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なぜバカは無敵で世の中に蔓延しているのか分かる『バカの研究』

桃井かおり「世の中、バカが多くて疲れません?」から30年、バカはどんどん増えている。

バカは、激しく自己主張する。

感情的にわめきたて、他人の意見に聞く耳を持たない。ことが起きるたびに「ほら、私が言った通りだろ?」と叫ぶ。思い通りにならないと、全て人にせいにして、自分が間違っている可能性を考えない。自分を高く評価するあまり、客観的な判断ができない。

バカは、「間違えたら死ぬ病」にかかっている。

自分の間違いを、絶対に認めようとしない。自分の間違いが証明されそうになると、ゴールポストを動かす。都合の悪いことを完全に忘れる能力があり、「昔は良かったが、今はダメだ」を口癖とする。

「バカ=知識がない」ではない。

知識はあり、アカデミックな立場にいるにもかかわらず、信じがたい愚かな発言を繰り返すバカは、大量にいる。しかも、なまじ知識があるぶん厄介だ。自分のイデオロギーを裏付ける文献を引用しながら、知的な虎の威を借りて、不愉快な相手を糾弾する。知識とは、相手を黙らせる武器だと考えている。

バカには理由がある

こうしたバカが、なぜ存在するのか―――この疑問に対し、『ファスト&スロー』のダニエル・カーネマンや、脳科学者アントニオ・ダマシオなど名だたる知性が結集し、大真面目で「バカ」を研究したのがこれ。

面白いことに、本書は、「バカをバカにする本」ではない。

某国の指導者やイズムの狂信者をこき下ろすのではなく、その背後にある、「どうして人は、愚かなことをするのか」という謎に迫る。そして、人の愚かな行動には、特定の偏りをもたらす思考のゆがみがあることを示す。

たとえば、自分を過大評価し、他人を過小評価するバカ。

これには名前が付いていて、研究者の名前にちなんでダニング=クルーガー効果という(※1)。自分の能力の欠如を認識することができないことによって生じる認知バイアスになる。なるほど、バカがドヤ顔で自説を開陳するのは、このバイアスによるのかもしれぬ。

あるいは、「昔は良かった、今はダメ」と言い張るバカ。

これも研究(※2)がされており、人は歳を取るにつれ、嫌な思い出は記憶から薄れてゆき、良い思い出だけが残るようになっている。老いれば老いるほど、過去の良いところばかり思い出すのは、人一般の記憶の仕様なのだ。

なぜ世の中、バカが多いのか

さらに、世の中、バカばっかりに見えるにも理由がある。

私たち人間には、バカを探し当てるレーダーが備わっているという。ネガティブ・バイアス(※3)と呼ばれるもので、人は、ポジティブなものよりネガティブなものに目を向け、より重要だと考える傾向が備わっているという。世間でバカが目立つのでなく、私がバカを探しているからなのだ。

こんな感じで、バカについての本だと思って手にしたところ、実際は、行動経済学や心理学から、人の思考の癖を気づかされる。「バカとは、極端な認知バイアスに陥っている人」という結論に触れると同時に、私の中のバカが炙り出されてくる。

つまりこうだ、「世の中、バカばかりだ」と感じるのは、私のネガティブ・バイアスが原因だし、「最近バカが増えた」と考えるのは、昔のことを都合よく忘れているからだ。30年前だってバカは大勢いたが、今ほど可視化されていないだけなのかもしれぬ。「自分はあいつらと違う」と考えるのは、ダニング=クルーガー効果と言えるかもしれない。

なんのことはない、バカだと思っていた私自身が、バイアスまみれの思考に陥っていることが暴かれる。小学生のあれだ、「バカって言う人がバカなんですー」というやつ。バカなのは、私だったのだ。

人である限り、認知バイアスから完全に逃れることはできない。だが、それを自覚し、振り回されないようにすることはできる。バイアスというバカを抱えながら生きよう。

※1

Justin Kruger,David Dunning

Unskilled and Unaware of It: How Difficulties in Recognizing One's Own Incompetence Lead to Inflated Self-Assessments,2000

※2

Susan Turk Charles, Mara Mather, Laura L Carstensen

Aging and emotional memory: the forgettable nature of negative images for older adults,2003

※3

Negativity Bias, Negativity Dominance, and Contagion

Paul Rozin, Edward B. Royzman,2001

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サクサクした食べ物が好きなのは、祖先が昆虫食だったから『美食のサピエンス史』

サクサク(crispy)した食べものは、みんな大好きだ。たとえば、唐揚げやフライドチキン、ポテトチップスは、世界各国で好まれる。

この、サクサクした食感を好む傾向は人類共通らしい。

なぜ、私たちはサクサクを好むのか?

