岩を呼吸し、百万年眠る生命――常識を揺さぶる知的興奮と一抹の不安『地球内生命』
私は、自分が「常識」だと思っていることを、一般化する傾向がある。
- 太陽は全ての生命の源
- 呼吸とは、酸素を吸うこと
- 生きるとは増殖し活動すること
- 進化の主役は動物や植物
1~4がゴッソリ書き換えられたのが『地球内生命』だ。
常識や価値観が根本的に変わることをパラダイムシフトというが、まさにパラダイムシフトを体感できる。
著者はカレン・G・ロイド。南カリフォルニア大学で地球科学、海洋・環境生物学を専門とする微生物ハンターだ。
彼女は、熱水噴出孔や噴火口、北極圏や深海メタン湧出泉でサンプルを追い求める。熱さ・寒さ・臭気・圧力で死にそうな目に遭いながらも、ユーモアとテクノロジーと根性で奮闘する様が、本書の面白さの半分を占めている。
もう半分の面白さは、彼女が出会ってきた微生物になる。
- メキシコ湾の海底でメタン化学反応で生きる古細菌ANME-1(nature)
- 1億年前から分裂することなくひたすら「存在」するだけの微生物(nature)
- 南アフリカ地下2.8kmで岩石を「呼吸」する真正細菌(Wikipedia)
- 北極圏の永久凍土の地下深くの極限状況で生きる微生物(Frontiers)
太陽を必要とせず、金属や岩を呼吸し、分裂することも増殖することもしない生命が、人類では届かない深度に大量にいる(海底下だけでも2.9×10^29という推計値)。
本書が揺さぶってくるのは、空間的な限界だけでなく、時間の限界もある。
「細菌は急速に増殖するもの」というイメージは、研究の仕方に原因があるという指摘は鋭い。
結果を出すため、科学者は増殖が早い微生物(大腸菌とか)を選びがちだ。早く増える培養株を使えば一晩で結果が出る。結果が出るのは早い方がいい。なぜなら、間違っていたら早く軌道修正できるし、正しければ次の予算申請に間に合うから。
そのため、結果が出るのに時間がかかる方式は避けられるようになる。1サイクルが数か月、数年かかるような実験は予算が降りにくいだろう。一人の科学者が一生かけても結果が出ないかもしれない研究は、そもそも着手すらされないだろう。
「人」というボトルネックが、「生命とは(人のスケールで)殖えるもの」という固定観念を生み出しているのかもしれない。
「生命」は、人の一生や実験室の培養時間のタイムスケールで測定されてきた。だが、地球内生命は、何千年、何万年、何百万年という地質学的時間の中で、ほとんど動かず、時を待っているのかもしれない。
日光が必要で、酸素を吸って目まぐるしく増殖している私たち真核生物なんて、系統図の端っこ、古細菌の派生系かもしれぬ。文字通り、生物の教科書を書き換える勢いなり。
系外惑星から見た生命の可能性
人間を中心に考え、人間のスケールで作られた常識が壊されると、同じ世界が全く違う姿に見える。この興奮は、『系外惑星と太陽系』で味わったやつだ。
神に選ばれし人間がいる太陽系をモデルとして宇宙を観測すると、似たような星は少ない。だから、「奇跡の星」なんて呼ばれていた。
だがそれは、太陽系というただ一つのモデルでもって、恒星や惑星を考えようとした。サンプルが1つしかなかったため、惑星形成論とは、太陽系の姿をどのように合理的に説明できるかという議論に等しかったという。太陽系の姿に無意識のうちに囚われ、その「常識」の目で探そうとしていたため、文字通り視野が狭くなっていたのだ。
しかし、いったん太陽系モデルから離れて見るならば、その視野は驚くほど広がる。著者は、観測データからも理論モデルからも、ハビタブル・ゾーンに地球サイズに近い惑星が存在する確率は、10%以上はあるという。この銀河系に惑星は充満していると言える。
しかも、惑星だけではなく衛星も含めると、その数はもっと大きくなる。ハビタブル・ムーンだ。
例えば、木星の衛星のエウロパや、土星の衛星のエンケラドスは、表面は凍っているものの、氷の下には液体の海があることはほぼ確実だ。そこでの生命の可能性が議論されている。潜ってみたら、微生物が「うじゃうじゃ」いましたと報告されても、やっぱりそうなのかもと思うだろう。
最近だと、探査機「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星リュウグウの試料に、巨大有機物が見つかったというニュースがあった[URL]。それまで、宇宙空間における有機物は、比較的単純な構造だというイメージだったが、これが覆され、生命誕生の鍵は宇宙空間にある可能性が大きくなってきたという。地球よりも宇宙の方が広大だから、可能性を考えるなら宇宙にベットするべきだろう。
生物圏の侵犯リスク
パラダイムが変わる知的快感とともに、不安も出てくる。
『地球内生命』はメリットばかりを前面に押し出してくる。
例えば、地殻・海底の微生物は、生命最大の謎を解く手がかりになるという。生命の定義を広げ、地球<外>生命探索の視野を広げ、産業技術や温暖化問題への応用を示唆する。終章では1000年後の人類の未来をバラ色に描いている。
これは全くその通りだと思う。
だが、SFに焼かれた脳からすると、色々な作品が浮かんでくる。
有名なやつだとこんなのが浮かぶが、それこそ山のようにある。人類の生活圏から離れたところから持ち帰るのは、良いものばかりとは限らない。
- 永久凍土から掘り出した物体Xの活きが良すぎて南極基地を乗っ取られちゃった!
- 火星から持ち帰ったウィルス由来の生物兵器が漏れちゃって人類滅亡の大ピンチ!
昔から、長い航海を経た船は、入港してもすぐに上陸できず、乗組員は船上で一定期間、健康状態を観察された(伝染病予防のため)。宇宙開発でも同じ発想で、アポロ計画では、月から帰還した乗組員と月の石が隔離された(地球外からの未知の汚染防止のため)。
であるならば、地球の地下深くから持ち帰るものについても、同じ想像力が必要なのではないか。
地球内生命は「地球のもの」だから安全だ、と簡単には言えない。何百万年、何千万年ものあいだ、地表の生物圏から隔離され、別のエネルギー、別の時間、別の進化圧のもとで生きてきた生命である。地球<外>生命ではないにしても、地表生命にとっては十分に“異界”の生命といえる。
もちろん、犬や人に擬態したり、カゼそっくりの症状で広がるようなことはないだろう。だが、何万年も眠っていた微生物を起こすのは、素手でない方がよいだろう。
『地球内生命』は、私の生命観を書き換えるとともに、どこかで見た不安を掻き立ててくれる、楽しくて不穏な一冊。










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