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世界はこんなにも不思議で面白い『銀河の片隅で科学夜話』

Ginga

これ好き、丁寧で上質な科学エッセイ。

深夜に寝しなにちびちび読みたいのに、軽妙洒脱な語り口に引き込まれ、するすると読んでしまう。多宇宙論と文学の深い関係を語ったかといえば、民主主義を壊すには、サクラが17%いればいいことを証明したり、倫理学のトロッコ問題を4,000万ものビッグデータでねじ伏せる。

量子力学とボルヘス

たとえば、多宇宙論と文学について。

量子力学と論理学を成立させるため、1957年にヒュー・エヴェレットが唱えた、「複数の宇宙」を仮定した主張だ。これによると、観測する度に分岐する、複数の平行世界が作り出されることになる。世界が進行するにつれ、無数の瞬間に、いくつもの多世界への分岐が生じるというのだ。

わたしは物語に毒されているので、複数世界を行き来するギャルゲーや小説をいくつか思い出してしまうのだが、エヴェレットが多宇宙論を主張する「前」に世に出た、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの作品が紹介される。

それは、1935年に出版された『伝奇集』にある短編で、「枝分かれする小径の庭園」になる。分岐してたえず数を増やしていく庭園の小道が登場する。それは失われた、「迷路でできた迷路」であり、曲がりくねりつつ広がり、迷路そのものに過去と未来を収め、星々までも含んでしまう―――エヴェレットがこれを読んだかどうかは分からないが、響きあうものがあるという。

言われてみれば確かにそうかも。そして、いったんそうした目を持ってしまったなら、今度はボルヘスを科学の可能性として読めやしないかと試みたくなる。

たとえば、認識が存在を規定する世界観なら、「庭園」よりも「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」の方がしっくりくる。捏造された百科事典をめぐる奇譚なのだが、この宇宙が誰かの夢ではないことは、確率に過ぎないという読後感が残る。ひょっとすると、エヴェレットはこっちを読んでいたのかもしれない。

H.G.ウェルズと核爆弾

あるいは、中性子爆弾とSF小説について。

物理学者レオ・シラードが、1933年、中性子をぶつけて原子核を崩壊させる実験で、あるアイデアを思いつく。

それは、「崩壊で中性子が飛び出し、それが別の崩壊を連鎖的に引き起こしたら、膨大なエネルギーが放出されるのではないか?」という着想だ。シラードは仲間とともにこのアイデアを検証するのだが……後はご存じの通り、マンハッタン計画で実現することになる。

本書では、なぜシラードは核兵器の原理を構想したのだろうかという点に着眼する。

そして、1914年に出版されたH.G.ウェルズの『解放された世界』の影響が決定的だったという。小説では、ウラニウム放射線を用いて、何日も繰り返し爆発する手投げ弾が登場する。あらゆる戦場で強力な核兵器が用いられ、人類は絶滅の危機に瀕する。

そこで目覚めた指導者たちが世界政府を作り、人類に最終的な平和をもたらす―――というストーリーだが、現実がそうでないことは今を見ればわかる。事実は小説よりも奇なりというが、現実が芸術を模倣すると喝破したワイルドが正しいのかも。

民主主義を壊すには、サクラが17%いればいい

たいへん興味深いのが、セルジュ・ガラム博士の「世論力学」だ。

様々な利害が対立する中で、どのように合意を形成するか? 単純に多数決を取るのではなく、互いの意見を出し合い、メリット・デメリットを検証していく、コンセンサス形成が重要だ。

このコンセンサス民主主義をモデル化したのが、ガラム博士だという。

人は全ての事案に対して詳しいわけではない。巨大不明生物の進行状況だとか、なぜ宇宙船がカウントダウンしてるといった、専門家でも難しい問題に、適切な判断が下せるわけがない。

だから、他人の意見を尋ねたり、定見を持った人(専門家とは限らない)の主張を参考にしたりする。そうして意見の変更や調整が繰り返され、集団全体が合意する方向性が定まってゆく。

ガラム博士は、この意見形成をシミュレートし、確率分布の時間的分布を記述する式を作成することで、民主主義のコンセンサスを数理モデル化した。

そして、このモデルを色々動かすことで、集団は非常に興味深い振る舞いをすることが見えてくる。

まず、全員が浮動票―――つまり、みんな確固たる意見がない―――状態からスタートした場合、時間の経過につれて賛否のいずれかが優位になり、最後は全員賛成、もしくは全員反対になる。どちらに倒れるかは運しだいといったところだ。

だが、一定の固定票―――つまり、確固とした主張を持つ人がいる―――場合、賛否に与える影響は大きくなる。重要なのは、その主張の正しさ如何ではなく、どの程度の固定票がいるかになる。固定票が17%を超えると、無敵になる。残りの浮動票がどう動いても、最終的に固定票に収束する。

つまり、サクラを雇ってレビューを書かせたり、組織票をSNSにバラまいたり、切り取った「民意」をブロードキャストしたり、やり方はさまざまだが、その数が17%を超えると、合意形成を恣意的に操れるようになる。

これは良いことを聞いた。わたしは、「操られる」ほうの立場だが、(エコーチェンバーでなく)周囲の声が一つに合わさろうとするとき、その中にどの程度のサクラがいるのだろうか? という目で見るとしよう。その上で一緒に合唱するか、その輪から外れるかを選ぶこととしよう。

著者は量子力学の専門家なのだが、文学や歴史についても造詣が深く、世界の面白さについて、様々な分野から、縦横無尽に語ってくれる。寝る前に一話ずつ読むと、一ヵ月くらい不思議で楽しい夢が見れそう。

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