本書によると、かつて我々の先祖が、昆虫を好んで食べていたからだという。

つまり、外はサクサク、中はトロ~りした食べものが好まれるのは、外骨格に身を包み、タンパク質や脂肪を豊富に含んだ昆虫を食べてきた名残りなのだというのだ。

昆虫食は異常?

アジア、オーストラリア、アフリカ、南アメリカ、中東では、昆虫は優れたタンパク質源であり、薬剤としても利用されている(※1)。そういえば、わたしが子どもの頃、祖母が作った「イナゴの佃煮」や「ハチノコ」が食卓に並んでいた。

いっぽう、欧米人は、昆虫食をありえないと決め付けるのだが、その理由が興味深い。

昆虫を「きたならしく、吐き気をもよおす」から食べないのではない。文化人類学者マーヴィン・ハリスによると、真相は逆で、昆虫を食べる習慣がないからこそ、「きたならしく、吐き気をもよおす」ものと見えているというのだ。

そして、昆虫食の価値が認められていないのは、欧米文化の環境条件に過ぎないという。獣や魚の肉が手に入りやすい一方で、手ごろなサイズの昆虫がいなかった―――この条件は北半球の一部の地域のみで、そこから発祥した食文化に組み込まれたためだというのだ。

『美食のサピエンス史』は、こうしたわたしの偏見を、鮮やかに解いてくれる。本書は、進化生物学、文化史、脳科学から、「ヒトと食」についてアプローチする。

「食べる」と「性交する」は同じ?

たとえば、食と性の研究が面白い。

まず、「食べる」と「性交する」が、同一の言葉で語られる例を紹介する。南アメリカやブラジルの一部では、両者は同じ言葉を用いられる(※2)。

確かに、いかにも「食べてる/食べられている」ように見えるのは事実だし、「あの子、食べちゃった」「美味しそうなカラダ」「女に飢える」「おとこ日照り」という表現もある。性と食は、近いところにあるのかも。

しかし、だからといって完全に言葉を同じにしたら、いろいろと混乱を招きそうだ。ところがどっこい、これらの地域では、区別する必要がある場合は、対象を言い添えるという。つまり、「果物を」「ペニスを」と目的語を付け加えて使い分けるのだ。

文化人類学の観点から、食と性が分かちがたく結びついていることを主張した後、今度は、脳科学の観点から補強する。

おいしいものを食べたときの快感を、英語圏では、フードガズム(foodorgasm:food+orgasm)という。ハッシュタグ #foodorgasm でインスタを覗くと、いわゆる「飯テロ」画像が並んでいる。

そして、fMRIで撮影した眼窩前頭皮質の活動から、美食でフードガズムを感じているときと、性交でオーガズムを感じているときの類似点を指摘する。ただし、美食と性交のそれぞれでオーガズムに至るのではなく、むしろ、フードガズムがオーガズムを誘起しているのではないかという。

おいしい料理と、たのしいセックス、どっちが気持ちよいか?

とある美食料理家が紹介する、”Better than Sex Cake” を見る限り、食の方に軍配が上がりそうだ。キャラメルソースたっぷりのチョコレートケーキは、確かに「美味しそう」である。

絶対味感

苦味についての研究も面白い。

ブロッコリーやキャベツには、PTCという苦味物質が含まれている。この物質をどう感じるかは、遺伝によるというのだ。シワのある豆と丸い豆がメンデルの法則に従うように、PTCを苦いと感じる/感じないも、潜性遺伝するというのだ。

この研究はさらに進められており、PTCを感じる人は、アルコールを飲まず、ニコチン依存になりにくい傾向があることが分かっている。PTCの味覚能力は、嗜好の形成に何らかの役割を果たしているようだ。

本書がユニークなのは、この研究は遺伝子研究だけでなく、文化的環境とも照らし合わせて掘り下げているところ。PTCの検知/非検知は、言語を伴って活動していた可能性を指摘する。PCT特有の味を指す言葉だってあるかもしれないのだ。

