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レオナルド・ダ・ヴィンチの就活術『ルネサンスの世渡り術』

 いまでこそ巨匠と呼ばれる芸術家も、駆け出しのころは苦労していた。

 技術的に傑出し、神童の誉れ高くとも、それだけで仕事がじゃんじゃん舞い込むことはない。就職先が見つからなかったり、資金繰りに頭を悩ませたり、仕事を干されて汲々とする姿は、現代と変わらない。

 不遇な天才たちは、どうやって逆境を跳ね返していったか。

 そこには、したたかな手練手管が求められる。腕が立つだけでは足りなくて、技術を注文に結び付けなければならぬ。そのためには何でもする。炎上商法で名前を売り、ズルしてでもライバルを出し抜き、相手が強ければ同情を誘い、弱ければ強気に出て、裏で手を組み、ハッタリを効かせ、なんとか生き延びようとあがく。

ルネサンス芸術は「アート」というより「デザイン」

 そんな芸術家たちの生きざまを、イラストで活写したのが本書だ。

 共感したりドン引きしながら、するする読める。面白おかしく誇張しているのかと思いきや、元ネタはジョルジョ・ヴァザーリ『芸術家列伝』とのこと。

 これ、林達夫と久野収の対談『思想のドラマトゥルギー』でお薦めされていたので、気になっていたやつ。しかも著者・壺屋めり氏は歴史学者であり、ヴァザーリを鵜呑みにせず、きちんと考証しているのがいい。

 面白いのは、芸術家の「したたかさ」に学ぶところが沢山あることだ。

 たとえば、芸術家と注文主の関係。ルネサンス時代の芸術家は、注文を受けてから制作を開始し、注文主の意向に合わせた作品にするのが普通だった。

 注文主の要望(=要求仕様)を明確にし、当時の流行(=最新技術とモード)を取り入れ、さらにデッサンに対するフィードバック(=レビュー)をもらう。ルネサンス美術は、いわゆる「アート」というよりも「デザイン」や「公共開発」の仕事に近いことがうかがい知れる。

レオナルド・ダ・ヴィンチの就活

 なかでも、レオナルド・ダ・ヴィンチの就職活動が興味深い。

 フィレンツェの工房で修行を積んだレオナルドは、フリーの画家として独立するのだが、なかなか成果に結びつかなかったという。そこで心機一転して、ミラノへ取り入ろうとするのだが、そのエントリーシートがスゴい。

 もちろん、当時はエントリーシートではなく、ミラノを統治する貴族へ宛てた手紙だが、そこには、彼ができること・作れるものが、箇条書きで残されている。

  1. 軽くて強固な橋
  2. 戦闘装置
  3. 要塞や砦を破壊する技術
  4. 運搬が容易な大砲
  5. 地下トンネルの掘削技術
  6. 装甲車
  7. 大砲、追撃砲、軽砲
  8. 砲撃に適さない状況で用いる、石弓、投石機
  9. 海戦のための、砲弾、火薬、耐火性の船
  10. 平和時における、建造物の設計、大理石、ブロンズ、粘土の彫刻、絵画

 レオナルド・ダ・ヴィンチは、様々な分野で才能を発揮した、万能の天才と言われている。だが、駆け出しの頃は画家だったのではないか。10のセールスポイントのうち、9つまでが軍事技術で占められており、かろうじて、最後の一つが絵画や彫刻になっている。なぜ、自分の得意分野を最後に、しかも一つだけにしたのか?

 実は、これにはちゃんと理由がある。

 当時のミラノは君主国で、そこを統治していたスフォルツァ家は、たたき上げの新興貴族であり、伝統よりも軍事に権力基盤を置いていた。当然、新しい軍事技術は、喉から手が出るほど欲しいし、逆に、そうした技術を持つ人材が、ミラノ外へ流出するのを防ぎたいはず……

 レオナルドは、こうした雇用主のニーズを見極め、一般に知られていない技術を持っている、と自分をプレゼンテーションしたのだ。

 では、その頃のレオナルドは、軍事技術の研究をしていたのだろうか? 実は、当時の作品メモやスケッチが遺されている。そこには、聖母像や友人の肖像、デッサンばかりで、技術関連といえば、航海の道具、給水の機械、釜の3点だけだったという。

 つまり、軍事技術のエキスパートとして自らを「演出」したとき、軍事に関わるものをほとんど作っていなかったのである。もちろん、軍事技術家として設計やデザインを行った業績も残されているが、それらは就職した後でのこと。ハッタリが功を奏した例やね。

 まったくといっていいほど経験がないものを、自らの強みとしてプレゼンする。天才だからこそできたのだと言うことは簡単だが、天才なのに就活に苦労したからと考えると、学ぶところが大きい。就活にお悩みなら、以下もどうぞ。

[答えが見つからないとき、問題を変えてみる6冊]

「人」から見たルネサンス美術史

 ルネサンスの美術作品や歴史についての解説は沢山ある。作品そのものについて、意義や影響を知ることも大切だが、その作品を制作した「人」に焦点を当て、どのように業界をサバイブしていったかを説明したものは珍しい。

 もとは「クーリエ」で連載したものだが、その生き様は、現代でも実践している人がいるのではないかと思われるくらい生々しい(特に炎上商法)。レオナルドの就活は[万能人の自己PR術 レオナルド・ダ・ヴィンチの場合]で前半を読むことができる。

 お試しあれ。

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