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「生き返りを信じる子ども」という神話

「生き返りを信じる子ども」がどうやって作り出されたか分かった。ついでに「子どもを歪めているのはゲームのせい」にしたい人々の試行錯誤も。

日本女子大学の中村博志教授が行った、小中高生への調査によると、

「一度死んだ生き物が生き返ることがあると思うか」という問いに対し、「生き返る」と答えたのは9.2%、「生き返ることもある」と答えたのは12.7%にのぼることがわかったという(週刊朝日2/4号)

あとはお決まりのパターン。学者センセイや知識人がよってたかって「死の教育をきちんとしてない」とか「死をタブー視するな」とか「過保護すぎる」とか。発表者が導きたい結果へ脊髄反射的にリードされる人々、「子どものように」純真だね。

「生き返ることもある」という書き方から、仮死状態の人が生き返ることを想定した回答だと想像することもできる。あるいは、この年代の子ならきっと知ってる「一は全、全は一」とする鋼錬の輪廻観なんて、センセイ方は分からねぇんだろうなぁ…

このセンセイが導きたい論は「死を通して生を考える教育」の重要性を読むと分かる。まとめるとこうだ。

問題 : 子どもの死生観が軽薄化している
原因1:TVゲームの影響(リセットボタン症候群)
原因2:核家族化などにより死の現実が身近でなくなった
対策 : 学校や家庭で、きちんとした「死の教育」を行わなければならない

先ず、「問題:子どもの死生観」なのだが、↑で述べたとおり脊髄反射的な読みしかできていないため、設問そのものが問題にまで結びついていない。ズバリ「死とは何か?」という問いにしなかった質問者こそが問題。

次に、問題と原因の因果関係を立証するために、「TVゲーム」「身近な人の死」「蘇生観」の3ファクターのアンケート結果をカイ二乗検定をするのだが、その値は公表していない。どうやら有意的な相関性はなかったようだ。この場合、フツー仮説そのものを検証するんじゃぁないのか? と激しくツッコミを入れたくなる。

以下にその誘導的なアンケートを抜粋する。(太字は私)。

  1. テレビゲームをしたことがありますか
  2. 最長1日にどのくらいテレビゲームをしましたか
  3. 好きなゲームソフト名はなんですか
  4. ゲームの画面に出てくるいろんな技を試してみたいと思ったことはありますか
  5. それはどんな技ですか
  6. 生き物を飼ったことがありますか
  7. それはどんな生き物ですか
  8. 飼っていた生き物が死んでしまったのを見たことがありますか
  9. そのとき葬式をやりましたか
  10. 身近の人の死を見たことがありますか
  11. それは何歳のときですか
  12. その時、どんなことを考えたり感じたりしましたか
  13. 死という言葉を聞いて何を思い浮かべますか
  14. 人は死んだらどうなると思いますか
  15. 死ねと言ったことがありますか
  16. それはどんな時、誰に言いましたか
  17. 命はだいじだと思いますか

これぐらい恣意的な結果を導出できる設問もめずらしい。にもかかわらず、結局のところ、自分が欲しい数字がでなかった、またはひねり出せなかった。センセイは正直に書いている。「死を通して生を考える教育の重要性」より引用。

今回の調査では最初の仮説であるゲーム等と死の認識の間には直接の関係は見られなかったが、死の認識がこれまでとはかなり異なり、「生き返る」事があると考えている子どもが約1/3に見られているのは、極めて重視すべき結果と考えられた

んでもって、冒頭の「生き返りを信じる子ども像」が作られたワケ。次はマンガかネットあたりが俎上に登るだろうねっ

--

以下自分メモ。子どもの年齢と死の理解度。

  5歳頃 はじめて死を理解しはじめる
  6歳頃 死を拒む気持ちが芽生える
  7歳頃 自分や親しい人も死ぬのではないかと怖くなる
  10歳頃 大人の死生観に近づく
  13歳頃 一生続く死生観が完成する

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コメント

笑わせていただきましたw
「生き返りを信じる子供がいる」というニュースは、私もYahoo!ニュースか何かで読みました。そのときは「ふうん」くらいの感想だったんですが、それにこんな背景があったとは。

「バーチャルリアリティーと死の認識の関連性について」というお題目なら、その結果から「関連性はないことが確認された」というのが重要な結果のような気がするんですが、なんだかお茶を濁すような結論の書き方ですね。

ところで、「生き返り」について、大人に対して、同じアンケート取ってみたら面白いかもしれませんね。あんまり結果は変わらないんじゃないかと。

投稿: Fozy | 2005.02.06 19:07

長崎ってむかしキリシタンとかいたところですよね。キリスト教的な影響も少しはあるのではないかと思うのですが、どうなんでしょう。
あと、元データを見ると、生き返って欲しいという願望のような意見も含めて生き返りを信じているという意見にまとめられていました。なので、本当に生き返りを信じているという意見はもっと小数だったはずです。解答のまとめ様によってはどうとでもなるアンケートだと思いました。

投稿: tosh | 2005.02.06 22:57

Fozy さん、tosh さん、コメントありがとうございます。

「生き返りを信じる子ども」調査結果そのものへの疑問については、サイコドクターさんが既に同じことを言っていました(いくつかの他ブログでも)。
http://psychodoc.eek.jp/diary/?date=20050126#p01

…とはいえ、ほとんどのマズゴミは「TVゲームのせい」論と結び付けて報じています。むしろそうしたがる人々の方が問題なのかもしれません。

ちなみに、私は輪廻を信じてますので「生き返る」派です。「非科学的」な輩なのでしょうね。「科学」も信仰対象の一つで、とりあえず便利だから信じているだけ。

投稿: Dain | 2005.02.07 12:21

はじめまして。何時も拝見しております。
こんなアンケートに真面目に答える子供の比率をまず把握せんといかんと思うのですけどね。全員が全員真面目に答える状況の方がよっぽど可愛げがなくって嫌です。

と最初にこのニュース見てから思ってましたが、別件で元中学生の思い出としてこんなのもありました。
http://web.sfc.keio.ac.jp/~s01133su/mt/archives/000259.html

投稿: 六 | 2005.02.07 12:38

六さん、興味深い情報をありがとうございます。

子どもは「質問の意図」を精確に見抜きますね。自分自身が子どもだった頃の経験からもそう言えます。オトナが欲しがっている結果は分かっていて、それに沿うような回答をするのか、あるいは天邪鬼な返事をするのか、小ずるく考えるのがが「子どもらしい」ところなのでしょう。

それを信じるオトナって、子どもっぽいのではなく、幼稚なんですね。

投稿: Dain | 2005.02.08 00:43

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