さらに本書では、スーパーテイスターの存在を仮説づける。同じものを食べても、敏感に感じる人から、鈍い人まで、様々だろう。この口腔感覚の個人差は、色や音のように幅があることが考えられる。

この研究が進むと、絶対音感のような「絶対味感」も明らかになるのではないだろうか。つまり、音の高さを絶対的に認識する能力と同様、特定の味を同定できる人が出てくることが予想される。味という、主観100%の世界が、どこまで普遍化できるか……これは楽しみ。

原題は、”The Omnivorous Mind” (雑食性の心)だ。ヒトという、超雑食な存在を、進化と文化の両面から、多面的に捉えた一冊。

※1

s.K. Srivastava and Naresh Babu

Traditional insect bioprospecting-As human food and medicine

November 2009Indian journal of traditional knowledge 8(4):485-494

※2

『神話理論 生のものを火を通したもの』クロード・レヴィ=ストロース(みすず書房)

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変えられないものをスルーして、変えられるものだけに集中する

人生で一番大事なことは、イチローから学んだ。

コントロールできることと、コントロールできないことに分ける。そして、コントロールできないことには関心を持たない。

首位打者争いをしているとき、ライバル打者について話題が及ぶと、「相手の打率は、僕にはコントロールできません、意識することはありません」と打ち切ったという。

同じことを、ヤンキース時代の松井秀喜も語っていた。成績が振るわず、マスコミに批判されたことについて質問されると、「記事はコントロールできません。気にしても仕方ないことは気にしません」と返したという[松井、イチローの言葉を就活に生かす]

初めてこの言葉を聞いた時、自分を苦しめているものがはっきりと見え、すっと楽になった。以後、手帳の見返しに書きつけ、毎日見返している。

わたしを苦しめているものは、「コントロールできないもの」を生み出しては抱えている、わたし自身なのだ。

もっと踏み込んだ言い方では、[二ーバーの祈り]がある。

神よ、

変えることのできないものを、

静穏に受け入れる力を与えてください。

そして、

変えるべきものを変える勇気と、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを、

与えて下さい。

神学者ラインホルト・二ーバーが作者とされる祈りの言葉で、アルコールや薬物依存症に苦しむ人を支援する会でも引用されている。

この、「変えることのできないもの」をあれやこれやと生み出し、それに思い悩むのは、ヒトの思考の癖のように思える。

放っておくと、そうした不安にばかり埋め尽くされ、悪い方へ悪い方へとしか考えられなくなる。眠れぬ夜、「不安なことを考えると安心する」といった倒錯した頭を抱えることもある。

だが、不安とは、未来に起こるかもしれない不都合を、「いま」思い悩むことだ。「いま」を「未来」に変えられないのであれば、起きたときに悩めばいい。起きてもいない(起きるかどうかすら分からない)不都合について心配するのはナンセンスかもしれぬ。

この考え方は、ずっと受け継がれてきたもので、古代ギリシャまで遡ることを知ったのが、『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね』だ。エピクテトスはローマ帝政時代の哲学者で、彼の言葉は、マルクス・アウレリウスからパスカル、夏目漱石にまで影響を及ぼし、今に至っている。

本書は、彼に私淑する山本貴光さんと吉川浩満さんの対談形式で描かれており、現代風にアップデートされた悩みについて、具体的に語られる。

エピクテトスの原則は、シンプルだ。

自分の権内と権外を適切に見極めよ

ちょっと見慣れぬ言葉があるけれど、

権内=自分がコントロールできるもの

権外=自分がコントロールできないもの

だね。そして、権内か、権外か、両者が適切に区別できている状態こそ、人にとってもっとも幸福であり、われわれが目指すべき最善な状態だという。

そして、権内か、権外か、あらゆる心像についてこの基準をあてがってみろとアドバイスるする。権外であれば、捨て去れと断言する。なぜなら、人々を不安にするものは事柄ではなく、事柄に関する考え方なのだからだというのだ。

こうして言葉にするとあたりまえに見えるが、不安にさいなまれている時には、そこまで思いが及ばない。

だから、具体的な例を挙げ、権内/権外をあてはめるトレーニングをする。本書では、以下の人々を俎上に、コントロールできること、できないこと、見極め方を指南する。

  • 新任の上司が女性なのでモヤモヤしているエンジニア
  • 電車遅延について駅員に怒鳴り込むおっさん
  • やりたいことも、得意なこともないが、進路を決めなきゃいけない高校生

