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女性の声を奪う力と、それに抗う力『舌を抜かれる女たち』

Sitawo

表紙はピカソ、「ピロメラを犯すテレウス」だ。テレウスは、義理の妹のピロメラを人気のない場所へ連れ込み、レイプする。終わった後、ピロメラは、テレウスに告げる。

「もう恥じてなどいない、私はこのことを広言する。機会があれば、人前で誰にでも言うつもりです。天もそれを聞くでしょう、もし天に神がおいでなら神も私の言うことを聞かれるでしょう」

告発を恐れたテレウスは、ピロメラの舌を切り、置き去りにする。オウィディウスの『変身物語』の一幕だ[wikipedia:ピロメーラー]。このように、女を黙らせ、女の言葉を軽んじ、権力から遠ざけようとする動きは、古来からあったという。そのメカニズムを告発したのが、『舌を抜かれる女たち』になる。

著者はケンブリッジ大教授のメアリー・ビアード、元は講演録で、昨今の MeToo 運動を受けて大幅に加筆したもの。古代ギリシャ・ローマからの文芸や美術をひも解きながら、女性の声を奪い、発言力のある女性を貶める伝統を炙り出す。

その伝統は、現代社会にも地続きになっている。

女性の声の力を奪う

たとえば、次の文章は、どちらの性を非難しているか、明らかだという。

  • キーキーうるさい
  • めそめそ泣き言をいっている
  • ぐずぐず愚痴をこぼす

一般に女性は、男性を比べ、声域が高い。その高い声が感情的に聞こえるため、演説に向かないとされてきた。

しかし、そう考えさせるまさにその背景に、女性を権力から遠ざけようとする動きがあったという。著者は、古典文学を参照しながら、低い声の威厳を強調したり、甲高い声の臆病さを繰り返すことで、公の場での女性の発言を封じてきたというのだ。

最近読んだ『アレクサンドロスとオリュンピアス』にも、同様の発言があった。アレクサンドロス大王の母・オリュンピアスについてだ。

彼女と敵対していたアンティパトロスが死に際に、「女には決して王国を支配させてはならぬ」と述べたという。政敵を攻撃するプロパガンダ説もあるが、真偽はともかく、この言葉が現代にまで遺っている事実の背景に、権力の場から女性を排除しようとする思考が横たわっているのかもしれぬ。

女性の力を貶めるシンボル―――メデューサの首

女性の言葉を軽んずる歴史の中で、それでも力をつけてきた女性をどうやって貶めるか?

その文化的なシンボルとして、メデューサが紹介される。宝石のように輝く目を持ち、蛇の髪をした、見た者を石に変える伝説の女だ。ペルセウスによって首を切断されることになるが、これは、女がパワーを持った時の破壊的な危険性を男が制圧するという強力なシンボルだという。

本書では、ルネサンスの芸術家・ベンヴェヌート・チェッリーニによる彫像を紹介する。

ペルセウスは右手に剣を構え、左手でメドゥーサの首を掲げ、その遺体を踏みつけにしている。切断された首からは何やらが垂れており、英雄の勝利の瞬間を見るものもいれば、サディスティックなミソジニーと評する者もいる。

Perseus

From Wikimedia Commons, the free media repository:Perseus

次に、この生首のモチーフが利用されている例を紹介する。

女性の権力を貶めようとする意図のもと、アンゲラ・メルケル独首相や、イギリスの内務大臣テリーザ・メイが、メデューサの生首として描かれて、SNSで拡散する様子を紹介する(この2人はミケランジェロのメデューサのコピーとして描かれている)。

最もあからさまなものは、[ヒラリー・クリントンの例]だ。トランプがペルセウス、ヒラリーがメデューサとして、この彫像の通りに描かれている。

女性を沈黙させ、権力の場所から排除しようとする伝統は根深い。

女性の声を取り戻す

では、どうすればいいのか?

本書では、マーガレット・サッチャーが、声を低くするためボイストレーニングを受けていたエピソードを紹介する。甲高い声に威厳を加えようとしたのかもしれない。女性が男性の「ふり」をすれば手っ取り早いかもしれないが、それでは問題の本質は未解決のままだという。

サッチャーのボイストレーニングの前と後

また、「男と女は使っている言語が違う」や、「男は火星人、女は近金星人」という便利な方向に逃げることを戒める。結局、男と女は違うのだからと言ったところで、何も解決したことにならないのだから。

著者は、もっと深く、「権威のある話し方とはどういうものか」「それはどのように成り立つのか」まで掘り下げる。そうすることで、女性の声を不当に貶めている問題を表面化させることができるという。著者はさらに、こう加える。

権力とは何か、何のためのものか、その大小をどうやって測るべきか、そういうところから考えていかなければならない。別の言い方をすれば、女性が権力構造に完全には入り込めないのなら、女性ではなく、権力のほうを定義し直すべきなのです

ピロメラとテレウスの話には続きがある。

ピロメラは舌を切られ、話すことができなくなったが、機を織る才はあった。そのため、自分がされたことをタペストリーを織り込み、テレウスの悪事を告発する。女性の声を奪おうとする力は古来からあった。一方で女性は、口を封じられたままではないのだ。

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