"に過ぎない

 さらに、「そこまで発達したならば、戦争はロボットに任せればいいのに、なぜ人間を死地に赴かせるのか?」への答えも面白かった。オーウェル「1984」や「銀河鉄道999」を思い出して感慨にふけるのは、暑さで脳がユルんでるからだろう。

 少女の年齢設定をあと5歳上げると、一般ヲタク消費対象になるだろう。しかし、お話の都合上、シリーズ化は困難。AIRとは全く異なる世界ながら、夏の原風景と美少女が組み合わさると、わたしの中の観鈴スイッチが発動するという、新たな発見ができたのは収穫だ。

 そして、どちらの作品も【ラストの如何にかかわらず】次の一節で締めるのがふさわしい

 最後は、どうか幸せな記憶を

 ちなみに、少女と記憶と冬景色の場合は、うぐぅスイッチという。

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