読者は、ひょっとすると、ここに出てくるエンジニアや高校生の立場ではないかもしれぬ。そのため、ここの事例がそのまま当てはまるとは限らないかもしれぬ。

だが、「増殖する不安を抱えている」という点では一致するし、その悩みは人類史上初というわけでもないだろう。

だから、本書を通じて「エピクテトスならどうする?」と自問すると良いかも。おそらく、権内のあまりの小ささと、権外のあまりの巨大さに、驚くだろう(わたしがそうだった)。

悩み事は、放っておくと雪だるま式に増殖する。アルコールで一時的に忘却したり、課金やスパチャで気を紛らわすのもありだが、財布や肝臓が死ぬ。悩むのは人の仕様。だが、死ぬほど思い悩むことはない。

その人生、正気を保っていくために。

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ナチスが焼いた本のリスト、国際宇宙ステーションにある本、ハリポタの次に読む本……本のリストが面白い

ナチスが焼いた本のリスト

ナチスが焚書した本は4,000を超えており、その全容は把握しきれない。だが、焼かれた本の一部は分かっており、”A Book Of Book Lists” でリスト化されている。これを見ると、ナチスが何を恐れていたかが、よく分かる。

  • 武器よさらば(アーネスト・ヘミングウェイ)
  • いかにして私は社会主義者となったか(ヘレン・ケラー)
  • 野性の呼び声(ジャック・ロンドン)
  • 鉄の踵(ジャック・ロンドン)
  • 世界史概観(H.G.ウェルズ)
  • 理性に訴える(トーマス・マン)
  • ジークムント・フロイトの全著作

 

ISS(国際宇宙ステーション)にある本

宇宙ステーションで働く人々は超忙しいので、本読んでるヒマなんてないのでは? と思うのだが、リラックスのための読書は必須らしい。数十年にわたり私物として持ち込まれ、そのままライブラリー化しており、シリーズものが充実している。

  • ファウンデーションシリーズ(アイザック・アシモフ)
  • エイリアン 感染(ダレル・ベイン)
  • アシモフのサイエンス・フィクション(アイザック・アシモフ)
  • ヴォルコシガン・サガ(ロイス・マクマスター・ビジョルド)
  • 二都物語(チャールズ・ディケンズ)
  • 戦争と平和(トルストイ)
  • 風と共に去りぬ(ミッチェル)
  • オナー・ハリントン・シリーズ(デイヴィッド・ウェーバー)

 

アラン・チューリングが借りてた本

アラン・チューリングが学校で借りた本のリストもある。パブリックスクールに通っていた頃(14~19歳)の本だ。ルイス・キャロルのアリスシリーズから数学の世界へ誘われたのかと想像すると感慨深い。

  • 不思議の国のアリス(ルイス・キャロル)
  • 鏡の国のアリス(ルイス・キャロル)
  • 論理ゲーム(ルイス・キャロル)
  • 空間、時間、重力(アーサー・エディントン)
  • 自然界の本質(アーサー・エディントン)
  • 物質と運動(ジェームズ・クラーク・マクスウェル)
  • 科学と近代世界(ノース・ホワイトヘッド)

一冊の書物は一つのパッケージとして完結する。だが、それをリストにすると、趣味や偏愛、あるいはメッセージ性が現れてくる。

この遊びを徹底したのが、『本のリストの本』だ。

編集者や蒐集家、ライターといった、本に関わる人たちが、本のリストを巡ってあれこれ語ったエッセイ集だ。知ってる本から知らない本を手繰るとき、それをリストの形で繋げてくれるのが楽しい。

 

文字の表情を味わう本

タイポグラフィやレタリングが好きな人で、様々な書体を見ているだけでニヤニヤできる上級者向け。フォントを変えるだけで、中身がガラリと変わってしまうのは魔法のようで面白い。『じょうずなワニのつかまえ方』はWeb版で読める(めちゃめちゃ面白い!)

  • じょうずなワニのつかまえ方
  • 日本字フリースタイル・コンプリート たのしい描き文字2100
  • 篠原榮太のテレビタイトル・デザイン

 

刊行しなかった本のリスト

企画は進んでいたが、諸事情で日の目を見なかったリストなのだけど、絶対これ面白いやろ! と言えるやつばかり並んでる。ベイトソン先生のやつは読みたい!

