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おっぱいに(科学的に)興味がある人必読 『哺乳類誕生』

おっぱいとは何か?

この問いに対し、人文科学からたどったのが『乳房論』だ。絵画、文学、宗教、政治、ファッション、医療、ポルノの斬り口から、[乳房をめぐる欲望の歴史]を描き出している。

いっぽう、自然科学からたどったのが本書『哺乳類誕生』だ。遺伝学、分子生物学、獣医学、生物工学、古生物学の斬り口から、乳房に至る進化の歴史を描き出している。

おっぱいで子どもを育てる哺乳類は、どのようにおっぱいを獲得したのか。乳はどのように発達し、どういったメカニズムで出て、生命維持にどのような役割があるのかなど、おっぱいの本質を学ぶことができる。

ワクワクしながらページを開く。第一章は「生命誕生」。

そこからか!

おっぱいまでの進化

遺伝子と有性生殖の仕組みを語り、アミノ酸から原生動物、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類に至るまでの進化を丹念に振り返る。これが半分以上を占めており、なかなかおっぱいにたどり着けないのだが、面白いトピックが満載されている。

話題があちこち飛ぶため、散らかっているように見える。だが、そこに共通するものは、「いかに生き残るか」というテーマだ。「目の進化」や「耳の進化」といった器官ごとに焦点を当て、捕食者やライバルを出し抜く戦略や、そもそも敵がいない場所で生き延びるための工夫を見て取ることができる。進化とは、どのように生き残るかの試行錯誤の歴史なのだ。

さらに、鳥類から始まったとされる「子育て」に焦点を当て、卵生のメリット・デメリットと、それを克服する胎生のメカニズムを説明する。子孫を残すうえで、最も弱い存在が卵だ。動くこともできず、餓死や捕食の危険が非常に高い。多くの卵を残したり、親が卵を守ったり、胎内で大きくすることで、子孫を残すために有利になろうとする。進化とは、どのように子を生み、育てるかの試行錯誤の歴史なのだ。

全ては第三部の「進化の究極──乳腺と泌乳」への伏線になっている。乳腺とは、乳を分泌する腺で、泌乳とは、乳が分泌されることなのだが、著者曰く、おっぱいこそが進化の究極になる。

おっぱいの本質

いちばん驚いたのが、おっぱいの本質だ。

ほとんど味しないし、うっすら生臭いので、血液みたいなものなのだろうと思っていたが、わたしが浅薄だったことを思い知らされた。もちろん、血漿に含まれる成分と重なるところがあるが、おっぱいの本質は、脂肪を与える仕組みから分かる。

子どもを大きくするためには、大量の栄養―――特に脂肪を効率的に与える必要がある。だが、脂肪は、ほとんど水に溶けない。おっぱいは液体だから、脂肪を渡そうとしてもそのままでは難しい。どうするか? 

脂肪は乳腺細胞がつくり、細胞内の脂肪滴という形で存在する。これを乳に移行するときは、細胞膜を通らなければならないのだが、通過する場所がない。そのため、細胞膜を内側から押し上げ、細胞膜に包まれた状態(脂肪球)となって乳に移る。細胞膜そのものは水に混ざりやすい性質を持っているため、脂肪滴も親水性物質として振舞えるというのだ。

著者は淡々と説明しているが、これ、端的に言うと、何らかのパイプを通じて養分を与えるのではなく、自分の身(細胞)を削って脂肪を包んで乳にしていることなる。まさに身を削って乳を与えているといえる。おっぱいは、血というより肉の一部なのだ(面白半分に飲んでた自分を殴りたいorz)。

さらに、このメカニズムにより、水より油に溶けやすい(脂溶性)物質を効率的に届けることができる。ビタミンA、D、E、Kは脂溶性ビタミンと呼ばれており、その運び手として脂肪滴が用いられる。特に、カルシウムの吸収を助けるビタミンDは欠かせないという。

効率よく糖分を届けるメカニズム

また、脳や神経の発達に大量のブドウ糖を必要とするのだが、その渡し方がすごい。乳は、ブドウ糖ではなく、乳糖で渡す。これにもちゃんと理由がある。

つまりこうだ、ヒトの血中ブドウ糖は0.07~0.14%で維持されており、これを大幅に超えてコントロールできなくなると、全身に異常が現れる(糖尿病だ)。ブドウ糖は必要だが、正常範囲を超えたら毒になるのだ。

