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きれいは汚い、汚いはきれい『不潔の歴史』

歴史上、いちばん不潔な信徒は、次のうちのどれか。

  1. キリスト教徒
  2. イスラム教徒
  3. ユダヤ教徒

『不潔の歴史』によると、史上最も不潔なのは、キリスト教徒だという。ホント!? 入信の際の洗礼のイメージから、きれい好きと思っていたが、違うらしい。

たとえば、イエスを食事に招いたファリサイ派の人は、イエスが食前に身体を清めなかったことに慄いたとある(ルカ11:37-54)。さらに、「あなたたち(ファリサイ派)は、杯や皿の外側はきれいにするが、その内側は強欲と悪意に満ちている(ルカ11:39)」と非難されている。

外見よりも内面を重視するエピソードだろうと思っていたが、これを真に受けて、わざと汚れたままでいることが、4~5世紀のキリスト教徒に流行したとある。手記や小説などで、キリスト教徒の汚さは相当なものだと紹介されている。

一方、ユダヤ教徒やイスラム教徒は、清潔でいることが宗教上の要求としてルール化されていたという。つまり、身ぎれいにすること自体が宗教活動の一つだったのだ。

「きれい」と「汚い」は文化の違い

『不潔の歴史』を読むと、「きれい」と「きたない」は文化的なものであることが分かる。

現代の米国人にとっては、清潔とは、毎日シャワーを浴びてデオドラント剤を付けることだし、17世紀のフランス貴族にとっては、体は洗わず肌着を毎日着替えることが「きれい」になる。古代ローマ人の風呂好きは有名だが、垢をかき落とす金属製のヘラは拷問用具に見える(ストリギリスというらしい)。きれいになる前に血を見そう……

自分の価値観に照らし合わせて「うへぇ」と声に出しながら読んでいるうちに、その自分の価値観ですら、後の世からすると、「うへぇ」なのかもしれぬ、と思えてくる。

たとえば、16世紀の外科医の科学的指導によると、風呂は禁止だという。なぜなら、風呂に入ることで、肌や体の器官が柔らかくなり、毛穴が開くことになるから(当時は毛穴から疫病の「気」が入り込むと考えられていた)。

あるいは、フランスの思想家モンテーニュは、毎日体を洗う習慣が無くなっても問題ないとし、むしろ、手足の垢が層になり、皮膚の毛穴が汚れで詰まっていることを良しとした。病気の予防のため、風呂に入らないという考えだ。

現代の価値観からすると怖気を振るいたくなるが、それなりの根拠がある。16~17世紀にかけてペストが流行したのだが、当時は原因が分からず、共同浴場で悪疫の「気」が入り込むと考えたのだ。

「くさい」という強迫観念

ろくに体を洗わず、垢や脂、ワキガは香水でごまかし、社会全体が臭いので逆に気づきにくい―――パトリック・ジュースキントの小説『香水』で予習はしていたものの、中世のヨーロッパは、相当臭っていたようだ。

では、なぜそれが現代の衛生観念に近づいたか?

上下水道の整備や衛生観念の一般化が思いつくが、本書では、広告戦略の影響が大きいとある。マウスウォッシュのリステリンは、今でも売れているが、1920年代は、こんなキャッチコピーで売り始めたとある。

  • 自分で気づきにくい体臭で、周囲に迷惑をかけている
  • あなたの口臭で、嫌われていませんか
  • 介添え人はしょっちゅう、花嫁はさっぱりなのは、臭いのせい

「あなたは自分の臭いに気づいていない」として、恐怖を煽って商品を得る「耳打ちコピー」という広告戦略が紹介されている。特に1920年代の米国において、この戦略により、デオドラントや消臭剤、ボディソープが飛ぶように売れたという。

これに加えて、ジョージ・オーウェルを例として、臭いと階層化社会の関係が挙げられる。オーウェルのルポルタージュ『ウィガン波止場への道』では、彼の子ども時代では半ば公然と使われ、昨今では誰も口にされていない言葉が出てくる。それは「下層階級は悪臭がする」だという。

日本人は臭わない?

『不潔の歴史』の著者、キャスリン・アシェンバーグは米国人のため、おのずと欧米の文化が中心となっている。

日本の入浴文化も触れられているが、19世紀の長崎を訪れたオランダ人の手記で、「半茹でになるまで入っている」「老若男女が一緒で、慎みというものがない」といった程度だ。「日本人は臭う・不潔」といった内容は見当たらない。

そもそも、日本人の多数を占めるモンゴロイドは、コーカソイドと比べると、臭いの元となるアポクリン汗腺が少ないと言われている。これに加えて、行水や銭湯が一般化していることから、日本人は比較的、臭わないのかもしれぬ。

衛生観は、異文化を叩く格好の道具だ。曰く、「よそ者は正しい衛生観を持っていない。だから不潔だ」というやつ。だが、本書を通読すると、「きれい」と「汚い」は価値観の違いに過ぎないことが分かる。

「マスクをする」衛生観念

最近ならマスクになる。

2002年に中国南部でSARSがアウトブレイクした際、国際線でマスクをする日本人が嘲笑の的になったことを覚えている。ウイルスは非常に小さいため、マスクは感染予防にならない、だから日本人は無駄なことをしている、という理屈だ。

しかし2020年のこの夏、日本人のみならず、諸外国の人々も、公共の場所でマスクをしている。なぜか。

COVID-19はSARSと比べると自覚症状が少ないため、知らないうちに感染し、他の人に伝染させる可能性がある。したがって、自分の感染「予防」ではなく、他人に感染させないためにマスクは役立つ、という理屈だが、そこまで理解した上でマスクをしている人は、一体どこまでいるかは、分からない。

周囲がしているから、するのが「普通」だから、マスクをする―――こういう風に、衛生観念は育っていくのかもしれぬ。

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コメント

感染「拡大」のためにマスクは役立つ

投稿: 田中和則 | 2020.08.20 02:52

>>田中和則さん

ご指摘ありがとうございます。修正しました。

投稿: Dain | 2020.08.21 10:59

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