  • 男色と免疫疾患(南方熊楠)
  • 小説・経済論(村上龍)
  • 細野晴臣画集
  • 坂本龍一伝(玖保キリコ)
  • 中島みゆき論(呉智英)
  • マルセル・デュシャン(オクタビオ・バス)
  • イルカを撃つな(グレゴリー・ベイトソン)

 

ハリー・ポッターの次に読みたいリスト

イギリスの絵本専門店が、ハリポタブームの頃に出したリストだそうな。私はハリポタを読んでいないので何とも言えないが、これらが鉄板で面白いことは保証する。『ダレン・シャン』や『タラ・ダンカン』も入れたいね。

  • はてしない物語(ミヒャエル・エンデ)
  • トムは真夜中の庭で(フィリパ・ビアス)
  • ゲド戦記(アーシュラ・ル=グウィン)
  • 指輪物語(J.R.R.トールキン)
  • 長くつ下のピッピ(アストリッド・リングドグレーン)
  • ナルニア国ものがたり(C.S.ルイス)

この遊びはマネしたくなる。たとえば、何度も読んでしまう短篇集とか。

 

なぜか何度も読み返す短篇集(マンガ編)

  • ヘウレーカ(岩明 均)
  • ひきだしにテラリウム(九井諒子)
  • 愛すべき娘たち(よしながふみ)
  • 棒がいっぽん(高野文子)
  • ミノタウロスの皿(藤子・F・不二雄)
  • 三文未来の家庭訪問(庄司創)

 

なぜか何度も読み返す短篇集(小説編)

  • 伝奇集(ボルヘス)
  • 新釈雨月物語、新釈春雨物語(石川淳)
  • 完全な真空(スタニスワフ・レム)
  • Carver's dozen(レイモンド・カーヴァー)
  • 名人伝(中島敦)
  • チェホフ短篇集(チェホフ)

面白いだけでなく、読み返すたび、違った印象を受けるのが面白く、何度も手にしてしまう。「噛むほどに味が出る」というやつ。

こんな感じで並べると、わたしの偏愛が見えてくる。「お前のマンガの趣味は悪い」と言われたことがあるけど、偏っている自信はある。一方で、わたしと好みが被るなら、ここから次に手にする一冊が見えてくるかもしれぬ。

あるいは、拙著『わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』にも、沢山のリストがある。

 

人生を破壊する怒りから自由になる本のリスト

  • 怒らないこと(アルボムッレ・スマナサーラ)
  • ジェダイの哲学(ジャン=クー・ヤーガ)
  • 怒りについて(セネカ)
  • 七つの習慣(スティーヴン・コヴィー)

怒りに任せてモノに当たったり、感情が昂って眠れなくなるほどだったのが、読書を通じて、怒りから自由になることを学んだ。万人向けかは知らないが、少なくとも自分には効いたリスト。

 

読んだことを後悔する禁断の劇薬小説

  • イワン・イリイチの死(トルストイ)
  • 城の中のイギリス人(マンディアルグ)
  • 隣の家の少女(ケッチャム)
  • ジェローム神父(マルキ・ド・サド)

全24作品からダメージ低めのものを選んだが、読書は毒書であることを思い知らせてくれる。苦手な人は避け本リストとして使って欲しい。好きな人は、別冊付録を手にしてほしい。

このブログでも、様々なリストがある。昔、わたし自身のために作ったのだが、今でも有効活用しているのがこれ。

 

東大教師が新入生に薦めるブックリスト

  • 理科系の作文技術(木下是雄)
  • 生命とは何か(シュレディンガー)
  • 日本人の英語(マーク・ピーターセン)
  • 知的複眼思考法(苅谷剛彦)
  • オリエンタリズム(サイード)
  • ゲーデル、エッシャー、バッハ(ホフスタッター )

実際は、東京大学出版会が毎年行っているアンケートで、過去30年分を基に集計した100冊のリストになる。リストにすることで、今まで読んできたもののを振り返り、整理することができる。一方で、次に読む目標も出てくる。

本をリスト化すると、意外な自分が見えてきたり、趣味が似通った人と出会えたりする。定期的に棚卸していきたいもの。

 

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