だが、効率的に栄養を渡すため、乳の糖分を高くしたいニーズがある。一方、ブドウ糖を乳で渡すのであれば、その濃度は体内の正常範囲に収めなければならぬ。このジレンマを解消するのが乳糖だ。乳糖は、体内では利用されず、高濃度にしても支障ないという(人の乳に含まれる乳糖は7%)。これにより、高い糖度のおっぱいを、母体内の糖度に影響を与えずに渡すことができる

これほど高度なメカニズムを持つおっぱいも、実は使い捨てなのだ。子育てが終われば乳腺は役目を終え、乳を作ってきた細胞の全ては破棄される。再利用するのは太い乳管のみで、次に妊娠すると一から構築しはじめる。これにより、細胞の老化を心配することなく、どの新生児にも最高の状態で乳を与えることができる。おっぱいは偉大なり。

初乳の重要性

冒頭で紹介した『乳房論』に出てくるのだが、いわゆる「母乳神話」説がある。

「子どもを母乳で育てなければならない」という主張で、アンリ・ルソーが流布したと言われている。だが、「母乳でなければならない」科学的根拠は無く、他の乳でも代用できるという説もある。「母乳vs.ミルク」論争は続いており、母乳の出にくい人からのお悩み相談が今でもある。

わたし自身、都合により使い分ければよいと思っていたが、本書を読んだ後は、「少なくとも初乳(最初のお乳)だけは必要かも」と考えを変えた。

というのも、初乳に含まれる免疫グロブリンの説明を読んだからだ。かいつまむと、こんな感じ……

……初乳に含まれる免疫グロブリンはG、A、Mの3種類ある。GとAは、細菌類の攻撃に対し、防衛機能を担う重要なグロブリンになる。胎盤を通じてグロブリンは受け取るが、それはGのみ。そのため、生まれたばかりで免疫機能が不十分な子どもには、できるだけ早く初乳を与えることが重要になる……

で、この後、牛の初乳の話が続くのだが、激烈といっても良いほどの違いが説明されている。初乳の必要性には、科学的根拠はあるようだ。

他にも、ヒトのおっぱいが2つある理由(乳頭と産子数との関係性)、牛乳を飲むとお腹を壊しやすい原因(ラクターゼ遺伝子)など、おっぱいを知れば知るほど、驚いて感嘆する。この興奮、『眼の誕生』に近い。イチから眼を実装しようとすると、あまりに高度に完成された機構に、「神が与えし器官」と言いたくなる。それと同じ、いやそれ以上に精密な器官がおっぱいだといっていい。

おっぱいは、子どもを育てるための試行錯誤を経てきた究極の姿なのだ。

本書は、おっぱいの碩学・骨しゃぶりさんのお薦めで知ったのだが、おっぱいの素晴らしさにうちのめされた(骨しゃぶりさん、ありがとうございます!)。

ちなみに、骨しゃぶりさんのおっぱい関連書籍の紹介は、以下の通り。次は『乳房の科学』読もうかな……

[おっぱいの本16冊]

[おっぱいの本17冊目『乳房の科学』は実用的かつ濃厚な読み応え]

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コメント

≪…おっぱいまでの進化…≫は、
『創発直方体』
『創発円筒体』
『創発釣り鐘体』
への[数の言葉](⦅自然数⦆)の[エンテレケイア]に辿りつけそうだ。
 特に、『創発円筒体』から切り出される『創発釣り鐘体』の[切り出されるモノ]と[切り出したモノ]の[関係]が≪…進化…≫への道のりか?・・・

 [数の言葉](⦅自然数⦆)の[エンテレケイア]は、
京都市左京図書館で、
 2020年2月13日~2020年3月15日
で感得できるかも・・・

 自然数は、[絵本][もろはのつるぎ]で・・・

投稿: 絵本まち有田川 | 2020.02.04 05:21

『創発円筒体』 = 『創発浸食カルデラ体』 +
          『創発もろはのつるぎ』 +
          『創発釣り鐘体』

『創発円筒体』 = 『創発カルデラ体』 +
          『創発釣り鐘体』

『創発回転体』(エンテレケイア)の[回転断面](スクリュウー)が自然数のシナプスかな・・・

投稿: 絵本まち有田川 | 2020.02.13 17:34

『創発釣り鐘体』の[体積]は、(eー2)π なので・・・

(eー2)π = 2.25・・・ 

表象の[1]の[エネルギー]の[象徴](エンテレケイア)と・・・

2月25日を「自然数の日」に・・・ 

投稿: 絵本まち有田川 | 2020.02.15 07:00

≪…『創発円筒体』…≫の、
[スクリュウー]は、[実数直線]の[代用]と生る
『幻のマスキングテープ』を創生するとか・・・

投稿: 心はすべて数学である | 2020.05.15 12:34

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